2015年05月25日

やはり最強の実践理論だった「チームの力」

27073469_1.jpg
チームの力――構造構成主義による“新”組織論
著者 西條剛央(ちくま書房)780円+Tax

 ふんばろう東日本支援プロジェクトの元代表で、西條剛央さんの新著をご恵贈いただきました。
 小ブログでも私も末席を汚しているふんばろう東日本支援プロジェクトのことや西條さんの著書を紹介していますが、“ブレない”彼が伝えたいことがまとめられ、その考察と人間的な魅力にあらためて惹きつけられました。

 「チームの力」。このキーワードで検索すると組織マネジメントに類する論考が多数ありますが、組織とチームを明確に分けて論じた書籍は初めてだと思います。
 掲げた目標を達成させることを目的に活動する「チーム」が陥りやすい問題点や克服していくべき課題、そしてリーダーの立ち位置など、東日本大震災発生後から西条さんとともに支援活動に携わった私としては、すべて(構造構成主義に立脚した)西條さんの「シナリオ通り」だったと腑に落ちます。企業、行政、部活道、NPOなど、世の中には溢れんばかりにさまざまな「チーム」が存在し、そのリーダーが思うような成果が出せずに悩んでいる昨今、日本最大のボランティアチームを運営し、最大限のチカラを発揮させていくためのメカニズムが解き明かされた1冊です。

 個人的には第3章「ブレないチーム運営」が特に参考になりました。
 今だけ委員長が身を置く新聞産業はかなりの部分で“埋没コスト”に苛まれ、不都合な選択をしてしまう体質から抜け出せないでいます。本書はその現状に対する処方箋といっても過言ではありません。
 「埋没コストとは、これまでに積み重ねてきた実績や信頼、費やした時間や賃金といった回収不可能なコストのことだ。したがって、基本的には時間経過にともない埋没コストは増大していくことになる。この観点から見ると、戦争をやめられなかったのも、原発を止められないのも、方針転換することで、それまでに費やした多くのコストが回収不能になるためだとわかる」(本書から引用)
 では、その埋没コストをどう克服していくのか。本書では「方法の原理」(目的と状況、目指すべき未来を基点とした意思決定)という論点からそれを乗り越えていくポイントが分かりやすく記されています。

 「いいチーム」で仕事をすることは最大の幸せです。適切な「問い」を方法の原理に則って考え、「戦略」を立てていくリーダーシップ。やはり、素晴らしいリーダーに人が集い、学び、受け継いでいく良好な人的循環が広義でいえば世の中をよくするのだと本書から感じました。
posted by 今だけ委員長 at 11:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2015年03月30日

「伝える技法」 何を伝えたいか徹底して考え抜くこと

伝える技法.png
伝える技法〜プロが教える苦手克服文章術〜
著者 高田昌幸(旬報社)1,620円

 高知新聞社の高田昌幸さんから献本いただきました。
 できるだけ早く小ブログでも紹介したかったのですが、怠け者の当方・・・いや、この本を読むとブログで発信する目的は?ターゲットは誰?という自問自答をよそに、なんで俺はブログをやっているの?ということをあらためて考えさせられました。

 表題の「伝える技法」とは何とも堅苦しい参考書のように映りますが、文章力をちょっと高めたいという方にはもってこいの内容で、とても分かりやすく中学生あたりから活用できると思います。そして、例文として引用されている新聞記事も高田さんらしい(怒られるかな)チョイスで、「こう表現を変えると」とグイグイ引き込んでくれます。
これから書こうとしている作文。
その目的は何でしょうか。
だれに向かって書くのでしょうか。
何のために書こうとしているのでしょうか。

小ブログを書き始めて10年目。まったく上達しない(それすら振り返って考えたことがない)文章力に嫌気がさしてきたところに、届けられたこの1冊。
ブログを書く前に「何を」伝えたいのか、しっかり考えてから発信していこうと思います。

posted by 今だけ委員長 at 18:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2015年02月10日

阪神淡路大震災から20年 復興の歩みで感じた新聞社の力強い矜持

shisaibookp.jpg
阪神・淡路大震災20年 報道記録(神戸新聞総合出版センター)1,800円

 神戸新聞社の友から、阪神・淡路大震災20年の報道記録と1995年1月17日の震災直後に発行された神戸新聞夕刊(復刻版)を贈っていただきました。あらためて震災の凄まじさと、地域社会のなかで新聞社が果たしてきた力強い矜持のようなものを感じながら読ませていただきました。

