2007年05月25日

進む電子ペーパー開発 一方でこれ以上の情報過多に危険

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新聞の未来を展望する―電子ペーパーは救世主となれるか―
発行 財団法人新聞通信調査会 1,000

 何時この書評をアップしようかと考えていたのが、けさの新聞紙面でソニーが曲げた状態でも動画を表示することができるカラーの有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)ディスプレーの開発に成功したという記事が掲載。将来的には、紙のように丸めることができるディスプレーを想定しているとのことで、電子新聞の実用化に向けてまた一歩前進したと言えるかもしれない。この記事に関連して「電子ペーパー」の研究内容が記された本書を紹介する。

 本書にはIT(情報技術)社会が急速に広がり、若者たちの多くは紙の新聞から離れ、ネットからの情報入手へと向かっているー、独自の情報伝達手段を模索したり新しいビジネスモデルへの動きが顕在化しているー、新聞社や通信社が生き残るには媒体が紙であろうと電子であろうと本来は無関係ー、読む側のニーズを的確につかみ、どの媒体をいつの時点で選択できるかが重要・・・という観点から『電子ペーパー』について、(財)新聞通信調査会が研究した内容がまとめられている。

 執筆者は、面谷 信氏(東海大学工学部光・画像工学科教授)、水越 伸氏(東京大学大学院情報環境准教授)、村田昭夫氏(毎日新聞社広告営業センター次長)、佐藤和文氏(河北新報社メディア局次長兼ネット事業部長)、松澤雄一氏(神奈川新聞社デジタルメディア局長)、仲俣暁生氏(編集者、文筆家)、宇喜田義敬氏(テルモ株式会社研究開発センター副所長)、北林茂樹氏(ワーズギア株式会社マーケティング部長)、河野 徹氏(共同通信社中国語ニュース室長)、平井久志氏(共同通信社ソウル支局長)、湯川鶴章氏(時事通信社編集委員)の11名。

 電子ペーパー普及の可能性について、執筆者がさまざまな観点から論文をあげているがまだまだ実用化には多くのハードルがありそうだ。何時でも何処でも情報を収集できる・・・これ以上、情報を得なければならない社会環境にあるのだろうかという疑問もあるが、巻末のまとめとしての一説は無視できない。
新興勢力進出の想定を 既存新聞社が宅配制度の下で、販売店等の存続を前提として社の将来像を考えざるを得ない事情は当然である。ただし販売店というしがらみのない新興勢力が電子新聞を本気で始めたとき、宅配のための販売店システムを維持するのは既存勢力にとって、少なくともコスト競争という点での勝算がないのは明らかであろう。IT企業と呼ばれるような新興勢力が電子ペーパーを用い食卓や電車の中で読める新聞サービスを開始するようになったとき、既存新聞社はどうするのか。少なくとも、そうなってから対処を考えるのでよいのかどうかについて、今から考えておいた方がよいと思われる。
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2007年04月28日

新聞では書かない問題を機関紙で宣伝する

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機関紙と宣伝 4月号
著者 日本機関紙協会  510円(年間購読料6,920円)

 日本機関紙協会が発行する「機関紙と宣伝」4月号に310日に開かれたシンポジウム「国民投票案のカラクリーカネで変えられていいの」(日本マスコミ文化情報労組会議・日本ジャーナリスト会議・マスコミ関連九条の会・自由法曹団の共催)での講演内容が特集されています。その中で、弁護士の坂本修氏が国民投票法案の問題点を分かりやすく解説しているので、新聞紙面だけでは分かりづらいという方にはぜひお勧めします。

 国民投票法案は412日に衆議院の憲法調査特別委員会で、民主党提出修正案が否決され、与党提出修正案が与党の賛成多数で可決され、翌13日に衆議院本会議で可決。現在、参議院で議論されていますが、昨年5月に「国民投票法案」の与党案と民主党案が上程され、坂本氏はパネルディスカッションに参加した自民党の船田氏と民主党の枝野氏の話を聞いて驚いたそうです。
 「与党案と民主党案はよく似ていると言われるが、それはもっともです。これは内閣法制局の同じ人に作ってもらったからです」と平然と述べたそうです。坂本氏ら自由法曹団はかねてから国民投票法案には「改憲のための手続き法」として反対を表明でしたが、それが単なる手続法ではなく、中身がいかに危険であるかを国民に伝えなければと述べています。中でも有料コマーシャルの問題について言及。「有料コマーシャルの自由栄えて憲法滅ぶ」と言い、有料コマーシャルによって国民の意思が歪められ(マインドコントロールされ)、主権者国民が自分で決めるのだという憲法96条の根幹が危ぶまれる問題だと指摘。有料コマーシャルの野放し自由化には断固反対と述べています。

 そのシンポジウム(310日)の議論では不完全燃焼だった? 続きを読む
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2007年04月18日

20XX年「eプラットフォーム」によってネットとメディアの融合が加速する

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ネット時代 10年後、新聞とテレビはこうなる
著者 藤原 治(朝日新聞社)1,470

 元電通研の藤原治氏は20051010日の「新聞週間特集 読売メディア・フォーラム『新聞の新たなる挑戦』」(読売新聞主催)での講演で、「紙を前提としない新聞社の経営」を力強く語った。その講演後に書籍発行が企画され2007228日にこの本は発行されたそうだ。

