2014年02月16日

ツイッターで知った手本とすべき販売店の仕事ぶり

 2週続きで関東・東北地方を襲った大雪。先週の雪がとけぬ間に降り続く重たい雪。「また積もるか…」とため息しかでません。配達スタッフの疲弊度もピークに達しています。


 けさの朝刊発行については、東北自動車道の通行止めや幹線道路の渋滞で新聞印刷会社(新聞社の印刷部門はほとんど別会社化されています)から販売店への輸送が大幅に遅れることになりました。新聞配達の遅れは直接読者宅へ新聞を届ける配達スタッフによるものだけではなく、天候によって輸送トラックの事故などで遅れるケースもあります。
 今回の大雪でも南東北一円の毎日新聞を印刷する毎日新聞首都圏センター・福島工場で印刷・配送される16日付本紙および諸紙がトラックによる輸送が不能となり、欠配になったエリアが生じました(販売店には17日付朝刊と同送との連絡が入りました)。


 そのような新聞産業の流通部門の方々がご苦労をされている最中、ツイッターで発信(ツイート)された写真にエラく感動しました。


いわき市enoさん.jpg『今朝の新聞、大雪の影響で届かなかった。そのお知らせと共に、広告だけは入ってた。配達、お疲れ様です。。。』


 この方のツイートに対し、「そういうことだったんですね。今朝何も入っていない郵便受。今日は休刊日?なんて思っていました」とか、「わが家にも届いていました。広告とお知らせ。それも届くのが遅くなったのでしょう」という複数の方からの返信が続き、「手書きの『お知らせ』とチラシだけでも配ろうという販売店のやる気をを感じる」という好意的なコメントが見受けられました。

 いわき市のとある新聞販売店さんの仕事ぶりなのですが、手本とすべき新聞販売部門(不測の事態が生じた場合は販売店に委ねられますが)の行動だと思います。実際には大雪の時などは「災害時における折込取扱いの免責」が適用されるので、チラシを配らなくても広告主から免責されるわけです。でも、宅配網は新聞だけではなく、折り込みチラも読者宅へ届けるーとの使命感を持って仕事をされているということですね。

 おととしの3月12日(東日本大震災翌日)のことを思い出しました。地元紙の河北新報は緊急事態のなか新聞を発行。8ページの新聞に(12日は週末の土曜日でした)20枚超のチラシを組み込んで届けたこと。現場からは「緊急事態なのでチラシは組み込まず新聞だけで…」という声もあがったのですが、経営トップの「広告主からあずかっている商品だ。最善を尽くせ」との一言で決まりました。あの暗闇の中を分厚いチラシを組み込んだ8ページの新聞を届けてもらった配達スタッフには感謝しつつ、今回のような状況下でも同じような行動がとれるようスタッフ間の理解と協力がさらに必要だと感じます。

 その昔、先輩から「この商売(新聞販売)の優先順位は配達・集金・拡張だ」と教わりました。まずは読者との約束を守り配達して、毎月の購読料をしっかり回収して、読者を増やす営業をしていく―ということです。でも近年、内側から「配達」の仕事を軽んじられているように思えてなりません。なんか残念。


▽災害時における折込取扱いの免責について
http://www.kahoku-orikomi.co.jp/kijyunn/mennsekijikou.gif

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2013年07月09日

泉田知事「安全よりもお金を優先したのですね」は今年の流行語大賞に決まり!

 日本国は原子力規制委員会が策定した新たな原発の規制基準を8日に施行し、北海道、関西、四国、九州の電力4社が5原発10基の再稼働を申請しました。
 各メディアとも「どちらかというと脱原発だけれど・・・」と煮え切らない状況の中で、9日付の朝日新聞1面に掲載された上田科学医療部長の解説と東京新聞の社説「原発の新規制基準 廃炉時代の始まりに」は生活者の声なき声を代弁してくれたと膝を打つものでした。


▽原発再稼働の前に将来像を 科学医療部長・上田俊英(朝日新聞7月9日付)
 われわれが急ぐべきは、将来のエネルギー利用のなかで原発をどう位置づけるかをはっきりさせることだ。安易に原発を再稼働させることではない。
 電力会社が再稼働を急ぐ理由は、もっぱら経営問題だ。東京電力の広瀬直己社長が5日、新潟県の泉田裕彦知事に柏崎刈羽原発の再稼働申請に理解を求めたとき、「安全よりもお金を優先したのですね」と言った知事のことばは、本質を突いている。
 福島第一原発事故から2年以上がたつ。しかし、日本にどれだけの原発が必要か、いつまで使い続けるのか、原発は安全なのか、といった根本的な議論はまったく進んでいない。エネルギーの将来をめぐる政府内の議論は止まっている。
 事故後、原発の安全規制は強化された。独立性が高い原子力規制委員会が発足し、原発の運転期間を原則40年に制限した。活断層の影響をより厳密に再評価する制度もできた。
しかし、何が事故の原因だったのか、どうすれば防げたのかといった問題に明確な答えは出ていない。再び大事故が起きたときの防災対策も不十分だ。
 事故によって、われわれは原発が抱える途方もない危険性を知った。多くの人がいまも放射線の不安のなかで避難生活を強いられている。
原発がなくてもふつうに生活できることも知った。いま稼働している原発は、わずか2基。それでも節電などの工夫によって、停電することはない。
 国内には50基の原発があるが、その3割にあたる14基は2020年までに稼働40年を超える。原発はいや応なしに減っていく。
 国民の多くは原発を減らしたいと思っている。原発に頼るやり方は限界にきている。理念なき原発の再稼働は将来に禍根を残す。
 *
▽原発の新規制基準 廃炉時代の始まりに(東京新聞7月9日付)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013070902000144.html

 原発問題はとても深い問題なわけです。
 先日、電力会社に勤める同級生と杯を交わした時も「自然エネルギーに切り替える施策に投資すべき」という私に「お前は何もわかっちゃいない」と国策を論じはじめる同級生。原発の再稼動に踏み切れない電力会社は値上げを強行しようとしたものの、従業員の年収の高さを指摘され夏のボーナスも支給されず電力(社員)需要が伸びないと嘆く地域経済・・・。新聞などのマスメディアもこれまでの(広告的分野での)蜜月の関係が影響しているのかどうか知りませんが、地域経済のことを重んじる地方紙などは原発問題に対して総論では「脱原発」を主張するものの、各論では「地域経済」という言葉を使って立ち位置を微妙に棚上げすることで手一杯のように感じます。
* * *
 新潟県の泉田知事が明言した「安全よりもお金を優先したのですね」は、県民(国民)の生命を預かる首長として経済優先の財界に一石を投じる重いことばでした。今年の流行語大賞に推薦したい気持ちです。
 経営者は株主への配当のために利益を出さなくちゃいけない。それが仕事だからあらゆる手を打って利益を追求するわけですが、「安全」であったり「信用」といったキーワードをないがしろにしてしまっては、企業そのものの信頼を失うことになります。でも、電力会社のような独占的企業だからこのデフレの時代でも値上げも強行することができるし、「電気が供給できなくなってもいいのですか」と脅されると消費者も言われるがままになってしまう。

