2005年12月05日

新聞が大衆から必要と重んじられていた時代と現代とのギャップ

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新聞
著者 千葉 雄次郎(有斐閣)260円

 1955年初版発行の有斐閣ライブラリーシリーズ(正確には、らいぶらりい・しりいず)。
発行当時、新聞は現代社会に生きるための必需品であった時代、日常の出来事について知識の大部分は新聞によって与えられ、その知識にもとづいて日常の業務を行ったり、政治的な判断を下したりしている…というはしがきから始まる新聞の歴史を綴った1冊。
 第1話は、新聞の自由の歴史。「新聞の自由は、世界中の国の憲法で保障されている」までに至った世界各国で新聞が果たした歴史が書かれている。第2話は、新聞の与えるもの。報道的機能、誘導的機能、娯楽的機能に触れている。第3話は、新聞をつくるもの。新聞社の体質、新聞記者の役割について。第4話は、新聞を利用するもの。国際政治の操作を検証し戦争時の報道体制、通信社、外電のあり方。また、新聞と世論として政治宣伝、経済利潤、権力と民衆に踏む込み「新聞の中立性」を求めている。第5章は、新聞を読むもの。如何に新聞が読まれているかについて、情報を欲する民衆が情報を得るばかりではなく新聞に込められた期待が感じられる。それだけ新聞は生活に密着していたし、新聞社もまた読者を向いていたのだろう。

 販売問題にも第3章に「行きすぎの販売競争」で触れており、その一文を引用する。
 新聞の紙面で競争するのはまだよい。販売競争が嵩じると、付録をつけたり、景品をつけたりの競争となる。これはちょっと考えてみてもわかるように、非常に金を食う。この経費は新聞をつくるための編集費とは別に、販売の経費として計上されている。新聞は外国からたくさんの電報を打ったり、記者が自動車や飛行機で方々へ出かけたり、大変な金がかかるだろうと読者は考えるが、新聞に景品や付録をつけたり、販売店を督励して、是が非でも新聞を売ろうとする努力のために費やされる金の方が、多い場合もある。しかし、この経費は、もともと、それによって読者をふやし利益を多くする目的のものだから、そのような大きな経費をつかっても効果がなければ、新聞社としては無意味である。ところが、各新聞者の販売競争がはげしくなると、採算を度外視した競争までがおこなわれる。しかし、そういう無茶な、また無意味な競争は、なが続きするわけはないから、付録や景品競争は、それをつけてまで競争しても、新聞社の利益にならないとすれば、読者がそれを欲すると否とに拘らずやめてしまう。先ごろ東京の各新聞が申し合わせてそのような販売競争を打ち切り、読者にそのことを声明したビラを新聞に折り込んで配ったのを思い出す人もあろう。
 新聞も資本主義下の営利事業であるから、その生産品たる新聞を売り込むための努力がおこなわれるのは、企業として当然のことである。しかし、売ることだけが新聞発行の目的ではない。新聞にたずさわる人々は、社会の公器であることは知っているから、売ることだけが新聞の目的だとはいわない。販売という言葉すらさけて普及という言葉をつかっている新聞社すらある。いい新聞を「普及」することによって、新聞が利益することは当然みとめられてよい。しかし、新聞社がただもうけるためだけに、つくった新聞をむりやり「普及」されては、社会は新聞によって毒されるといわねばならない。


 過去の反省が全く生かされていないのが新聞社の販売競争意識。付録つき、景品つきの販売はもうすでに新聞販売の文化となっている。この状態で「特殊指定を維持」と主張できるのか大いに疑問である。
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2005年12月02日

マスコミに働いている方には絶対お勧めの一冊

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ご臨終メディア−質問しないマスコミと一人で考えない日本人−
著者 森 達也・森巣 博(集英社新書)680円