 2011724日に移行されるテレビ地上波の完全デジタル化でネットとメディアの融合が加速する。20XX年、日本のメディアはすべてネット上の仮想空間「eプラットフォーム」に吸収され、新聞社は既存のビジネスモデル(「紙」部数と広告)というメディアでは生き残れず、ジャーナリズムというコンテンツ事業へと経営の舵を切らなければならないのか…。これまでの新聞経営の発想を揺るがすセンセーショナルな切り口は、ネット世代の若者には当然のことなのだろう。

 筆者はこれからの新聞産業はこうなると言い切る(じゃどうするのという回答は全くないが)。eプラットフォームによって従来の新聞はメディアの正確を放棄し、新しいメディアであるeプラットフォームの「ツール」化するのである。紙で見たければプリントアウトし手紙で見ればいいし、そうしなくてもパソコン上で見てもいいということになる。

 新聞は今後・・・

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2007年03月28日

普通の会社にならなければジャーナリズムとしての新聞業界の信頼回復はない

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新聞の時代錯誤−朽ちる第四権力−
著者 大塚将司(東洋経済)1,785円

 著者は2003年に日本経済新聞社の子会社「ティー・シー・ワークス」(TCW)で発生した巨額不正経理事件を暴き、株主総会で当時社長の鶴田卓彦氏の解任を提案(その後、日経元社長は特別背任と業務上横領行為で逮捕)したことで、同社から懲戒解雇されるが法廷闘争の末、解雇が撤回され復職したという経歴の持ち主。

 新聞社で起きた(特に朝日と日経)不祥事問題を解析し、自らの問題を隠蔽しようとするマスコミの対応ぶりを糾弾する。新聞記者が本来のジャーナリストの倫理に反する行動をとっていると指摘し「サラリーマン記者」と揶揄している。(引用)サラリーマン記者が社内で高い評価を得るためには@スクープを狙わないこと(他の記者に妬まれるから)A独自の思想や理想に基づく主張をしないこと(反論がおき読者とのトラブルの種になるから)で、誤報のリスクのあるスクープなど狙わずに、毎日、夜も寝ずに働く。実際にそうしなくともその素振りをすることがもっとも大事で、(記事を)抜かれたときに適切な事後処理をして、神妙な顔つきをしていればいい。上司もたいてい同じ処世術で現在の地位を得ているので「可愛い奴」ということになる。


 さらに著者は新聞業界の経営陣に羽仁五郎氏が国会で述べた一説を叩きつける「新聞の自由のためには、新聞の経営権と編集権、読者が真実を知る権利、この三つの権利が最も正しい関係に守られなければならない」と。
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2007年03月25日

新聞業界の問題は破綻したビジネスモデルにとりすがる守旧思想だ

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新聞社−破綻したビジネスモデル−
著者 河内 孝(新潮新書)735

 今月に入って多数出版されている(この書は320日発行)業界内部告発本?の中でも特にお勧めしたい一冊。
 著者は昨年まで毎日新聞社に勤務(常務取締役として)し、社長室や営業・総合メディアを担当した実務体験からくる「今後の業界再編への提言」などは、理想論ではなく“看板”より産業全体を守ろうと経営陣が舵取りをすれば可能な提案がいくつか示されてある。今だけ委員長が数年前から考えていたことと一致する点が多く実はビックリしている。

 第1章から2章は、新聞社の危機を部数至上主義からくる「押し紙」の問題や過剰な経費によって作られている虚妄の発行部数と新聞社経営の現実を厳しく指摘している。著者が指す数字は公式機関が発表している数字だが、実はABC協会や新聞折込会社作成している部数一覧などは微妙に違っており時系列で比較するとなぜか誤差が生じてしまう。すでに業界内部で隠蔽できる状況にはないことを表している。昨年、某新聞社の販売担当OBが書いた著書よりもかなり踏み込んで新聞販売のカラクリを「なぜそうなってしまうのか」の理由とともに実態に近い形でまとめられている。

 第3章は新聞社と放送局の関わりを歴史的にまとめ、2011年(地上デジタル放送完全移行)に起こるであろう「メディアの再編」で生じる問題点を指摘し、情報の寡占化に警笛を鳴らしている。 4章は「新聞の再生はあるのか」と題し、産経新聞の夕刊廃止(東京本社のみ)を決めた背景や新聞の価格政策、毎日・産経・中日の三社提携(その後、全国の地方紙に拡大)の意義を提起している。この一見理想論と受け止められがちな話なのだが、実は水面下で主たるセクションで動いている可能性は否めない。そんな予感を感じさせる、いや著者のみならず“看板”を守ることよりも産業を守ろうと考えている経営者なら無視できない提起だろう。 

最終章では

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2007年03月21日

地価の引き上げが新聞社を救った

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特命転勤−毎日新聞を救え!−
著者 吉原 勇(文芸春秋)1,575 

 毎日新聞社の「新旧分離」後、同社の大阪本社新社屋建設に伴う国有用地取得をめぐって、著者が経営企画室在任中に起こったさまざまな問題を克明に綴った1冊。新社屋の建て替えに際し出来るだけ地価を引き上げようと工作する話や政治家、財界人との関わりなどが実名で書かれてある。さらに記事のデータベース化については日本経済新聞との業務提携で行われたことや西山事件など当時の主だった出来事も記している。あとがきに「この本を告発書にはしたくなかった」とあるが、毎日新聞社の内情が伝わってくる。