 さて、話しを新聞産業に置き換えてみると販売現場では「○○よりも発行本社を優先したのですね」となりますが、それはごく当たり前のこと。そういうものなのですこの産業って・・・。発行本社の経営を維持するためには相応の部数を、身を削ってでも買い続けなければいけないという宿命を背をわされる産業構造なのです。立場の弱い販売店従業員(皆さんによく誤解されるのですが販売店主と販売店従業員はその意味合いが違います)からいろいろなものが削られていく。といって電力会社のように「値上げ」ができるわけでもなく(再販制度があるので値上げは新聞社しかできません)、ただひたすら部数を増やすために読者(シルバー世代)の奪い合いが繰り広げられています。昭和の企業戦士のように・・・。

 理念・・・重い言葉だなぁ。この新聞産業の下流にある販売現場では、一心不乱に足を使い、頭を使い読者獲得に全力をあげていますが、(自宅で定期購読をするという)新聞離れの潮流は加速するばかり。この状況をどうデザインして新聞産業を、人と企業を残していくのか。新聞販売のこれからの時代に舵取りをする新聞経営(人、企業)を自分の立ち位置からしっかりと見ていこうと思います。あくまでも自然体で。
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2013年03月24日

仙台市の新聞販売事情

 先日、私が所属する販売会社のエリアにある「応急仮設住宅」での一幕。

 仮設住宅の見回りをしていた仙台市の職員が、「景品」を抱えた新聞セールスマンを目撃し、不審に思って契約をした仮設住宅避難者へ事情聴取したところ、「本意ではない契約をさせられた」との意思を確認し、契約を破棄したというものでした。
 その後、「景品をもってお年寄りに契約を迫るセールスマン(拡張員)が後を絶たない」という苦情が宮城県支部新聞公正取引協議会(支部協)へ寄せられました。仙台市内の新聞販売店主らで組織する店主会では、「応急仮設住宅への訪問セールスは行わない」という申し合わせをしているにもかかわらず、ルールを無視した拡張員が日中在宅する高齢者を狙って、景品を積んで契約を迫る。この業界の関係者(業界というくくりにすると怒られるので拡張員個人なのかなぁ)に秩序はないのか―と憤ります。


ゆたかなくらし.jpg 詳しい事情を聴こうと、仙台市消費生活センターを訪ねました。担当の方からは「これまでも新聞契約に関するトラブルは相談件数の上位にランキングされていましたが、最近になって相談件数は増えています」ということでした。「苦情が寄せられる大半はY紙系の販売行為に関するもの。何とかならないのでしょうか…」とその担当の方も呆れ顔でした。
 消費生活センターが発行する「ゆたかなくらし」(2013年・新生活特別号)の最新号にも「新聞契約のトラブルにご注意ください」(6P)という内容で相談事例が掲載されています。

▽ゆたかなくらし 2013年 新生活特別号(仙台市消費生活センター)
http://www.city.sendai.jp/shimin/syouhi-c/kurashi/147/pdf/all.pdf


 時代との乖離…。
 われながらこの業界の足元を見るとそう思います。買取る新聞部数を増やさざるを得ないために従業員を安価に雇うことしかできない販売店主。当然のことながら従業員の質は下がる一方です。(新聞社が販売店へ)モラルハザードを求めるだけの労働条件の分配がされているのか疑問でなりません(販売店経営者だけが儲けているのかもしれませんが…)。

 下の画像は、昨年末に岩手県大槌町で「大槌みらい新聞」の配達ボランティアに行った時のものです。Y紙がPRのために「月一の試読紙配布」をしているのでしょう。でも空部屋に先月配った新聞がそのまま残っているにもかかわらず、(散乱するチラシ等を見れば誰でも空家と分かるはず)次の月も新聞を投函してしまうスタッフ。莫大な景品に金をかける余裕があるなら、スタッフの人材教育(モラルの問題ですが)へ投資した方が本来の読者獲得(新聞社は読者ではなく部数にしか興味を示さないかも)に直結すると思うのですが…。
大槌仮設.jpg

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2013年02月14日

お客さんに近いのはどっちだ! ライフネット生命保険・出口治明社長の思考に学ぶ

 今年の年賀状にも書いたことなんですけど、「若手の邪魔にならないように…(チャレンジする芽を摘まないように)」することが、大切になってきている時代だと感じています。特にネット社会へと着実に進む時代において、アナログ世代の老害が過去の経験値や価値観を精神論的に放言するほどあてにならないものはないのだなぁ…と思わせる記事に最近多く出くわします。
 ガソリンも入れられないで走らされる営業マンが心の病に犯されるといったケースも増えていますが、根性論を叩き込まれ続ける企業(上司たちは勝ち逃げをしていく)とそうではない企業の差もこの記事に記されているように思います。


で、新聞産業を照らし合わせてみると・・・。「にわとりが先かたまごが先か」の話になってしまいますが、やはりシルバー世代の方々と心中するしかないのかなぁこの業界はと・・・。ぜひご一読を!

▽20代の社員に「アホは出口さんです」と言われました(日経ビジネスオンライン2/13付・インターネットのコミュニケーション 出口治明編より)
http://t.co/WOpHLQqY

posted by 今だけ委員長 at 21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2012年09月01日

パワーカスタマーの時代ですが… 安全確保優先で仕事します

 きょう9月1日は防災の日。全国各地で防災訓練が行われているようです。
▽9月1日は防災の日 各地で訓練(NHKニュース)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120901/k10014701701000.html


 つい2日前の8月30日早朝(4:05)に起きた地震(東日本大震災の余震で宮城県沖を震源とする震度5強・マグニチュード5.6)もかなり強い揺れでした。
 早朝4時といえば新聞配達作業の真っただ中。自宅から担当する販売店へ電話で状況確認とエレベーターが休止する可能性があると予見していたので「(夜が明けて)足元が確認できるようになってから配達の開始を」と指示。ジャージを羽織り、会社に到着したのは4:45。会社の1階にある販売店には配達スタッフの方がバイクや自転車に新聞を積み、さっそうと配達へ向かう方もいらっしゃいました。
 会社内のライフラインとセキュリティシステムをチェックし、再度販売店へ配達状況を確認したところ「ほとんどのマンションエレベーターが止まっている・可能な限り(階段を上り)各戸へ配達しているがタワーマンションは不可能だ」とのこと。
 「いたしかたないか…」と思いつつ、各販売店からの報告書を眺めていたら「8時頃からエレベーター会社が点検にきて普及したようなので、再配達しました」との力強い報告もある一方、「1階ポストへ配達したことへの苦情です。エレベーターが止まっていたことを説明しましたが『それはお前たちの理由だろ!』と罵られました」とも。


 パワーカスタマーの時代ですから、グッとこらえて顧客ニーズに応えていかなくちゃいけないと思いました。あくまでも配達スタッフの安全確保が優先ですけどね。
* * *
販売店側の配達員不足が壁に…?