 ドキュメンタリー作家の森氏とオーストラリア在住で作家の森巣氏の対談形式で、今のマスコミ(放送、新聞)に働くものの「軸」がずれていることを分かりやすく、そしてオモシロくまとめられている。大手メディア関係者の賃金は高すぎて一般人の視線を忘れてると指摘し、2ちゃんねるで議論を戦わせている方々の視点の方が断然真相を追究していることが多いと説く。
 質問しないメディア、見せないメディア、懲罰機関化するメディアときて、善意の行方はどこに向かう…。今のメディア自身も善意を体現しようとして、そこに正義という言葉を入れ替えて、麻痺している状態…。社会全体の善意による暴走の構造は拍車がかかるばかりと指摘する。
 そしてメディアは卑しい仕事だと結び、マスコミ人は自分がくだらない、虫けらみたいな人間だというところから出発をしたほうが良い。正義であったり、公共の福祉であったり、知る権利、表現の自由とかを持ち出すから錯覚に陥ってしまう。もう一度原点に返って、メディアのほとんどの仕事が人の不幸をあげつらうことであり、聞かれたくないようなことまで取材をしなくちゃならない。その結果、常に誰かを傷つけることで成立している。ただし、そのことに対する後ろめたさは無くすべきではない―。

 再販制度や特殊指定も新聞社に与えられた特権。その特権が与えられたことと引き換えに「ジャーナリズム機能」が委ねられたのだろうと考えさせられた。『軸』は…大切だ。
 久しぶりに一気に読めた本でした。
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2005年11月20日

経営破綻は労働組合の責任だ!と愚痴った新聞経営者

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新聞千一夜
著者 小林 啓善(東京ライフ社)250円

 これもかなり古く、1957年11月発行の一冊。千葉新聞社の経営者であった著者が、全国紙と地方紙との条件的比較をしながら販売内容や記者の資質までも中央と地方とを比べる論調で書かれている。
 しかし、ある意味で本当の新聞販売の実態などは記されておらず、読者向け(ある意味新聞協会の発表)のキレイごとが綴られている。経営者同士の「傷の舐めあい」とも捉えられる。

 著者は千葉新聞社が廃刊になった時の社長を務めており「千葉新聞社が廃刊に追い込まれた理由は、労働組合がストライキを起こし新聞発行が妨げられ会社が潰れた」とおもむろに書いている。1955年、当時は全国紙の専売店へ地方紙が配達・販売を委託していた時代に千葉新聞は朝日、毎日、読売の3社から「千葉新聞の不買の決議」をされ、専売店を急造せざるを得なかった。そのためには当然資金もかかり、労働者の賃金の遅払いなどで組合が激怒。経営側も人員の整理などを敢行し、労使関係は悪化の一途を辿り、ついには休刊へと進む。著者はストを指導した人物として、当時の新聞労連副委員長であった水口謙一氏(西日本新聞出身)を敵視し、「千葉県民から県民の新聞を奪った英雄」と痛烈に批判している。

 千葉新聞社の破綻後、千葉日報社として生まれ変わるが、労働運動の華々しき運動の歴史を考察するには、まだまだ労使双方の言い分を聞かなければまとまらない。
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2005年11月19日

新聞と新聞労働者の歴史は凄まじい

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新聞太平記
著者 赤沼 三郎(雄鶏社)百六十円

 1950年発行の大正末期(関東大震災)から昭和(戦中戦後)にかけての新聞界の裏表史。特に新聞社の覇権争い等を詳しく掲載されており、販売問題や記者クラブ、新聞労働組合の結成まで当時の様子が克明に記されている。「読売赤色騒動」(敗戦後の社内の共産主義傾向について)では当時の過激な労働運動(暴力スト)や廃刊まで決意する読売労組の闘いが印象深い。
 新聞販売については、明治時代から「押し紙、積み紙、赤紙」の共通単語が存在し、乱売合戦の歴史は新聞が誕生してからずっと続いているものだ。当時は景品ではなく値引きが主流である。大正末期から進められた「販売店の専売制」が定着化するまでは、新聞社より販売店の方が力を有し、有力販売店が団結をして新聞を非売することもありえた。関東大震災後、打撃を受けた当時の報知新聞、時事新報等に対する、大阪系紙の攻勢は凄まじく「販売店に金をばら撒き在京紙の配達を止める工作」まで行っている。戦後はプロ野球などの興行で一躍新聞産業が肥大化していく様も詳しく書かれている。
 記者クラブについては「不思議な存在」と称し、戦中の大本営発表の温床を指摘、クラブ員即ちメッセンジャーボーイと結んでいる。
 戦後、すべての産業部門に先んじて新聞労働組合は結成された。印刷部門より報道部門の労働者が活発に活動を展開している。当時の組合が求めた民主化運動は、旧幹部の追放や自主的な紙面づくり。共産党色が強かった「新聞単一」の三役は聽潯克巳中央執行委員長(朝日)、鈴木東民副委員長(読売)、牧野純夫書記長(毎日)で構成。しかし、赤色支配は成功せず、読売の脱退を皮切りに労働戦線問題は離合集散を重ね、1950年6月に共産党幹部などの追放、赤色支配から手を切って、日本新聞労働組合連合が結成される。新聞労連結成当時は過去の苦い経験から個人加入を排した連合組織であった。結成当時の三役は三浦武雄委員長(読売)、長谷川直美副委員長(朝日)、竹中英太郎副委員長(山梨日日)、大谷恭市副委員長(島根)、岩本秀次書記長(毎日)。加盟組合は15労組、組合員数10,950名だった。
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2005年11月13日