 著者はこの本の中で発行部数の問題にも触れて「一口に販売部数といっても、新聞・雑誌の販売部数を考査している社団法人日本ABC協会が公表しているABC部数もあれば、新聞社から販売店に発送している『送り部数』。代金回収が行われている『発証部数』、読者に届けられている『実売部数』などいろいろあり、それも新聞社によって表現が異なっているから単純に比較するのは難しい。ただABCの部数では、毎日新聞と日本経済新聞ではかなりの差があるようになっているが、毎日が実際に代金を回収している部数は極秘の内部資料によると三百三十万部を切っていたから、日本経済新聞が上回っていることもあり得るかな、と私にはわかる」とも書かれている。また、著者の義弟が毎日新聞の販売店を営んでいた経緯から、同社の販売政策への不満や問題点などから「販売政策へのテコ入れ」をする必要性も訴えている。

 本書の中で、歌川令三氏の名前が多く登場しているが毎日新聞OBによるこの類の書籍が増えているのは何かを予感させる。
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2007年03月02日

実務と研究をもとに新聞広告の本質に迫る

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広告雑記
著者:森内豊四(自費出版)

 著者の森内氏は日本経済新聞社広告局、日経広告研究所を通じて広告の実務と研究の双方の経験をもとに、これまで発表した論文や寄稿などをまとめた自伝集。同氏は1998年から日本広告学会常任理事を務めている。

 昨年発行(11/15号、12/15号)された宣伝会議への寄稿「新聞広告が抱える現代的課題〜いまこそ、新聞は混迷するメディア状況の指南役を目指せ〜」を読んで、森内氏にとても興味を持ち何かしらの機会に話を聞かせてもらいたい思い連絡をさせていただいた。その際に「資料に」とお送りいただいたのがこの広告雑記であり、念願の講演は5月に実現する予定である。
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 広告雑記は宣伝会議への寄稿のもとになったもので、「広告実務と研究の違い」、「広告営業改革の方策」、「これからの新聞広告」などを中心に15の文章と補遺(あとがき)から構成されている。内容はいまの新聞広告の現状を正確かつ厳しく分析されている。

 

一部を引用すると

◎(広告研究の)若手研究者の関心は、いつの時代も新しいものに向かう。いま研究者の主たるテーマは完全にウェヴに移っている。「(テレビ)CMによるブランド構築」から「モバイル・メディアによるブランド構築の可能性」が論じられる時代である。精しいことは不明を羞じるしかないが、新しい広告空間の創出かネット上の商空間か判然としないアフリィエイト広告など、研究者はますます先端を目指す。新奇なものに目を奪われ、その効力の検証に熱中する若手研究者には、それが引き起こす副作用やデメリットに対する監視と防備の意識がない。広告も球団経営同様、ネット企業に丸投げすればうまくいく、と言わんばかりの言説がはびこっている。新聞広告は研究対象や研究課題の埒外におかれてしまった。なかにはマス広告の終焉を公言する者さえいるが、健気にも、そういう広告研究を支援しているのはメディアでは新聞である。

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2007年01月16日

OBの告発も… やはりブラックボックスの壁は厚い

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 新聞社販売局 担当員日誌  
著者 崎川洋光(日本評論社)1,575円  

 新聞販売の職場は「ブラックボックス」と言われている。それは新聞業界のタブーを一手に引き受けている部署が販売局に他ならないからだと言われている所以だ。しかし、近年はそのブラックボックスにも現役を退いた諸先輩の暴露本やウェブでの内部告発など業界内部の方々の手で開かれようとしている。  

元朝日新聞社の販売局の担当を歴任され、昨年退職(関連会社の役員の任を終えた)された著者が、これまで販売局員として公の場での挨拶(30章)を時系列にまとめ、販売問題の本質にチョイと触れた一冊。なぜ“チョイと”かといえば、もう100歩は踏み込んで書いてもらわないと何の役にも立たない一冊になってしまう(なってしまった)からだ。もうすでに業界人でなくとも新聞販売の構造的問題は知っているのだが・・・。残念ながら不完全燃焼の仕上がりになっているといわざるを得ない。

この業界の本質を変えようと思って発刊したのであれば、もっと踏み込んで真実を書くべきだし中途半端な業界擁護ではやはり業界内部の人間のマスターベーションで終わってしまうと思う。もう別の次元に販売問題は向かっているのに・・・非常に残念だ。  
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2006年12月22日

世界中で同時進行するインターネット時代の新聞の行方は?

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朝日総研リポート AIR21 (198)
発行:朝日新聞ジャーナリスト学校(朝日新聞社)600円
 
 朝日新聞が毎月発行しているリポート集。新聞のみならずジャーナリズム関連や広告分野まで幅広く最新の総合研究の内容が資料とともに記されている書籍。※一般書店では販売していないので年間契約を申し込む。
 