 最近、新聞産業全体を見ている方(理解できる方)が少ないなぁと思う時があります。セクト主義というか、自分の部署のことしか考えていないというか…。

DSC_0360.jpg 経営的に厳しい状況下にあるからかもしれませんが、(紙の)新聞ビジネスモデルにおいて優先させなければならないことは、最新の情報を一定の時間までに読者へ届けること(紙面内容は別次元として)。それを無視してコストカットを優先させることに違和感を覚えます。店着時間が遅れる→改善策は講じた→あとは販売店側の問題…。
 そういう論法でこられると、つくづく「読者と向き合っていないんだなぁ」と思います。あーぁ残念!
 

posted by 今だけ委員長 at 18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2012年03月24日

経営効率が引き起こす危機管理の不備

 新聞販売の現場で最も大切なことは、読者との約束を履行すること。なかでも「配達時間を守る」ことは最重要の課題です。
 東日本大震災から1年が経過したいま、降版時間も通常ダイヤに戻り、できるだけ最新のニュースを紙面へ収納して読者の手元へ届けようと、新聞社、印刷会社、輸送会社、販売店の四位一体でふんばっています。

 読者と直接かかわっている販売店の立場からすると、店着時間の遅れは大きなリスクを伴います。以前にも書きましたが、店着時間が30分遅れると配達作業が約60分後ろへずれ込みます。悪天候による流通部門(新聞輸送)の遅れについては、物理的に仕方がない要因(読者もある程度許してくれる)でもありますが、ほかの理由で店着が遅れてしまうケース(選挙、スポーツの結果掲載など含む)に対しては、早めの連絡体制は必須です。
 「輪転機故障のため店着が○○分遅れます」。そんなファクスが届いた場合は、当たりようのない憤りをかみしめながらも、新聞産業の最終アンカー役として代配要員を配置するなどの対策を即時に講じるものです。


 紙ベースの新聞産業は言わずもがな、取材から新聞配達までのことを指します。お互いのミス等があればそれぞれが補い合って、読者に対して最善の策を講じることが組織力なのだと思います。いわゆる危機管理の徹底です。店着が大幅に遅れるという連絡が入れば複数の従業員を緊急に呼び出し、配達完了時間をできるだけ早める努力をするのも販売店の使命だと思っています。
 しかし、連絡もなしに店着時間が遅れると、現場では大パニックを起こしてしまいます。人間が携わる作業ですからミスが発生するは仕方ないのですが、そのようなミスが生じた場合の危機管理体制が整っていない場合は、既存の体制で対応でき得る作業量をオーバーしているのではないかと検証する必要があると思います。経営効率を過度に重視して「やれます」とか、「経費を圧縮するためにはこの程度なら大丈夫でしょう」と豪語する現場を知らない方たちの意見ではなく、実際に混乱する販売店の現場の意見や、新聞を待ってくれている読者の声に耳を傾けるべきだと思います。


 新聞産業も合理化による人員削減の流れはますます進むと思われます。ギリギリの人数でそれぞれの職場で業務に携わる方々が、問題意識を共有し、危機管理に必要な体制作りをしっかり考えたいものです。内向きではなく、読者を向いた発想で…。

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2012年02月17日

折込チラシ手数料をタダにして新戦略を生み出せるか

 デフレ経済を何とかしなければと足踏みする政府をよそ目に、新聞販売現場では思わぬ動きが出ています。

宮城読売会「東日本大震災復興支援感謝企画」チラシ.JPG 宮城県内の読売新聞販売店(宮城読売会)が、東日本大震災からちょうど1年目となる来月3月11日を「折込広告0円の日」として、県下のYC(読売サービスセンター)で扱う65,450部(予定)の折込チラシ手数料を「タダ」で折り込んでくれるというサービス「東日本大震災復興支援感謝企画」を行うようです。けさの読売新聞に折り込まれていました。
 「3月11日は自粛ムードで折込を入れるスポンサーも少ないのでは…」という話を関係者から聞いたこともありますが、「タダ」とは…。販売現場では値崩れの誘発なども懸念されますが、この手の企画は公取委からしても大歓迎でしょう。ただし、「タダ」だと言っても新聞に折り込まれる媒体については、新聞折込広告取扱基準に則って受け入れるのは当然のことです。


 2009年11月に発刊されたベストセラー作品「FREE」で、これまでのマーケティング手法に旋風を巻き起こしたクリス・アンダーソンのように「無料から生みだす新戦略」を宮城県読売会が実践しようとしているのかもしれません。「タダ」で新聞折込広告スポンサーの販路をどれだけ拡大することができるのか、結果は如何に。

 ちなみに、今だけ委員長が取り組んでいる「ワンコイン応援メッセージプロジェクト」は、販売店への支援が目的なので、販売店へお金(折込手数料)が渡らない今回のような企画に便乗させていただくことはありません。

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2012年01月25日

「メディアと私。―おもに、震災の後」 ほぼ日の対談は必見!

 「ほぼ日刊イトイ新聞」をお気に入りへ加えてチェックしているのですが、今回の対談もグッとくるものがありました。
 1月23日付から9回にわたって連載される佐々木俊尚さんと糸井重里さんとの対談「メディアと私。―おもに、震災の後。」 これはメディア関係者(ネット推進派の佐々木さんを毛嫌いする新聞関係者もご一読を)にもぜひ読んでもらいたいと思います。
 

http://www.1101.com/sasaki_toshinao/2012-01-23.html


 私はボランティア活動を通じて、昨年4月頃から石巻や南三陸など宮城県内の沿岸部へ毎週のように通っています。その際、いく先々で「あぁ…あんだも河北(系)の人なの。最近の新聞オモシロいね」とか、「被災者に寄り添った記事が多くてうれしい」、「なんか身近な新聞っていう感じがする」という言葉を被災された方々から直接うかがうことがありました。それもかなり多くの方々から…。
 しかし、3カ月、半年と時が過ぎると署名記事もめっきり減ってしまいました。新聞社でいうところの「本来の紙面」に戻っているように感じてなりません。確かに今後もずっと震災関連の記事ばかりを載せていくわけにもいかないということはわかっているのですが、せめて「地ダネは著名記事」くらいは、3・11大震災を経ての教訓(当事者に寄り添うという姿勢で)として根付かせてもらいたかったと思うのです。

 「ほぼ日刊イトイ新聞」での今後の展開を楽しみにしているのですが、佐々木さんがいう「当事者主義」とは、読者からすると「記者の顔が見える」ことでもあり、記者もいろいろなことを背負って「新聞に記事を書く」ということが、これからの時代の紙新聞に一番必要なことのように感じます。「発行部数を維持することがジャーナリズムの影響力を守ること」という視点ではなく、新聞人が「当事者主義」をいま以上に持ち、貫けば読者はおのずと応援してくれるに違いありません。
 「何を伝えたくて新聞を作り届けるのか」。東日本大震災から10カ月を経て仕事では「増紙」という業務命令にまい進しつつ、新聞販売労働者が、ふと新聞の役割をフツーの人間として考えるのです。
posted by 今だけ委員長 at 01:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2011年10月13日

このブランケット版を使ったPR特集はANY連合の仕掛け?