新聞社の販売政策は販売店からの搾取構造が根底にある

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崩壊期に立つ巨大新聞
著者 渡辺 渉(山崎書房)480円

 1973年発行の新聞記者による内部告発本。今から30年前、世の中は高度成長を続ける日本において、新聞の紙面広告が大きく伸びた時代である。第1章は「爆発する新聞への不満」として、読者の新聞への不満が書かれている、内容は新聞に対する意識調査の資料をあげて信頼低下の理由を「広告が多すぎる」点と「広告の内容が信用できない」という不満が蔓延していると分析されている。本来の新聞の使命であるジャーナリズムが、広告主の影響で「ペンが曲がる」のではないかと指摘された時代だったことが伺える。当然この頃から、新聞社の収入構造が販売収入と広告収入の逆転という形で変わっていった。

 続けて、「国民をあざむく記事」のいろいろと題し、本田技研(ホンダ自動車)の欠陥車問題、サリドマイド児をめぐる報道、アリナミンに見る新聞の黒い実態、でっち上げ記事−などなど。当時の様子が伺える。

 新聞の恥部―販売政策のからくりの章では、「販売正常化」が出来ない新聞社の体質。狐と狸の化かし合いをやっているようなものだと程度の低い新聞社の販売政策に苦言を呈している。さらに、販売店を食い物にする販売政策。新聞販売を過当競争に追い込む原因は新聞社の販売政策そのものととし、巨大新聞社が専売制を敷いた背景も克明に記されている。割当部数、しょい紙、積み紙を赤字ギリギリになるまで販売店に押し付ける政策は、安い労働力で経費を浮かせなければならず、必然的に新聞少年を無保証のまま雇用する状況を生み出していく。使えなくなったり、異を唱える店主に対しては「改廃権」を行使し、切り捨てる。そのような販売政策を押し付ける新聞社に「言論の自由」などない。ここでも読者からいずれ見放されるとも記されてある。

 この本にも書かれているが、当時、労基法を守っている販売店は全体の3%程度だという。30年かけて最低限の労働条件をクリアできる販売店が10倍に増えたが、今も約70%は週休も取得できないほどの劣悪な労働条件なのだ。

 新聞奨学生の問題についても触れ、労働組合的な組織が出来たのは勤労学生たちの活動からだと述べている。全臨労(全国臨時労働組合)は全国的な拡がりを見せ、配達を放棄する動きも起こり始めたという。当時の奨学生の労働力は首都圏では何と90%。全国平均でも50%の占めていたのだから、一斉にストライキが起これば全国の新聞がストップするまでに拡がったのだが…。しかし、新聞社の搾取の構造を正すまでには行かなかった。

 著者は「半封建的な組織に乗る販売制度、低賃金と過剰労働を基盤とする戸別配達、販売店を不合理な過当競争に追い込む紙の半強制的な割当制、低利潤と低賃金をつくり出すための補助金政策…、それらを革命的に改革することは、今の新聞社にはなし得る事ではない。そして、それがなし得ない限り、販売店の格差は解消されないし、したがって労務問題の根本的解決もあり得ない」と訴える。

 現状と何も変わっていない販売店の実態。巨大新聞社に追従する業界構造がある限り改善への道は程遠い。
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2005年11月09日

新聞社の虚報はなぜ起こるのか…

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「新聞」のウラの裏がわかる本
著者 久留米 郁(ぴいぷる社)1,140円