 この本を手にした目的は「新聞はどう読まれているのか?−web2.0時代の新聞媒体力−」について朝日新聞ジャーナリスト学校メディア研究班の荒田茂夫氏と佐藤日出夫氏の論文を読もうと思ったからなのだが、清華大学大学院生の研究論文も相当な読み応えのあるものだった。
 中国のマスコミのデジタル化が予想以上に進んでいることを伝え、インターネット時代の新聞広告とデジタル放送の新たなビジネスモデルの2本が掲載されている。同大学博士課程の何威(フー・ウェイ)さんは「中国新聞業界のデジタル化戦略」と題し、具体的なビジネスモデルを提案している。
 中国のインターネット利用者は1億人を超えたが、その65%がニュースの閲覧を主な目的としておりネットでニュースを知ることが人々の習慣になっているという。これは新聞にとっての危機ではあるが「ニュースの生産者・提供者」である新聞業界が市場の変化に対応し、優位な立場を利用してネット事業に乗り出さないのだ折るかと疑問を投げかける。
 
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2006年12月05日

5カ月で消えた「みんなの滋賀新聞」の従業員組合が残した足跡…

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五カ月で消えた新聞−「みんなの滋賀新聞」記録と検証
著者:新聞労連近畿地連・みんなの滋賀新聞労働組合(フジイ企画)
 
2006年11月26日に開催された第2回定期大会を持って労働組合を解散した「みんなの滋賀新聞労働組合」の記録をつづった組合の記録。
 
2003年9月1日に地元経済界の出資で設立された「みんなで作る新聞社」は、県紙のない滋賀県で市民を巻き込んだ新聞が発刊するということで、業界内はもとよりセンセーショナルなニュースとして注目された。しかし、新聞経営については素人集団ということも影響し、通信社からの配信を受けず、新聞協会にも加盟できないという向かい風が強い中で創刊を迎える。印刷や販売店による宅配をすべてアウトソーシングをし2005年4月29日の創刊号発刊から、わずか40日足らずの6月8日には社長から突然の休刊宣言が出されるという状況下で、6月12日に従業員十数人で「みんなの滋賀新聞労働組合」を結成。9月17日の休刊以降も労働委員会への残業代未払い分の斡旋や組合員の再就職支援など労働組合は12月一杯まで奔走した記録が記録されている。
 
残念ながら「みんなの滋賀新聞」は休刊、労働組合も解散したものの闘いの記録は新聞労働運動の中に刻まれるだろう。 
 
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2006年08月12日

今年で21年 御巣鷹山の惨劇を忘れてはならない

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沈まぬ太陽(全5巻)
著者 山崎 豊子(新潮社)1巻と5巻1,600円、2巻3巻4巻1,700円

 


 日航ジャンボ機墜落事故から、今日で21年目。1985年8月12日、群馬県の御巣鷹山に日航ジャンボ旅客機が墜落し、520名もの命を奪った事故を従業員の立場、被害にあった家族、そして労働組合の役割、航空会社の組織を描いたルポルタージュ。


 主人公の恩地元は労働組合の委員長に就任し、空の安全と従業員の労働条件改善に取り組むまっとうな組合運動をしているのだが、時代は生産性向上にばかり向かっていく。会社は労働組合を敵視し、組合の分断工作に動き出す。恩地執行部を「アカ」と呼び、不当な海外勤務が命じられる。まぎれもない不当労働行為に対して、恩地と家族は耐え忍ぶが・・・ 現代の流刑という書評が適当なのかもしれないが、人間とは、組織とは いろいろ考えさせられた1冊。


 日航ジャンボ機墜落事故を取り上げた書籍もけっこう出版されているが、競争社会が生み出した経費削減の悪影響が一番現われたのが航空会社だという視点で描かれている。経費削減が人命をも危険にさらすということを役人や世の経営者には、あらためて考え直してもらいたい。
 クライマーズハイと並んで「自分自身」に置き換えて考えさせられる長編です。

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2006年08月02日

原子力爆弾の悲劇 二度と戦争を起こしてはならない

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新聞労働者の8月6日「消えたペン」

著者:中国新聞労働組合(汐文社)1,500

 

 194586日、広島に原子力爆弾が投下され多くの命が失われた。その中で新聞労働者も多くの命を落とした。中国新聞労働組合の調査によると新聞および通信社で働く126名が亡くなったとされる。

 中国新聞労働組合が原爆で亡くなった新聞労働者の人生を知ることで、不戦の思いをあらためて確認しようと73の遺族に取材をし、当時の様子を後世に伝えようと発行された一冊。

 

 戦時中の新聞は大本営発表をそのまま報道し、国民に大きな惨禍をもたらした過ちを深く反省し、二度と戦争のためにペンやカメラを持たず輪転機を回さないと誓った。敗戦から61年経ったいま、新聞のスタンスはどうだろう?

 広島に投下された原子力爆弾の悲劇。戦争による唯一の被爆国として平和を訴えなければならない責務をあらためて感じる。

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2006年07月16日

労働組合の役割とは何か? 書く側と書かれる側を内部から検証!