 きょう、仙台市内中心部のマンションなどにポスティングされていた日本経済新聞の「ガイド版・東北復興特集(非売品)」(8ページ)を見てビックリ。
朝日新聞PR版.jpg じつは先月も同じようなブランケット版を使った朝日新聞の「PR版」(12ページ)が新聞の読みどころをプッシュ(オマケじゃなくて新聞紙面を売る)するPR新聞を配っていたので、「これは同じ仕掛けか…」と驚いてしまいました。これに読売新聞の「PR版」が加わると、間違いなくANYでアイディアを出してこしらえた“赤ペン”連合PR版となりますね。

 両紙とも赤や緑のマーカーを使って記事の「見出し」、「リード」などを解説し、新聞の読み方のコツをアピールしています。ヘタなパンフレットを作るよりよっぽど効果的だと感じました。


日本経済新聞 ガイド版・東北復興特集.jpg これまで、読者獲得のための販促チラシ系は販売局が主体となって制作してきましたが、編集部門が積極的に紙面のPRに乗り出してきた(遅いくらいですが)という印象を受けます。他紙ながらあっぱれ!

 オマケじゃないんですよ新聞を生活必需品のひとつとして、長く購読してもらうということは…。

posted by 今だけ委員長 at 20:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2011年09月06日

「ずっと読み続けてきた新聞」を届けてやりたいが…

 3・11大震災から半年を迎えようとしています。
 被災者の生活は避難所から仮設住宅へと移り、自立した「個」の生活がはじまっています。「できるだけ自分が生まれ育った町の近くに住みたい」という被災者の思いは、長年住み続けてきた郷土への愛着があってこそ。見知らぬ土地へ移ることの孤立は何とか避けたいとは、誰しもが思うことです。
 でも、東京電力・福島第一原発周辺の「立入禁止区域」、「避難指定区域」に住んでいた方々は県内外へ避難し、見知らぬ土地で生活せざるを得ない状況です。


 先日、こんな話題がありました。福島県の地元紙・福島民友新聞が読売系販売店で購読できるという販促チラシが読売新聞などに折り込まれた―というもの。チラシにはこう書かれてありました。


「災害に負けず 頑張ろうふくしま」
宮城県内でも毎朝、当日の福島民友新聞がお読みいただけます!
 
東日本大震災で避難生活を余儀なくされている福島県民の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
宮城県読売会は、宮城県内に避難されている皆さまに「ふるさと ふくしま」の情報をいち早くお届けするため、宮城県内の読売センター(YC)から、福島県内と同様に福島民友新聞をお届けすることになりました。
最寄りの読売センターからお届します。
福島民友新聞の購読料 月ぎめ2,905円

 福島県で発行されている新聞は地域紙などを含めると相当数ありますが、代表的な地元紙は福島民友新聞と福島民報です。民友は読売系、民報は毎日系の資本がそれぞれ入った新聞社で、民友は専売店を持たずに読売や朝日の販売店と販売契約を結んでいます。
 昭和30年後半の高度成長期(新聞各社も部数拡大に躍起になっていた頃)には、民友、民報とも隣接する宮城県での販売攻勢を強め、ブロック紙さながらの展開をしていました。当時の様子はこのように残されています。


福島民友の宮城進出
 昭和36年は好況のうちに開けた。しかし、新聞界の競争は激しさを加え、激戦は宮城県内に及ぼうとする緊張の年頭だった。うわさのあった福島民友新聞の宮城進出が、現実のものになろうとしていたからである。
 この年5月25日、「福島民友」は題号を「民友新聞」と改め、宮城県向けの「民友新聞・宮城」の発行を始めた。仙台市の斎藤報恩館に宮城本社を置き、宮城県内に支局や通信部を設けて、夕刊1面を地元ニュースによる社会面にするなどの紙面構成で、宮城県民紙とうたった。この事態に河北新報社は、取材陣を増強し、紙面改善と製作機械化、販売面の強化などで対応した。当時の社報には「隣県紙が宮城県民紙を掲げて発刊に踏み切った。相呼応して同じ県の別の新聞も宮城県内の拡張に本腰を入れてきた」として、「優秀な計画性と果敢な闘士で、新しい波を乗り切ろう」と記している。
 民友進出に先駆けて、本紙は3月30日から朝刊を2ページ増やして12ページとし、朝夕刊セット購読料を据え置き、4月1日から朝刊1面に「きょうの主な記事」の欄を設けた。続いて、民友発刊前日の5月24日夕刊からは、購読料据え置きのまま夕刊を2ページ増の6ページとし、県民版や暮らしと趣味のページを新設した。さらに10月の紙面改善で、宮城県版に仙南版を新設して、仙北、仙南の三版制とし、経済・株式欄を拡充するとともに、深夜ニュース収容のため特別の降版時間を設けた。
 
 「民友新聞・宮城」は40年5月になって夕刊発行をやめ、45年3月31日付を最後に廃刊して、4月1日から題号が「福島民友」に戻った。この間10年、本紙の発行部数は変わりなく伸び続け、販売収入の前年比伸び率の平均は10パーセントを示した。本社各部門の総力を結集した結果だった。(河北仙販50年史より一部引用)

 当時は、新聞社間の販売攻勢により敵対する構図が伝わってきますが、今はまったく違った状況にあります。「福島民友がまた宮城県へまた販売攻勢をかけてきた」とは誰も思っていないでしょう。逆に「うちの販売店でも取り扱って、福島から避難している世帯へ届けてやりたい」と感じている販売店主も少なくないと思います。