 特ダネと誤報・虚報は紙一重=一流紙記者が明かす新聞づくりの舞台裏…まずはじめに一流紙記者ってずいぶん偉そうに…と思いながら読み始めたが、内容はすんなり読めて一流紙記者は朝日の方だとすぐに判明。
 虚報の検証では朝日新聞のサンゴ損傷・捏造事件(1990年4月20日付朝日新聞夕刊)が14ページに渡って、カメラマン(朝日新聞社員)が犯した捏造行為の始終が詳しく報告、読者からの投書や社内の動きなどが詳細に記されている。また、かつて毎日新聞で起こった「西山事件」にも触れ、その問題点を厳しく指摘している。
 記事づくりの楽屋裏の章では、記者の取材活動の原点をサツ(警察)回りとして、「夜討ち朝駆け」をして事件の裏を取らず、警察の「発表もの」だけを書いていればすむ、サラリーマン記者の増加に警告する。また、記者クラブについても閉鎖性を指摘、発表記事に頼りすぎ記者クラブに入れる特権ある一部の記者によるニュースの独占には見直す必要があると述べながら、新聞社間のチェック機能(競争意識)の必要性については否定しない。
 さらに新聞記者の特徴を分析。政治部記者の権威主義、事件で勝負する社会部記者、情報化時代のエース経済部記者、外信部記者は語学力が基本、学芸部記者は専門職、なんでも屋の地方部記者、論説委員と編集委員の違いーなど新聞社の仕組みが分かりやすく述べられている。
 新聞アラカルトの章では、全国の新聞社の特徴なども評論的に書かれている。また「新聞販売競争は仁義なき戦い」として、新聞配達員の労働条件の低さや悪質勧誘によって読者からのイメージを新聞社自らが作っていることなども綴られている。著者も販売問題については「おかしい」と指摘しながらも手を付けられなかったのは残念だ!

 今年に入って朝日新聞や埼玉新聞の虚報問題が起こったが、記者の資質だけでは済まない新聞社の内部事情がチョットだけ理解できる一冊だ。
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2005年11月04日

メディアのワンマン経営者とブロガーの違いとは!

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新聞が消えた!
著者:谷口明生(風媒社)1,400円

 1986年12月31日付けの朝刊発行を最後に、愛媛県の日刊新愛媛新聞が消えた。日刊新愛媛新聞は25万部という四国最大の部数を誇りながらも、カリスマ性の強い経営者(社主:坪内寿夫氏)の編集権介入による異常な紙面づくりで紙面は私物化され、それが前代未聞の行政権力による「取材拒否」を誘発、最後は非常な企業の理論によって「廃刊」となるまでを同社で26年間同新聞社で新聞づくりに従事してきた著者が手記としてまとめた一冊。
 1976年、高知新聞社資本の「新愛媛新聞」は、経営不振から坪内寿夫氏を頂点とする「来島グループ」の傘下に組み入れられ、「日刊新愛媛新聞」と社名、題号を変更。なりふり構わぬ部数拡張へと進む。来島グループの拡張作戦は凄まじいもので、販売店ではなくグループ会社の社員がノルマの部数を達成させるため休日出勤は当たり前だったという。「部数は力なり」四国最大の部数を誇ると坪井氏の気に入らない財界人や知事を対象に誹謗中傷、過剰な個人攻撃が紙面で展開される。ワンマン経営がゆえに紙面に異を唱えるものは首を切られ、社内では坪内崇拝者しか生きて行けぬ状況になった。不安に陥った社員は労働組合を再建するも時既に遅しである。最後は日債銀の思うがままに廃刊に追いやられてしまう様が、生々しく描かれている。

 新聞社の役割とは何か?ジャーナリズムの役割を担っていると自負するならば、ワンマン経営をチェックするのがジャーナリストを自負する社員の責任であり、労働組合の役割である。働く人間がジャーナリズムの精神を忘れてしまったら、その新聞社は同新聞社のような結末を迎えるのだと思う。いくら部数が増えようと読者の心まで権力でねじ伏せることは出来ない。

 ブログでさまざまな情報を発信するブロガーも絶えず主張性のバランスをチェックをしてくれる機能を持たせなければジャーナリストとは言えない。だから新聞社への期待は大きいのだ。
posted by 今だけ委員長 at 20:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2005年10月29日

斎藤茂男さんの追悼集。13年前に一度だけ話を聞かせてもらいました。

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斎藤茂男−ジャーナリズムの可能性−
著者 内橋克人・筑紫哲也・原寿雄(共同通信社)2,000円