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岩城ゴルフ場問題・虫けらの魂
内側からの報告―報道の姿をめぐって―
編集・発行:秋田魁新報労働組合 350円

 1987年10月、秋田魁新報社出身の市川雅由氏が岩城ゴルフ場(秋田魁新報の関連会社)の改修工事をめぐる新聞社と行政の癒着を告発した小説「虫けらの魂」を、同社労働組合が自社の報道姿勢を検証した報告書。
 「同社首脳が県に強引に予算化させ、本来ゴルフ場が施工しなければならない工事を県単独事業として行わせた」という市川氏の告発によって、全国紙が相次いで同社と県側との癒着を報道する中、組合員がこの事態にどう対処してきたのか…その葛藤を労組役員が記している。

 同社経営陣の責任は免れないが、「新聞社を叩く」ことに固執した同業者が、事実を大きく捻じ曲げて報道したことにも言及。ノンフィクションライター佐野眞一氏に対しても「虫けらの寄生虫」と称して反論をしている。また事実を歪曲して報道するメディアに対して、あらためて自分たちの報道姿勢はどうだったのか―自戒と反省の弁も込められている。

 多くの新聞社(特に地方紙)はその地域の文化・スポーツの振興を経営の理念としている。しかし、新聞社として行政側との距離感はキチンと保たなければならないのだが、地域振興の名のもとにこうしたケースが生じるケースは表面化しないだけで結構あるのではないだろうか。
 新聞社の収入は購読料収入と広告収入で成り立っているが、広告内容に虚偽の疑いがあっても売上を伸ばすためにチェック機能が甘くなることもあるだろう。行政側からの発注も増えている。社会保険庁がアイドルを使って「一般向け国債の販売促進」をPRしているが、国債の元本保証について危機的状況にあると囁かれている最中、税金を使った全面広告の発注をどう捉えているのだろう。

 新聞の生命線である「信頼」を新聞人が忘れてしまっては、読者離れに拍車がかかるのは当然のことだろう。

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2006年07月12日

インターネット新聞と私塾が、日本の変革と再生を招くか

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羊たちはもう沈黙しない!
著者:浅井 隆+戦略経営研究所21(第二海援隊)1,200円

 元毎日新聞社に勤務していた著者が今年6月20日に発行した新刊。これまで経済学(特に国家財政など)についての執筆が多く幾冊か読ませていただいたが、今回は著者がこの国(国民)のために「インターネット新聞」と「私塾」の立ち上げについて宣誓をし、「なぜ」いまこのよういな取り組みが必要なのかを綴っている。

 著者は国家財政の破綻をいち早く別の著書でも指摘しているが、日本は1千兆円もの莫大な借金を抱えており、第二次世界大戦の敗戦時と同じ水準であり日本のGDPの2倍になっている。なぜ、借金が膨れ上がったのか?理由は簡単で、いまは「30兆円枠」に抑えようとしている国債ですが、これまで発行した国債の償還(返済)期限は毎年来るのです。でも払えない。そこで別枠で返済額を払うために別枠の国債を発行しているのです。それが「借換債」と呼ばれるもので、国民に国債の発行と称して借りた金を返せないから別の手形を切る。現金ではないにせよ国の借金は自転車操業のように膨れ上がっているのです。著者は2006年度の借換債発行額は新規国債発行の3.6倍の108兆2600億円であると述べています。日銀の量的緩和政策の解除に伴い、金利があがれば国の借金も膨らんでいくだけなのです。

 このような問題を覆ってしまっている官僚と自分さえ良ければいいと言う政治家の犯罪的行為と相まって「真実を伝えないマスコミの責任も大きい」と著者は指摘しています。新聞であれば部数至上主義、テレビであれば視聴率至上主義がそれぞれの業界の問題点であり、ホリエモンや村上ファンドのような「ルールさえ守れば何をしてもよい」といった拝金主義がこの国を歪めていると語っています。そこで真のマスコミを創りあげるために韓国の「オーマイニュース」の現状を報告、市民記者になろうと呼びかけています。また日本古来の武士道的な気質が失われていると説き、「松下村塾」のような幕末に人材を輩出した私塾を立ち上げようと結んでいます。

 日本を再生するためのプロジェクト。今後の動きに注目したいと思います。

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2006年07月07日

販売正常化が実現すれば、おのずと紙面も正常化される

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拡 材 −ある新聞拡販団″体験記―
著者:堀本和博・片上晴彦(泰流社)1,200円

 1982年発行のこの書籍は、当時「世界日報」に勤める著者2人がスポーツ新聞の広告に掲載されている新聞拡張団″に潜入し、カード料(読者と契約した契約書の売買によって生じる手数料)のからくりや、拡材の使われ方など、新聞拡張団の内情を綴ったルポルタージュ。今でこそビール券や商品券の類が当たり前になってきているが、当時はライオン無リントップ、資生堂バスボン・シャンプーセット、アラレちゃんの絵入りコップセット…など、かなりリアルに紹介されている。
 読売と朝日とでカード料や拡材のレベルの違いなど克明に記されてある。大分体を張った取材をしたのだろうと思う。にわか拡張員で感じたことが、自分で自分の首を絞めている新聞業界と一番損をしているのは長期購読者という結論を述べている。