 新聞社は「紙」を発行することによる販売収入(販売店が買う新聞代金)と広告収入が経営基盤を支えています。販売店も同じです。ネットビジネスの盛隆が言われていますが、まだまだ「紙」を失くして現状の企業活動を維持することは不可能なのです。
 そこにきて今回の大震災。福島県で発行する新聞社のほとんどが、福島第一原発事故の影響で読者の多くが県外避難などで部数を大幅に減らしました。震災直後の4月のABC部数では、福島民報235,452部(前月▲64,953部、前年▲65,052部)福島民友180,697部(前月▲19,559部、前年▲20,360部)。ある程度の部数回復はされていると思われますが、厳しい状況であることに変わりはありません。

 全国紙と違い輪転機の配置地域や輸送の問題によって、県外へ当日の新聞をいわゆる朝刊の配達時間に届けることは難しのですが、新聞社間で協力して避難されている方へ「ずっと読み続けてきた新聞」を届ける仕組みを作れないものかと考えています。この辺の話はネットを活用してということにしかならないのかなぁ…。
※郵送新聞は1日遅れの配達となり、第三種郵便扱いでも配達料が結構かさむため、個人宅での購読はかなり難しいようです。

posted by 今だけ委員長 at 23:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2010年11月10日

国家公務員も新聞社も「正義」は通用しないのか…

 尖閣諸島沖で起きた中国漁船による海保巡視船への衝突騒動は、本質的な問題を棚上げしたまま、今月4日に「中国との駆け引きに使う?」とか言っていた衝突事件の画像を動画サイト「ユーチューブ」へ流したとされる神戸海保職員(43歳)の逮捕という話題で持ちきりです。はぁ〜どうなっているのだろうこの国のメディアは…。

 昼食を取っていたら、琉球新報の「りゅうちゃんクラブ速報メール」(相変わらず早い)で第一報を知り、ツイッターを開いてみると新聞各社の速報を張り付けた“つぶやき”がズラリと並んでいました。もちろん夕刊もこの話題を掲載するために刷りだしが30分遅れとなりました。
関連記事を引用します。


衝突ビデオで神戸海保職員逮捕へ 上司に「自分が流出させた」
 尖閣諸島付近の中国漁船衝突の映像流出事件で、神戸海上保安部に所属し巡視艇うらなみに乗務する40代の海上保安官が、上司の船長に「自分が流出させた」と関与を認めたことが10日、分かった。警視庁は同日午後、国家公務員法(守秘義務)違反などの疑いで取り調べを始めた。同日中にも逮捕する方針。
 神戸海保や同じ庁舎に入る第5管区海上保安本部(神戸)は漁船衝突事件の捜査には関与しておらず、警視庁などは映像の入手経路の解明を進める。
 保安官は巡視艇で航行中の10日午前9時ごろ、船長に告白、既に帰港している。海保は被疑者不詳の国家公務員法違反の疑いなどで、東京地検と警視庁に刑事告発していた。
 また、動画サイトの運営会社側から押収した記録の分析で、映像は神戸市内のインターネットカフェのパソコンから送信されていたことが警視庁への取材で判明した。防犯ビデオの分析などで人物の特定を急ぐ。
 海保によると、漁船衝突事件は9月7日に発生した。流出したのは石垣海保が撮影、編集して那覇地検に提出したうちの1本。計約44分で、石垣海保と那覇地検のほか、最高検、福岡高検などで保管されていた。(共同通信 2010/11/10 14:04)

 国家公務員法(守秘義務)違反で逮捕される見通しの今だけ委員長と同じ43歳の男性保安官は、読売テレビの取材に対して「あれを隠していいのか。おそらく私がこういう行為に及ばなければ、闇から闇に葬られて跡形もなくなってしまうのではないか。この映像は国民には見る権利がある」と話したそうです。この問題をどうこう論じるのが国会議員や議員センセイから一方的にリークされたマスメディアだけではなく、もっと国民的議論をするべきとのメッセージも感じますが、反中を煽ろうとの意図もうかがえます。

「流出」告白の海保職員に、読売テレビが独自取材
 日本テレビは10日夕のニュース番組で、映像を流出させたと神戸海上保安部に申し出た男性保安官(43)に、系列局の読売テレビ(大阪市)の記者が事前に取材していたと報じた。
 記者が番組で語ったところによると、取材は数日前で、神戸市内で約2時間面会したという。
 保安官は記者に海上保安官の身分証を示したうえで、投稿した動機について「あれを隠していいのか。おそらく私がこういう行為に及ばなければ、闇から闇に葬られて跡形もなくなってしまうのではないか。この映像は国民には見る権利がある」「(国会議員による視聴が)限定的な公開だったので、このままでは国民が映像を見る機会を失ってしまう」などと説明したという。
 映像の入手経路についてははっきりと答えなかったというが、「ほぼすべての海上保安官が見ようと思えば見られる状況にあった。さして国家機密的扱いはされていなかった」と話したという。
 取材時の保安官の様子について、記者は「落ち着いた様子で、言葉を選んでいた」と語った。「周りの職場の人たちに大変大きな迷惑をかけることになった」とも話していたという。
 一方で、保安官に接触するまでの経緯について、記者は「映像を投稿した人物がいるという情報がある筋からもたらされ、調整を重ねた」と説明した。
(朝日新聞 2010/11/10 20:29)
 ともあれ、今回の内部告発に関して私が感じたことは国家公務員という権力の側にいる人たちは、正しい情報を知らせるための正義感(それを覆い隠そうとした権力に対抗する正義という論点で)がもたらした内部告発であっても認められないということ。だから国家権力が暴走しないようにマスメディアの役割が重要になってくるのですが…。

 内部告発といえば、最近地方紙の専売店従業員が押し紙や折込チラシの残枚数を広告主へ通告する事例が続き、新聞社や折込会社がその対応に追われているようです。
 これまでは販売店経営者が過剰な押し紙で経営が成り立たなくなった場合や改廃(営業権利を破棄)された腹いせに新聞社へ訴えを起こすというものでしたが(現在も全国各地で押し紙裁判が係争中)、販売店従業員(いわゆる経営者ではない労働者)は訴えるよりも費用がかからない内部告発という方法で理不尽な問題(そういう実態があれば)を告発するケースが今後も増えていくと思います。

 新聞社や折込会社からすれば「何を生意気なことを言って、お前たちはそれで飯を食っているのではないか」と凄みをきかせて罵倒してくる様が目に浮かびますが、その凄みを利かせてくる輩とて同じ穴の何とやら…。流通部門の問題とはいえ、新聞社も国家公務員と同じで「正義」という言葉がとてもむなしく感じてならないのです。ある大手紙労組の幹部(編集職場の方)がこう言ったことを思い出します。「うちの会社に押し紙なんて存在しません。そう経営者が説明していましたから…」。このような方が取材した記事を読んでいると思うと「オイオイ大丈夫か」と絶句してしまいます。
 そうであってはならないと思って、このブログを書いているわけですが…。胸を張って生きていきましょうよ、皆さん!