日本のジャーナリズムと若手記者の育成に寄与した斎藤茂男さんが亡くなったのは1999年5月28日。享年71歳だった。
共同通信の記者時代から事件の本質を追及する視点に冴え、取材現場から数々の問題点を取り正した。労働組合にも深く関わり委員長に就任、「お任せ組合員と請け負い執行部は返上しよう」と職場での議論に時間を費やした。また、ジャーナリスト会議でも活躍する傍らで、「斎藤学校」と称された職場の若い記者たちの相談相手として、骨身を惜しまず語り合ったという。
晩年は主に地下鉄サリン事件、オウム真理教に関連した報道番組(TBS)などに出演し、TBSの「放送と人権特別委員会」委員にも就任した。

斎藤さんの人柄が綴られたこの書には著者の3人以外にも多くの方が出筆している。瀬戸内寂聴さん、吉永春子さん、鎌田慧さん、横川和夫さん、樋口恵子さん、岩切信さん、落合恵子さん、村上雅通さん、魚住昭さん、江川紹子さん、小林武さんなど。
味のある気骨なジャーナリストの背中は偉大だとあらためて思わされる。

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2005年10月28日

ジャーナリズムの維持と新聞社経営のバランス

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理想の新聞
著者 ウィッカム・スティード(みすず書房)2,700円

イギリスの「ザ・タイム」紙の元編集長が、イギリスにおける新聞の自由についての論考を記した1冊。国家における新聞の役割や活字の意味など新聞の役割に触れながら、部数と広告に関する経営的な問題にも言及。商業ジャーナリズムへの危機と新聞社内の問題点にも触れている。
そこで、理想の新聞とは?@ニュース取材に最大限の努力を払うA印刷に値する全てのニュースを可能な限り提供するB国民とともにあるが民族主義とは違う。リベラルではあるが自由党的ではない。平和を希求するが平和主義とは違う。社会的構造そのものを建設的に改良する任務をあらゆる国民とともに遂行するーそれが成し得るために赤字にならないように広告収入を確保できるか、販売部数を確保出来るかーと結ばれている。

高い志は新聞経営者にとっても必要不可欠だが、実際に資本力に押しつぶされる新聞社も少なくない。また、営利目的としての新聞社が、本来のジャーナリズム機能を失った(そのような体質に陥った)職場を去る労働者も多い。

理想と現実は常に付きまとう。
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2005年10月27日

日本の大新聞社の問題点は世界的にも注目されている?

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日本の新聞報道
著者 林ヶ谷 太郎(池田書店)1,200円

アメリカに長く住み、国際関係論を専門にしている著者が、アメリカからの提言と題し、日本の新聞社の問題点を幅広く指摘している。日本人の無気力さが大新聞社のおごりを助長し、読者を甘く見ているから誤報や捏造記事が生まれると説く。

さらに注目したのは、カリフォルニア大学の教授である著者が「ナベカマ拡張団と新聞販売店の存続」の項で販売現場の実態を詳細に書いている。拡張団の販売行為は、新聞社がやるべき販売行為ではないと一喝。拡張団の仕組みや発行本社の販売局が裏で糸を引いている(拡張団の直接雇用は発行本社)と指摘する。また、世界最大部数を誇る読売新聞は販売店に対して信賞必罰主義に徹した「販売の神様 務台」の功績と皮肉っている。日本の新聞が巨大化した理由のひとつに宅配制度があり、その制度が崩れれば日本の新聞の危機を迎えるとアメリカから発信するところはすごい。最後の結びでは「新聞が巨大部数を維持する大企業であるところに日本の新聞の問題点がある」というのが筆者の持論だ。納得。
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2005年10月20日

記者クラブ 権力に楔は打ち込めるのか?

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記者クラブ―市民とともに歩む 記者クラブを目指して―
著者 現代ジャーナリズム研究会(柏書房)1,030円