 第2部「発行本社の責任と問題」では、新聞が特殊指定を受けた背景や社団法人日本ABC協会が発足した経緯なども詳しく書かれている。
かつて新聞業界が、自らの販売の無法ぶりに自浄能力なしとして、公取委に駆け込んで法制化してもらったという経緯をこう述べている。
 東京からスタートした読売新聞が大阪に進出し「大阪読売新聞」として発刊されたのは、1952年のことである。その進出は、1週間の間、大阪の150万世帯に無料投げ込みをすることではじまった。次に、1カ月130円という当時としては、超破格値の売込みを展開したのである。新聞業界は、この読売の拳に胆をつぶしたのである。さらに「大阪読売新聞」は1955年9月には、総額2億円の愛読者くじをはじめた。そのうえ「少年少女新聞」も無料で付録に付けたのである。このため新聞各社は、ついに大阪読売を独占禁止法違反で提訴することになったのである。もちろん、それまでも新聞販売業会は、激しい販売競争下にあった。そのため地方紙の間では、新聞を特殊指定商品にして乱売に歯止めをかけよう―という動きもあった。だが、大新聞はこれを「資本主義の原則である自由競争を抑圧するもの」と退けてきた。しかし、読売の拳にもうなりふり構っていられなかった。大阪読売の事件によって日本新聞協会の理事会は、法的措置も止むを得ないと決議した。これを受けて公取委が、1955年「新聞業における特定の不公正な取引方法」を指定し告示したのである。
「公取委が特殊指定の枠をはめ、介入し始めたのは、新聞業界として恥ずかしいことだ」と当時をふり返って、元毎日新聞社販売局長の古池国雄氏は言う。新聞は、このときから販売手段として読者にお金や物を渡したり、無代紙を提供することを禁じられたハズである。だが、それは、どこまでもハズでしかなかったのである。なくなるハズの新聞の「不当販売」は、公取委が特殊指定に指定し、告示しても効き目はいっこうになかったからである。
 その後の新聞販売の遍歴や、1977年と1985年に新聞各社から発せられた「正常化宣言」のからくり(値上げ前の緩和策ではないかと指摘)などが記されている。ABC協会についても「押し紙」問題なども踏まえてかなり突っ込んだ問題点を提起している。
 新聞社が広告量をきめるときの目安は、一にも二にも発行部数である。この発行部数の統計をとって発表しているのが、1952年に発足した社団法人・日本ABC協会(新聞雑誌部数交査機構)である。部数は、ABCレポートとして定期的にまとめられている。「2兆円を超える広告産業にあって、広告媒体の量や質が不確かであるのはおかしなこと」というわけで、広告媒体の「量」にあたる発行部数をしっかり把握しよう、というものだった。1961年かたは、交査制が敷かれ、発行本社、各販売店にABC協会の職員が出向き、帳簿なども調べるようになった。だが、交査制から20年たった今、ABC協会のあり方にも、いろいろな疑問が投げかけられている。1982年4月には、衆議院の社会労働委員会で公明党の草川昭三議員が、ABCレポートの発表部数の公益性を問いただした。これに対して通産省の江崎格サービス産業室長は、発表されている部数は、各家庭に配達された新聞部数の合計ではなく「発行本社が販売店に売り渡した部数の統計である」と明言した。この質疑では、「押し紙」の実態までには触れなかったものの「(ABC)レポートが誤解を与えないよう昨年5月に指導した。競争をあおらないよう今後も指導していく」(江崎氏)ということになったのである。ABC協会のあり方については、業界内部でもいろいろな問題が出ている。

 また、新聞販売労働者の販売正常化を目指した労働運動も紹介されている。1982年3月22日に東京神田にある総評会館で開かれた「第1回新聞正常化集会」を主催した、全国新聞販売労働組合連絡協議会(全販労)の取り組みや組織化が難しい新聞販売店の事情についても報告されている。
 販売店が共販制の時代にあった全販連という新聞販売組合は、独自の力を持っていた。発行本社と対等に渡り合って手数料の値上げを勝ち取ったこともある。今でこそ新聞購読料の値上げは、発行本社の編集、販売経費の増大をもとに、その値上げ幅が算出され、販売店の手数料などは二の次だが、1948年には販売店独自の手数料値上げに成功している。
 現在は発行本社による専売店政策の下で、とにかく生き抜くために資金のある店が拡材戦争への道を突っ走って行く構図だ。読者も「モノを持ってこなければ契約しない」と紙面内容ではなく、拡材の質量を求めるのが当たり前になっている。もはや洗剤は新聞販売店が持ってくるものという文化になりつつある。でも、それは新聞業界がこれまで行ってきたことのツケなのだ。再生のために何とかしなければならないのだが・・・
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2006年07月03日

マスコミ再生の鍵は「参加型ジャーナリズム」にある

ブログがジャーナリズムを変える.jpg
ブログがジャーナリズムを変える
著者:湯川鶴章(NTT出版)1,700円

 時事通信の湯川さんが、共著「ネットは新聞を殺すのか」(NTT出版)の続編として出版した一冊。自ら運営するブログ「ネットは新聞を殺すのかblog」をまとめたような形で編集されており、「ネットは新聞を殺すのかblog」の読者である私にとって、湯川さんが伝えたいことをネットユーザー以外の人にも読んでもらいたいという思いを込めて発行されたのだろうと思う。

 内容は3部構成で、第1部「新聞と通信の融合を大胆予測」、第2部「参加型ジャーナリズムの時代がやってきた」、第3部「ネットにやられてたまるか」となっており、ジャーナリズムにおける新聞・ネット(市民)の関係を広範囲、かつ新聞記者が感じ得ない視点で書かれている。

 新聞労連関係の集会で、これまで2度ほど湯川さんの講演を聞いたことがあるが、湯川さんの問題提起に対して参加者からの質問は「ネットメディアが新聞社の経営を圧迫させている。ネット時代における新聞社のビジネスモデルは?」、「新聞が生き残っていくためにはどうすればよいのか?」という内容のものが多かったように記憶している。この本を読むとネット時代に“新聞”がどうこう言う前に「ジャーナリズムとして新聞の役割を果たせよ」とのメッセージが伝わってくる。「事実」を伝えることだけではなく、議論の過程までもブログの世界は提供してくれる。この業界に居る者としては、これからのジャーナリズムのあり方、そして新聞の役割をじっくり考えさせられた。
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2006年06月27日