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2010年07月26日

ダイヤモンド連載の「ザ・メディア 新聞社買収」が最終回

 週刊ダイヤモンドでおととしから連載されていた「ザ・メディア 新聞社買収」(著者 真山仁)が。7月31日号をもって最終回を迎えました。この連載見たさに99冊も購入し続けた今だけ委員長の財布にも少しは余裕が出るかも…。

dw_M[1].jpg 最終回を読んで感じたのは、「ハゲタカ」のようなスッキリとした結末ではなかったので、もしかすると某新聞社からの何かしらの圧力でもかかったのかなぁと考えてしまいました。
 「ザ・メディア」のストーリーは現状をきちんと踏まえながら、近未来の新聞社を描いた構成だったので毎週楽しみに読んでいました。真山さん自身も相当新聞業界の方へ取材したと思います。(真山さんは元読売新聞社員です)


 真山さんがこの小説を通じて社会へ訴えたかったことは、日本の権力者は政治家などではなく、新聞社の中で「自分こそは正義だ」と思って実権を握っている新聞人なのだ―ということのように感じます。

 2年越の連載小説ですから普通は単行本として発刊されると思いますが、どうでしょう。潰されなければよいのですが。

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2010年06月19日

パワーカスタマーの時代 読者相談室にこそスペシャリストを

 新聞は言わずもがな商品(新聞)の宅配までが購読料に含まれています。製造から流通までのパッケージ商品(販売店も専売店が多い)だからこそ、メーカーに流通部門の問い合わせもあるし、逆にディーラー(販売店)にも発行側への意見などが寄せられます。

 読者からのクレームの多くは不配・誤配などの配達に関することで、販売局が販売店への連絡に追われることも日常茶飯。配達スタッフのミスがほとんどとはいえ、不配が多い販売店はだいたい決まっているものです。販売局の人たちも「またあそこか」と舌打ちしているに違いありません。

 逆に販売店側にも紙面に関するクレームが寄せられることもしばしば。集金の際に小言のようにいわれる紙面への苦情もけっこうあるものです。内容は多岐に渡りますが、言い掛かりとしか思えないのものから「なるほど」とうなずけるものまでさまざまですが、その多くは「ひと言」文句をいわれても「来月もよろしくお願いします」で済んでいるし、販売店スタッフとのコミュニケーションが取れているので購読中止には至らないものです。
 「小言をいわれるうちは大丈夫」といわれますが、特に紙面内容に関する問題はそれぞれの主観によるものなので結論が出るはずもなく、当然販売店では対応しきれないものです。「これは手に負えない」という場合は編集局(読者相談室)へ連絡するものの、誰もそんな面倒な話は受けたくないだろなぁと思いつつ紙面に関することは勝手に返答できないので、渋々対応をお願いするのですが…。


 きのうの夕方、現場の後輩から電話が入りました。「お客さま(読者)から、○月○日付け朝刊17面に掲載された葬儀社の社名変更の記事は、どう読んでもその葬儀社を持ち上げた広告としかいいようがない。なぜ記事にしたのか編集側の見解を聞きたい」といわれたので発行本社に対応してもらえないかというもの。その後輩は何とか話を収めようとしたものの叶わず、「発行側から説明の連絡をする」ということで解放されたようです。
 電話を受けた私はどうしたものかと悩みました。編集局(読者相談室)へ問い合わせて見たところで、返事は決まっています。「新聞社独自の倫理に則り、編集デスクが責任を持って記事の取捨選択をしている」というもの。まぁその通りなのでしょうが、そのような一方的な説明では余計に話しがこじれるばかり。最後には「新聞をやめてもらっても構わない」と結をまくられることもしばしば。編集側からすると「いちいち対応していられない」ということなのでしょうが、販売店は1件の読者を失うことになる。このような実態を販売店側も知っているので読者からのクレームを編集側に言わなくなる。そうして“ズレ”がまた大きくなるというスパイラルが起きているように感じます。その中間に位置する販売局もどう対応を取ってよいのか苦慮していることでしょう。だって新聞社は編集が絶対なのですから…。

 それで今回の件がどうなったのかというと、販売局の方にも相談して編集サイドへいろいろと当たってもらったのですが、結局は「販売店で何とか…」ということになり、当方が直接その読者へ伺って話がつきました。「購読をやめる」とはならなかったのでひと安心ですが、「どうせ販売店の人間に言ったところで何も変わらないだろうが…」と前置きした上で、「紙面内容について問い合わせても新聞社の人たちは対応しない」と思われたのかもしれません。


 久しぶりに現場に出て感じるのは、パワーカスタマーの威力が相当なものになっているということです。配達の時間指定や土・日は配達せずに購読料から減額、集金の際に粗品を持っていくなどはあたり前で、以前よりも個別対応が増えています。それが紙面のことにまで広がってきている。わがままな読者が増えているとも感じる一方、やはり多くの情報を入手できる社会環境の変化とともに読者側のリテラシーが備わってきたことによって、紙面に対するクレームも増えているのだと捉えるべきではないでしょうか。また読者からの問い合わせに対応する部署の充実は不可欠です。読者相談室などには柔軟な発想を持ち調整力に長けたスペシャリストを配置しないと、読者とのズレは埋まっていかないのかなぁと感じています。


 最近読み終えた「電子書籍の衝撃」(後日、書籍紹介でアップする予定)の一説に、こんな記述がありました。新聞社に勤めた経験を持つ著者の佐々木俊尚氏の指摘は、さすが的を得ています。一部引用します。


 情報の量を需要と供給で考えてみると、かつては供給(情報を発信する側)が新聞・テレビ・雑誌・ラジオに限られていて、需要(人々が情報を求める気持ち)をカバーしきれなかったので、供給のメディア企業側に「情報を与えてやる」というパワーが生まれてきました。これが余剰の富となって出版社や新聞社、テレビ局の社員の高給にもつながっていたわけです。
 ところがインターネットが登場し、情報の供給はものすごい勢いで増えました。ブログや掲示板などの読み物だけでなく、ツイッターやSNS、メール等の双方向的なメディアも人々の需要を満たす存在として台頭するようになってきます。そうなると情報の需要と供給のバランスは完全に崩れ、いまや需要を上回る量の供給があふれるようになってしまったわけです。
 そうなれば「需要を絞る」ということによって余剰の富を得ていた古いメディア企業が没落していくのは当然のことです。それなのにいまだにメディア企業の側には「情報をオレたちが分け与えてやる」という古い発想の年配社員がいて、その頑迷固陋ぶりには幻滅するばかりですが―。(佐々木俊尚著「電子書籍の衝撃」105Pより)