 現在、週刊金曜日編集長の北村肇氏が新聞労連委員長の時に新聞労働者との共同作業で書き記した1冊。
 記者クラブは新聞や放送の各記者が、国会、県庁、市役所、警察や裁判所、大手電力会社などに一室を設け、広報から発表されたものを原稿に仕上げるセクション。記者クラブの既得権なのか部屋の賃貸料は払われていないところが多く、各紙の記者の机なども貸与されているところもあるという。
 新聞人は「取材しやすい」「官僚や役人の動向をチェックする」と主張するが、本来の取材活動よりも『権力のリーク』をそのまま記事にして役人のお先棒を担ぐ横並びの報道が、記者クラブにはあると思わざるを得ない。記者クラブを廃止した鎌倉市などに対して、「情報隠蔽の恐れ」などと取り上げる向きもあるが、何も発表ジャーナリズムを読者が望んでいるわけではない。
 また、記者クラブには誰でも入ることは許されない。新聞協会に加盟するなどの『身元』が明らかではない記者は出入りできないことを考えると、やはり既得権を守る親睦団体というイメージにしか受け取れない。
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2005年10月15日

新聞奨学生生活って「けっして辛いことばかりじゃない」

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それいけ新聞販売店―18歳、これがわたしの出発点―
著者 渋谷 由美子(社会思想社)1,300円

 山形県出身の著者が東京での学生生活を夢見て、自ら学費、生活費を捻出するために考えた結論が「新聞奨学生」。上京から2年間の新聞奨学生で得た体験談。
 新聞販売店に初めて足を踏み入れた時に「しまった!」と思うほど異次元の世界に見えた新聞販売店の実情。住み込みで、朝夕の新聞配達と集金の仕事をしながら、その販売店に勤める従業員の朝夕の食事を作ることも日課になった。
 「トンコ」の説明がオモシロい。「給料もらったらトンコ」、「集金したお金がたまったらトンコ」、「配達中に嫌になってトンコ」いわゆる『トンズラ』である。
 新聞屋家業の大変さにも触れており、日頃のストレスを発散させるために宴会は必要。少々酔っ払い気味で朝の配達をしても許してやって!と著者は言う。拡張団の話もオモシロく、そしてリアルに記されている。
 そのような2年間に及ぶ新聞販売店で働いた体験がこの本となり、日本ジャーナリスト専門学校の「ジャナ専大賞」を受賞した1冊だ。
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2005年10月09日

マスコミ論を研究するには良い哲学書でした?

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マスコミの総合理論
著者 稲葉 三千男(創風社)4,944円

 1987年初版。5部構成になっており、一つひとつの論が深く論じられているが、難しい哲学書という内容。
第一部は「コミュニケーション論」ちょっと難しすぎる。哲学的。
第二部は「マスコミ論」マルクス主義のマスコミ論と組織悪としてのマスコミ論を展開。
第三部は「ジャーナリスト論」マスコミ労働の特性。新聞労働の中の記者(記者クラブの閉鎖性、規制する側・される側、権力への協力・非協力、記者の特権への反省、真実報道の執念)について触れている。
第四部は「ジャーナリズム論」ニュースの真実性と虚構性。事実と流言。放送ジャーナリズムの思想にも触れている。
第五部は「広告論」で完結?
「あとがき」にはもっと分かりやすい表記がされていると思いきや「ダメだし」の展開で、学者が一つひとつの言葉までも理屈だてて理論構築されている。難しい・・・。




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2005年10月08日

新聞のこれまでの歴史も複雑!これからの将来はもっと…

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日本マス・コミュニケーション史[増補]
著者 山本 文雄(東海大学出版会)2,575円

1970年の初版。著者は当時、東海大学の文学部教授として「日本新聞史」や「新聞編集論」、「世論の構造」などを出筆。新聞が辿ってきた歴史だけではなく「新聞・雑誌・放送・映画」の歩みを一括してまとめられている。
幕末・明治時代前期では、自由民権運動と言論界、政党機関紙の発達によって、その成型が育っていく様が記されている。
明治時代後期には、商業新聞への転換、日清・日露戦争下における主戦論、非戦論の対立から社会主義新聞の出現を見る。
大正時代は、新聞の言論活動東京全紙の休刊事件、通信社の発達。ラジオの出現などにも触れている。
昭和時代では、太平洋戦争までのマスコミ界への言論統制、大本営発表の様子が記され、激化する新聞販売部数競争の販売協定まで盛り込まれている。そして戦後。連合軍のマスコミ政策から始まり、「新聞の言論活動」「激化した販売競争」「民間ラジオの登場」「テレビ時代へ」と続けられている。