新聞はなんと人間に似ていることか

明。新聞ものがたり.jpg
明治新聞ものがたり
著者:片山隆康(大阪経済法科大学出版部)1,545円

 新聞の歴史を辿ると、日本で「ニュース」が『商品』になったのは江戸時代初期からだということが分かる。「瓦版」と呼ばれた木版刷りの粗末な印刷物を売り子が街角で鐘を鳴らし“サワリ“を読み上げながら通行人に呼び掛けたことから「読売り瓦版」、「読売り」、「呼び売り」などと言われたようだ。この語源が現在の読売新聞のルーツなのかは不明だが、商品を陳列するだけでなく拡販する行為は現在の新聞拡張の走りなのだろう。
 慶応から明治元年にかけて鳥羽伏見の衝突など混乱を迎える中、噂話だけが駆け巡っていた時期に新聞は大歓迎されるのだが、官軍寄りの主張をする新聞は新政府軍によって言論統制の対象となる。それこそ新聞の大本営加担は明治初期にも起こり、それから幾度も繰り返されるのだ。その中で「官許」を得た新聞が東京、大阪、京都を中心に各地で芽吹く。「横浜毎日新聞」(1870年12月創刊)、「新聞雑誌」(1871年5月)、「東京日日新聞」(1872年2月)、「郵便報知新聞」(1982年6月)。横浜毎日は神奈川県知事の井関盛止良が音頭を取り地元の人に発行させた。東京日日は娯楽小説作家の篠野伝平ら3人が資金を募って創刊にこぎ着ける。その後、政党機関紙化した大新聞は軒並みよろめくことになる。東京日日に至っては一貫した漸進主義、天皇主権論を唱え、政府の代弁者と見られたことにある。読者は目減り、朝日新聞が殴りこみをかけてきたなどから経営難が訪れる。1886年12月には発行人の福地源一郎の名前が紙面から消えるのだが、新聞経営者は経営難に見舞われたとき、主義に殉じて新聞を道連れにするか、主義に目をつぶって売れる新聞に変えるか、そのいずれかの選択に迫られるがどっちも嫌だとなると経営を明け渡すしかない。福地は自分の信念を貫いた言論人だったのかもしれないが、信念に生きようとする新聞経営者は「前垂れをつけなくては新聞経営は成り立たない」という流れが、平成の現在でもルール無視の乱売やワイドショー的な報道姿勢というように商業化していると言える。

 この本は著者が毎日新聞社を1980年に退社し、大阪経済法科大学の客員教授の時代に書いたもので、37の文献を引用または参考にして書いてあるので明治の新聞(新聞社経営)の移り変わりが分かりやすく書いてある。あとがきにはこう記してある。「新聞はなんと人間に似ていることか」新聞史を振り返ってみてつくづくそう思う。時には感動を誘うまでに気高く理性的であった。時にはその言動は溜息を催すほどまでに動物的であった。雄々しく権威や時流に逆らったかと思うと、いじましく人気や評判を気にし、生きるために節を屈したことさえあった―。
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2006年06月14日

中国のみならず、新聞は革命を企てる指導者の言論活動から端を発する

中国新聞史の源流.jpg
中国新聞史の源流
著者 孔健(批評社)2,400円

 中国四千年の歴史の中で、あの広大な土地でどのような情報伝達が行われたのか興味のあるところである。中国における新聞の歴史を調べようと読んでみたが、中国新聞史の源流というよりは辛亥革命(1911年〜1912年)での孫文などの「中国ブルジョア革命派」の活動などを主に記してある書という印象。

 中国で最初に発刊された月刊誌は『東西洋考毎月統紀伝』で、主宰者はイギリス人のグラッツラフであった。1833年、広東で発刊され、のちにシンガポールへ移り、4年間を経て1837年に停刊する。最初の週刊誌は『中外新報』で1858年香港で発刊された。この新聞は、週刊英字紙「┿品鵝ハシイロウホウ)」の中国語版で、イギリス人のA・ショートリードが主宰し、1876年2月1日には日刊紙となった。最初の日刊紙『昭文新報』が艾小梅(エーショウメイ)により発刊されたのは、1873年、漢口においてだったという。

 あとがきには、著者が上智大学大学院新聞学科に提出した修士論文であって、原題は「辛亥革命前後の中国新聞」だという。中国新聞史のルーツを探るという趣旨ではなかったので、呼んでいて間抜けをした感は否めない。孔子の75代の子孫である孔健(著者)は他にも「儲けることにきれい汚いはない」(講談社)、「日本人と中国人どちらが残酷で狡猾か」(徳間書店)などの著書があるが、個人的には中国人と日本人のイデオロギー的な部分を誘導する論調が強すぎるという感じがする。
posted by 今だけ委員長 at 15:25 | Comment(2) | TrackBack(1) | 書籍紹介

2006年05月29日

見えづらい新聞の評価基準

米国新聞へ挑戦する.jpg
ネーダー機関 米国新聞へ挑戦する −読者による新聞改革−
著者 ラルフ・ネーダー(訳者)酒井 幸雄(学書房出版)1,300円

 アメリカ消費運動の旗手ラルフ・ネーダーとディビット・ボリヤーがネーダー機関を動員して“新聞の虚像”を赤裸々なものにし、これまで、どこからも試みられることがなかった「読者による新聞改革運動」を提唱した書籍。アメリカの新聞経営者に「新聞王国への挑戦状」として書かれたものを日本版にまとめたものである。