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2010年05月26日

売れる記事「オモシロおかしくでいいの?」/週刊現代のコラムを読んで

週刊現代.jpg 同僚から「週刊現代の連載コラム『なんなんだこの空気は』がオモシロかったので立ち読みを!」とのメールが入りました。その同僚はおそらく「そのネタを小ブログで取り上げよ」という気持ちでメールを送ってきたのだろうと感じつつ、立ち読みは不惑を過ぎた大人として“いけない”(特に週刊誌は)と思っているので、きょうは昼食を抜いて週刊現代(400円)を購入しました。


 日垣 隆さんが書いている「なんなんだこの空気は」は今週号で40回というから、結構続いているコラムなのでしょう。今回のテーマは「メディア考現学」。
 「お試し」期間が終了し、5月1日から本格稼働した日本経済新聞電子版(web刊)が成功するかどうかというネタを示しながら、実は新聞業界はもっと奥深い奈落の底に陥っているとの持論を展開しています。「もともと宅配新聞は、自ら新聞を選ぶ頭脳さえ使わない、単なる習慣だった」と言い切り、新聞は知恵を研鑽する手段としてはもう役割を終え、晩酌と等価の習慣にすぎない…と日垣さんは主張します。

 「学生時代は、まだ頭が柔軟な時なので新聞は役に立つけれど、その年齢を越しても宅配の新聞を読み続けるのは時間の浪費に近い」といわれるのですが、いま新聞をこよなく愛読していただいているのは高齢者層です。一般的な認識と日垣さんの考え方は相当ずれているとも感じます。で、その日垣さんはネットと新聞のデータベースに毎月数万円以上をかけているのだとか。新聞はデータベースの役割であって、日々のニュースは宅配されなくても入手できる社会環境に変わってきたことを述べたいのでしょう。

 話しを戻すと、日経web刊の成功(目標10万人に対して6万人達成との観点から)の要因を3つあげています。


@何もしなければ凋落あるのみだ。日経は独自の販売店が少なく低姿勢であったため販売店とも友好的であり、有料の電子版に踏み切る素地が、他紙より強かった。
A先行する成功事例がアメリカに幾つもあった。日経電子版の無料登録者制度など、どこからどう見てもフィナンシャル・タイムズ電子版の真似である。
Bいずれ破たんする要素を秘めているものの、「ありえない」はずの料金設定を断行。「紙」の朝刊をとっている世帯(これは販売店が従来通り集金。朝刊のみ3568円。夕刊ともなれば4383円)が「電子版」となると、たった1000円の上乗せのみ(これは本社にクレジットカードで払う)だが、電子版だけなら「4000円」なのである。
 

 そもそも日垣さんの主張はデータベースにこそ金を支払う価値があるということだから、「紙」の読者(4人家族などの場合)に1000円で電子版を閲覧させるのはあまりにも安価であって、宅配制度のツケだと解説しています。また、日垣さんの有料メルマガの読者が毎月数万人から10数万人いるのに、天下の日経が6万人で喜んでいるのは滑稽だとさえ…。
 「日経テレコン21」とのカニバリゼーションを避けるためでしかないとの結びだけが、うなずけるところでした。


 まぁ「言論の自由」があるのですから余命なことは差し控えますが、異色な発言はオモシロおかしく注目されこそすれ、すぐに忘れられてしまうもの。評論家の見方と実際に読者と接している新聞人(特に販売労働者)との物事のとらえ方の違いを感じたコラムでした。でもそれが売るための手法なのかなぁ・・・

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2009年10月31日

「沈まぬ太陽」を見て思う まともな労働組合の大切さ

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 久しぶりに骨っぽい映画を見て興奮しました。「沈まぬ太陽

 山崎豊子原作の「沈まぬ太陽」は、元宮城教育大学長の伊藤博義さんに勧められて、発売後(2001年11月)すぐに購入してほぼ徹夜で読みあさったものです。http://minihanroblog.seesaa.net/article/22254689.html

 航空会社の労働組合委員長として「空の安全」を求めて会社とたたかった主人公の恩地元の生きざまを描いたストーリーですが、労働組合を「アカ」呼ばわりする経営陣の組合分断工作によって労働組合が骨抜きの「御用組合」へと化してしていく様は、日航には複数の組合(確か8つ)が存在する元凶でもあります。
 父親が労働組合の役員であることで差別を受ける家族の苦労と友人の裏切り。そして520人の犠牲者を出した「日航機墜落事故」の犠牲者の無念の思いや遺族の悲しみは涙流さずにはいられません。恩地へのコンプレックスからか、次第に不正と乱脈で権力の座へ上り詰めようとする元同僚の行天のような人間はどこの会社にもいそうです。
 政官財の癒着にも原作以上に深く切り込んでいたように感じます。「何を書いてほしいんだ。あいつを潰すために書いてやるよ」と日航幹部にたかる新聞記者の描き方に「チョットやりすぎ」と感じましたが、これが今の世間の見方なのでしょう。

 まともな労働組合の存在がどんなに大切なものか痛感させられます。


 主演の渡辺謙さん。いい味出してました。渡辺さんが恩地元役をやることで、原作の主人公像により深みがましたと思います。

    
▽国公労新聞第1034号「空の安全を守りたい」
http://www.kokko-net.org/kokkororen/s1034.htm
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2009年09月27日

お堅いイメージは不要になってきたのかなぁ

 朝日新聞社の躍進というか、WEB事業の拡大が勢いを増しているように感じます。

 今月から「CNET Japan」「ZDNet Japan」を傘下に収めた朝日インタラクティブ株式会社を設立。
 モバイル部門では、35歳前後の世代をターゲットに利用者同士が「参考になる情報」を出し合うモバイルPC(携帯電話)向け情報サイト「
参考ピープル」のサービスも開始しています。

 若手社員がいろいろなアイディア出しをしているのか、外人部隊が引っ張っているのかわかりませんが、何となくお堅いイメージが取れてきたような…。
人材確保にもこんな動画でPRしています。
posted by 今だけ委員長 at 01:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2009年05月11日

新聞販売店を舞台にしたアニメ 焦点は違いますが…

 マイコミジャーナルによると、新聞販売店を舞台にしたTVアニメ「かなめも」(原作:石見翔子氏)が7月5日からテレビ東京系でスタートするそうです。
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 どんなストーリーが展開されるのか原作も読んでいないのでわかりませんが、深夜の時間帯での放映からすると「NIE系」ではなく、いわゆる「萌え系」?
 同作品をウィキペディアで検索すると「身寄りを無くした少女・中町かなは、ひょんなことから新聞専売所(風新新聞専売所)に住み込みで働くことに。そこに待っていたのは、とんでもなく個性的な同居人たち。彼女達の日常生活や仕事現場のドタバタを描く作品」ということだそうです。


 新聞販売店の実情がどれだけ描かれるのか、ちょっと見てみたい気もします。

 私が住んでいるところでは(おそらく)放送されないと思いますが、感想をいただければと思います。
posted by 今だけ委員長 at 10:01 | Comment(2) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2009年04月07日

ジャーナリストを名乗るなら企業人の前に人間たれ!