販売の過当競争では、1960年5月に実施された「新聞用紙の割当制と購読料の統制廃止以来、自由競争の口火が切られ、翌年末に共販制から各新聞企業別の専売制に移って、本格的な競争体制がスタートした。日本経済の成長と並行して各新聞社は増ページ、広告収入の増加、18年間で7回も購読料を値上げしても破綻しないという恩恵を被ってきた。しかし、新聞経営は一時悪化を見る。原因はオイルショックによる不況の波をかぶったのではなく、新聞社間の過当競争という内部的問題である。現在はカニバリゼーションというのだろうか。景品付販売や無代紙を使って読者を獲得する違反行為が横行し、経営的に厳しくなっていく。

そして現在。著者が21世紀後半の新聞産業をどう予想するだろうか。

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2005年10月04日

「新聞屋だって人間なのだ!」新聞販売労働運動の第一人者が綴った自分史

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けつまずいてもころんでも−新聞販売労働運動私史ノート〈第一部〉−
著者 サワダ オサム(滋賀県新聞販売労働組合)2,200円

 新聞販売労働運動の大先輩であるサワダオサム氏が、「新聞幻想論」に続き1996年に発行した自分史の記録。
サワダ氏が滋賀県の大津市で販売店の店主らと労働組合を立ち上げるに至った背景には、新聞販売店の劣悪な労働条件を招いているのは新聞社との片務契約により、発行本社との取引関係の矛盾を正すことに決起した。日ごろは競争相手の他新聞販売店の店主らも「そのような闘いならば…」と団結する。
 そして、滋賀販労を結成し、1年後には全国新聞販売労働組合連絡協議会(全販労)に参加する。全販労は1977年5月に横浜で結成された新聞販売労働者がはじめて組織した全国組織。当時の加盟組合は河北新報仙台販売労働組合(仙台)、新潟日報販売労働組合(新潟)、全国一般神奈川地本新聞分会(横浜)、全商業京都府支部新聞分会(京都)で組織され、日本新聞労働組合連合(新聞労連)の支援を得て結集された。
 「新聞販売正常化」に全精力を尽くして闘った著者の意気込み、販売労働者の団結、新聞社体質への指摘、「新聞販売問題」を国会質問まで展開する手法などが伝わってくる。
 サワダ氏は今年70歳を向かえ、新聞販売労働運動から引退を表明した。サワダ氏の凄まじい運動の歴史は残るが、今の新聞販売の現状は一向に改善されていない。販売問題一つ改善されない新聞業界は、インターネットの普及により「紙」新聞の存在自体を危ぶまれても自らの業界構造の問題を改善することが出来ないでいる。
 長い歴史を持ち、再販制度などに守られている「新聞社」は、時の流れや消費者(購読者)のニーズには鈍感なのだ。

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2005年09月30日

日本の総広告費の25%が新聞広告?全国紙の広告需要と代理店の仕業

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新聞広告読本
著者 朝日新聞社広告局編(朝日新聞社)1,750円

 1991年に発行された新聞広告の流れが、フローチャートにまとめられたという印象を持った1冊。今だけ委員長はジャーナリズムの話より、販売の実態と広告の実情にはじめに関心を持ったため、広告に関する書籍が多い。
 電通の掌に実は新聞も含めたメディアが乗っかっている。だから電通のいわば言いなりになってしまう。広告業界の発展が生み出したものは、日本の大量消費型生活となる。無駄が金を生むシステムになってしまった日本。
 この書で「新聞の広告だから信頼を受けている」という記述があるが、もうすでにその化けの皮は剥がされた。水増し部数のからくりを指摘するブログジャーナリストも増えているなかで、新聞は何を持って国民から信頼を得ようとするのか?
 新聞の広告収入が年々下がっている。原因はネット広告にその大半を奪われているからだが、広告主が紙媒体を活用しなくなったのではなくて、広告代理店が予算の振り分けを変えているということを新聞経営者は気づいていないのだろう。
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2005年09月28日

日本の新聞は2030年になくなる!