 アメリカ新聞産業の実態への批判、新聞権力への挑戦をその責任体制まで追及した構成になっているが、日本人は何となくアメリカの新聞を「正義の象徴」であるかのような神話化されたイメージ持っている。それはベトナム戦争機密文書の報道やニクソン元大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件に代表されるワシントンポスト紙やニューヨークタイムズ紙のブランド力にも影響されているのだろう。しかし、一握りの新聞がそうだからといってアメリカの新聞が絶対正義の新聞であるかどうかは別な問題だと著者は指摘し、その多くは大衆の側に立った言論機関としてよりも、利潤追求を第一とする巨大な特権的産業へと変貌していると警笛を鳴らす。日本の憲法にもあるがアメリカの憲法修正第一条には「連邦議会は、国教の樹立を規定し、もしくは信教上の自由な行為を禁止する法律、また言論および出版の自由を制限し、または人民の平穏な集会をし、また苦痛事の救済に関し政府に対して請願をする権利を侵す法律を制定することはできない」(日本語に分かりにくい)とあるが、「新聞の自由」がすべての政府権力の行使から保障されるや、この“自由”が盾になり、資本主義の道を急進したほかの産業と同じような利潤追求を第一とする特権産業へ向かわせるのだと説く。日本でも新聞のみならず米国化に向かっていることは言うまでもない。

 アメリカと日本の新聞産業を比較した場合、資本、経営、販売、編集などの点で、かなり異なった体質であるが、共に「新聞の自由」の中で、強力な第四権力としての聖域を確保し、君臨していることは否定できない事実である。しかし、権力というものは、それを監視するものがなければ腐敗するのが常である、民主国家における三権分立制は、権力の集中による力の乱用を阻止し、その均衡をはかる英知から出発している。日本の新聞にはイギリスやドイツのような「まともな報道評議会」なるものはなく、自主規制に委ねられているのも問題であろう。
 新聞に対する読者の評価やその手法については、一つは購読部数の増減として表れるものなのだが、紙面内容ではなく高額な景品や無代紙などオマケにした販売過当競争が横行しているため、読者が紙面の優越を判断した結果が表沙汰になることは極めて難しい。もう一つは読者からの紙面に対する意見の受け皿がなく、双方向性がないために「市民と記者の感覚のズレ」は拡がるばかりである。

 訳者があとがきの中でこう記している「新聞の使命を云々をするまでもなく、新聞が言論機関の中枢として期待される任務は重く、大きい。それはまた、読者の信頼という裏づけがなければ果たしえない使命でもある。そのためには、新聞自信が過去の無謬性の主張、聖域意識を一擲し、新聞の自由が社会的責任に裏付けられた点を自覚、開かれた新聞の建設的提言には謙虚に対応すべきであろう」。

 この書籍が発刊された1982年から「何も変わっていない」のは新聞産業だけなのかもしれない。
posted by 今だけ委員長 at 00:18 | Comment(8) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2006年05月11日

なかなか改善しない新聞販売店の労務事情

新聞販売所の労務管理.jpg
新聞販売の労務管理(改訂4版)知っておきたい労務の知識
編著:日本新聞協会 販売委員会・販売労務専門部会  定価500円

 今日、職場で配られました。新聞協会が発刊する労務管理のマニュアルの改訂版です。
 「取っ替え、引っ替え」責任者(店主サン)が代わる新聞販売店において、キチンと労務管理(衛生管理者などの資格を持った)を身につけた方が、その任に就くとは限らないので必要なマニュアルなんです。このマニュアルに記されている通りに労務管理をしていれば、働く側も気持ちよく働けるのですがねぇ。第1章から8章まで当たり前のことが書いてあるのですが、零細な販売店では「到底無理」。専売店であれば、その新聞社が協同組合のような受け皿を作ってやらなければ、健康管理や職場環境、外国人の就労の手続きなどは無理です。労働基準法もなかなか守られていないのが実情ですから…。

 ページを開いたら、目次の前に新聞協会販売委員会の飯田真也委員長の名前で「改訂4版の刊行にあたって」という挨拶文が掲載されています。

 新聞特殊指定の見直しが議論されている折、もし特殊指定が撤廃されれば、戸別配達網が崩壊し、国民の「知る権利」が損なわれるのではないか、との懸念の声が多方面で聞かれます。新聞が基幹メディアとして今後も発展を続けていくためには、維持していくことが必須の条件であることは、言うまでもありません。そして、この戸別配達制度を支えているのは、新聞販売所で働く人々です。戸別宅配制度に影響を及ぼすような外からの動きに、き然と立ち向かうとともに、われわれの努力で日ごろから、新聞販売所の労務改善に積極的に取り組み、新聞を支える基盤整備をさらに進めていかなければなりません。
 新聞協会販売委員会は、その一環として…


まさに特殊指定一色…。
「戸別配達網に影響を及ぼすような外からの動きに、き然と立ち向かうとともに…」
うぅーん、マインドコントロール?
posted by 今だけ委員長 at 18:18 | Comment(7) | TrackBack(0) | 書籍紹介

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