 「読売新聞社は、司法制度を利用した言論弾圧を真摯に反省し、報道機関・言論機関としてあるべき行動をとれ」 3月30日に新聞販売店弁護団が全国の報道機関へ出した声明の見出しです。

 新聞販売黒書を運営しているフリージャーナリスト黒藪哲哉氏と読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志氏との間で争われていた裁判(原告、江崎氏の催告書をHPに掲載した被告、黒藪氏への著作権侵害と掲載差し止めを求めた裁判)の判決が出されました。
 提訴の段階で、よく裁判所が受け付けたものだと思っていましたが、当然のことながら、原告の江崎氏の請求は棄却されました。
 弁護団の声明には、以下のようなことが書かれてあります。

 本件判決により、読売新聞社は、およそ著作物とは言えない書面をもって、しかも他人が作成した書面を自社法務室長が作成したとまで偽って、被告の言論活動を封殺しようとしていたことが明らかとなりました。
 我々弁護団としては、読売新聞社が、かかる暴挙を反省するとともに、報道機関、言論機関であることを深く自覚し、このような言いがかり的な訴訟に頼ることなく、言論には言論で対抗するという報道機関の本分に立ち返るよう切望するものです。


 蟻が象を倒そうなどとは誰も思っていません。ですが、なぜ象のまわりに蟻が命を掛けて抗うのか。社会のルールに則って、当たり前のことをしていれば蟻がよることもないはずです。
 紙面で報じられる食の安全を脅かした数々の偽装問題も、自分さえよければという儲け主義に経営者が走ったからです。儲けることは悪いことではないけれど、偽装行為は許されるものではないと紙面には書いてあるはず…。


 今回の裁判で明らかになったことは、偽装部数問題を社会に向かって発信している黒藪氏の言論活動を抑え込もうと、象が蟻を訴えたものです。日本を代表し、世界一発行部数を誇る読売新聞社は何を見誤ったのでしょうか。私も同社に多くの仲間がいるし、素晴らしい記者の方も多いことを知っています。それなのに・・・。今回、読売新聞社が取った行動を彼らはどのように見ているのでしょうか。企業人である前にジャーナリストを自負するなら人間であってもらいたい、そう思うのです。

 「押し紙」の存在は早急に改善させなければならない問題ですが、日本の新聞社が言論封殺まで行おうとしているなんてあり得ない。そう思いたいのだけれど、このような問題が出てくるたびに新聞社への信頼が揺らいでいくのです。もしかすると多くの読者がそう見限っているから、新聞離れが加速しているのかもしれません。


 今回の裁判所判決を報じた新聞社はありません。赤旗とネットメディアのみです。新聞社という報道機関に携わり、生活をしている皆さんに問いたい。このまま知らないふりをするのですかと。


▽販売店弁護団による「判決のご報告」
http://www.syuppan.net/uploads/smartsection/68_hokoku0903.pdf
▽出版労連の談話
http://www.syuppan.net/modules/news/article.php?storyid=67
▽「押し紙裁判」フリー記者が読売に勝訴/JanJan
http://www.news.janjan.jp/media/0903/0903300549/1.php
▽ジャーナリスト黒薮さん、「押し紙」著作権裁判に勝訴/Jcastニュース
http://www.j-cast.com/2009/04/02038733.html

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2009年01月22日

ネット社会が社会的価値と経済的価値を切り離した?

 ANY(朝日、日経、読売)が展開するポータルサイト「新'sあらたにす」を、毎朝メールチェックのあとに目を通しています(もちろん47NEWSも)。
 目的は1面記事の読み比べではなく「新聞案内人」というコラムを読むこと。16人の著名な案内人が新聞の論調を題材に時世を論じたり、新聞への注文を寄せたりと、案内人の視点(特に林香里の目の付けどころは素晴らしい)は業界人ではなくとも“なるほど”と新聞(メディア)のあり様を考えさせてくれます。メディアリテラシーを高めることにも役立つのではないかと思っています。

 けさはコラムニストの歌田明弘さんが、「君たちのためじゃないよ」〜ウェブ歴15年の創作活動を書かれていました。

 内容は昨年12月18日付の朝日新聞に掲載された坂本龍一さんのインタビュー記事を題材にしたもので、ネット社会の浸透によって媒体・流通の変化が求められた音楽業界(新聞にも当てはまるところも多い)の経済的価値と社会的価値、その明暗を指摘する構成となっています。紙面のすべてがネット上に流されているわけではないので、このようなコラムで興味ある記事を紹介していただくとありがたいものです(新聞もロングテール型になりうるコンテンツも多いものです)。


 坂本さんは「レコードからCD、ネット配信へと媒体が進化し、複製と流通コストが下がったことで、1曲あたりの販売単価は下がった。簡単にコピーやダウンロードをできるようになり、違法な複製も日常化した。音楽の経済的な価値は限りなくゼロに近づいてしまった。これは予想していなかった」と音楽に対するネットの影響を説いていますが、それは「経済的価値」が低下しただけで「社会的価値」はそう大きく変わっていないことを指摘。さらに坂本さんは、以前は多額の投資ができる企業や人しか音楽の複製や頒布ができなかったことが、ネットは一種の民主化を起こしたわけであって、「それはよいことだと思っています」と言い切ります。

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2008年11月07日

ジャーナリスト筑紫哲也さんが死去

 闘病中だった筑紫哲也さん(73歳)が今日の午後1時50分に、肺がんのため死去されたとテレビ朝日「報道ステーション」で知りました。
 つつしんでご冥福をお祈りします。

 筑紫さんが書かれた本もだいぶ読ませていただきましたし、新聞労連の集会や週刊金曜日の創刊記念のイベントなどでも何度か講演を聞く機会がありました。6年くらい前だったでしょうか、早朝の仙台駅でお会いしてすかさず握手をしてもらった思い出があります。年齢の割にはガッチリした体型で眼光が鋭いという印象でした。
 キャスターとしての復帰は難しくても出筆活動は続けられるのではないかと期待していたのですが・・・とても残念です。


 筑紫さんの死去をウェブで確認していたら、MSN産経(産経新聞)が午後6時31分に第一報を報じ、その後7時12分に田原総一朗氏のコメントを加えた続報がアップされていました。続いて毎日jp(毎日新聞)が9時25分に鳥越俊太郎氏と辻元清美氏(社民・衆院議員)のコメント入りでサイトへアップ。asahi.com(朝日新聞)は9時26分に筑紫さんの在職時代の功績などを伝える記事が配信されていました。

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