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新聞がなくなる日
著者 歌川 令三(草思社)1,470円

 今月の15日に出版されたばかりの新刊。久しぶりに現実味のある新聞業界関連書。
 新聞の個別宅配が2030年に無くなると断言する著者。ネットの普及によって世界が変わっていく中で、日本の大新聞社経営陣はその対策を何も講じようともしていない。いや何も講じられない。
 これまでの「20世紀型モデル」の経営は@部数増加と戸別宅配網の確立A月極め購読料の徴収で販売合戦が激化。拡張のためにオマケ付販売や増ページを展開B輪転機の導入Cカラー印刷などの設備投資D新聞紙面広告の拡大(電通の誕生)E新聞社の文化的事業の参入―。
 韓国のネットジャーナリズムの現状についても紹介されている。韓国の状況を見ればこれからの日本の新聞がどうなって行くのかが垣間見れる。オーマイニュースについても触れている。新聞人の「読み」の甘さを鋭く指摘!若年層の新聞離れのスピードや新聞とネットとの閲覧時間の逆転現象などを挙げながら、新聞があと25年後には姿を消すと結論付けている。
 自分もこの業界に身をおいているが、働いていながらも著者の捉え方、予想には同感させられる。信じたくはないが、おそらくこの書籍に書いてあることが現実のものになるだろう。著者の予測よりもっと早い時期に…。
posted by 今だけ委員長 at 01:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2005年09月26日

ナベツネの独裁政権は読売新聞にとってプラス?マイナス?

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渡邉恒雄回顧録
著者 伊藤 隆・御厨 貴・飯尾 潤(中央公論新社)2,300円

 本書は「中央公論」1998年11月〜1999年6月までに連載された「渡邉恒雄 政治記者一代記」と1999年8月号に連載された「我が実践的ジャーナリズム論」をまとめたもの。
 ナベツネの半生が記してある。日本共産党入党と除名に至るまでの話。東京大学哲学科での心境などは当時の学生とそう大差は無い。しかし、新聞記者への道を志し始める頃から、政治との密接な関係が芽生えてくる。田中角栄、中曽根康弘らとの関係・・・。ナベツネのジャーナリズム論は報道面での客観報道と社説などに関する問題は「はっきり」と新聞社の姿勢を主張するべきだと述べている。
 読売新聞が10年前に社説で取り上げた「改憲論」は、1979年にナベツネが論説委員になってから自立国家にふさわしい憲法に変えるべきだ−との一貫した主張そのものが読売新聞の大勢になったことなどは、新聞記者のエゴを通り越して独裁者としか言いようが無い。
 ナベツネは政治評論家、プロ野球団オーナー、新聞人、世界一の発行部数を誇る新聞社の経営者という顔を併せ持っている。読売新聞の主筆までも・・・。読売新聞社におけるナベツネ時代はいつ終焉を迎えるのか。
posted by 今だけ委員長 at 15:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

商売人とマスコミ人の狭間で・・・読売新聞の販売戦略が新聞過当競争を生んだ!

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闘魂の人−人間務臺と読売新聞−
著者 松本 一朗(竹井出版)1,236円

 務台光雄。読売新聞の販売の神様として、今日の読売新聞販売網を創り上げたといわれている。
 東京紙から全国紙へと大阪、九州への販売部数拡大の道こそが、務台氏の情熱であったと描かれている。
 報知新聞へ1923年2月に入社。販売第一線の道を歩み始め、新聞勧誘の仕事も相当実践してきた叩き上げ。関東大震災の被災時の新聞発行の経緯なども詳細に記されている。
 読売新聞の販売を取り仕切る「白紙でも売ってみせる」というセリフが有名だが、新聞という商品を売る、部数を拡大させるというエネルギーだけは見事。新聞社以外の経営者であれば賞賛されるだろうが、新聞という商品が「オマケ付」で売られることが当たり前になった販売手法を築いたのも同氏であることに間違いは無い。
posted by 今だけ委員長 at 14:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2005年09月22日

地方紙が追い求めるのは所詮『大新聞社』の背中なのか

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地方紙の時代か!
著者 新聞労連新聞研究部編(晩聲社)1,300円

1980年発行の書籍だから四半世紀前の1冊。ジャーナリズムの問題は今とほとんど論点が変わりなく、ネットという単語以外はすべて現代に通用する内容だ。現在コメンテェーターとして活躍している毎日新聞社出身の岩見隆夫氏なども寄稿している。故新井直之氏も「地ダネとは何か」と題して寄稿している。大状況を伝えるために取材網を拡大させたものの読者と直接関係ない過剰報道がマスコミ離れを起こした原因と指摘するや、小状況(地ダネ)も扱い方次第では大状況に発展すると述べている。また、読者が新聞にもっとも期待するのは「読んでものを考える資料にしたい」からだと分析。世論を起こす記事と大状況と小状況を結ぶ記事の必要性を訴えている。
posted by 今だけ委員長 at 01:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

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