阪神淡路大震災記録集・復刻版.jpg 20年前の大震災を境に、神戸新聞社の方々もとても大変な思いをされたことと思います。そして、震災が発生した5時46分は新聞配達の最中で、配達中に犠牲になった方もいらっしゃいます。公益社団法人・日本新聞販売協会へ問い合わせたところ、当時の同協会近畿本部編集・発行の「日販協近畿報」(平成7年2月号)を提供していただきました。紙面を見ると亡くなられた新聞販売労働者は20人。負傷者32人。全焼した店舗が1店。全壊が74店、半壊が142店。資料では配達中に亡くなられた方だけの数字ではありませんが、多くの犠牲者が出てしまったことは悔やまれてなりません。
日販協支部別被害状況_02.jpg
 被災した生活者のために新聞社員は情報を集め、紙面をつくり、販売労働者は新聞を配り続けた。

 東日本大震災の時も宅配網を支えた配達スタッフの気持ちを「責任感」の表れと思っているのですが、給料を払っている側は(給料という権利を得ているのだから)「義務感」であろうと考えている方も少なくありません。視点のあて方の違いだと思いますが、機械化できない新聞配達は労働集約型産業なので、ある種の責任感(休んだ方もいらっしゃったので)が根っこにある方々によって支えられていると考えたいものです。

 まだまだ復興もままならないのに不謹慎かもしれませんが、東日本大震災から20年後(あと16年)って被災三県をはじめ、この国がどのような状況になっているのかと考えます。そして新聞産業も・・・。
 こんなことを思い浮かべながら、あすは47回目の月命日。もうすぐ東日本大震災から4年が経とうとしています。
posted by 今だけ委員長 at 01:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2015年01月20日

「勝つための経営」は心地よいが、優れた企業基盤が功を奏した富士フイルム伝

魂の経営.png
魂の経営
著者:古森 重隆(東洋経済新聞社)1,728円

写真フイルム市場が10分の1に縮小するという「本業消失」の危機を、奇跡と称される事業構造の転換で乗り越え「第二の創業」を成し遂げた富士フイルムホールディングス代表取締役会長兼CEOの古森重隆さんの著書を遅ればせながら読んだ(正確には同僚に勧められた)。

苦境に迫られた企業や産業の行く末は二通りに分かれると思う。一つは「本業回帰」とばかりに周囲の意見など聞かずに黙々とこれまで通りの手法を繰り返し、同業他社間で吸収合併を繰り返して延命を図るもの。もう一つはそれぞれの企業や組織の強みを生かしてほかの業態、もしくは類似した産業へ進出すること。
本書は、デジタルカメラの普及で本業の売り上げが大幅に縮小することを真正面からとらえて大規模なリストラを行い、それまで培ってきた技術力(企業資産)をほかの成長産業へ振り向け、企業買収(M&A)を行いながら経営の安定とブランディングの強化を図ったビジネス書。富士フイルムという国際的な大企業の経営者はもっとスマートな方だと想像していたが、昭和の企業戦士というイメージの古森さんの「勝つための経営」の思考はストレートで心地よい。
ただし、新規産業への参入は富士フイルムという大企業だから成しえたことだと「21世紀の資本」(トマ・ピケティ著)を読んだ後だからなおさら強く感じる。一般企業(メーカー)からすると努力だけでは事業構造の転換は不可能と思わざるをえないのが多数だろう。技術力向上への投資を怠らなかった富士フイルムの経営姿勢は、実はさまざまな「ものづくり」と相通じるものが多く、新規参入事業も「0」からスタートするのではなく既存の企業を買収して「50」からスタートする経営センスとそれを可能にする投資体力(財力)がある企業体と映る。そのような企業の地盤を作り上げてきた古森さんをはじめ、富士フイルムの経営陣は称賛されるべきだが、写真フィルム市場という寡占状態にあった産業の利を生かして企業資産を築いていった特異性もあると感じる。

で、新聞産業に照らし合わせてみると…。
デジタル対応に追われているというよりは、デジタル時代の収益構造を見いだせないだけで『情報』を取材し編集して正確(規範となる)な発信するという本業が縮小することはないだろう―と思う。しかし、流通部門(紙を届ける)でもって収益構造の大方を賄っている新聞社の経営は「部数減」に悩み、企業の強みを社外と連携することも難しい。もっと言うと新聞社が顧客情報を得たところで使い道さえ分からない(情報を金に換えるという)のに「日経がやっているから…」というレベルなので、今のところ「本業(原点)回帰」という精神論で引っ張る経営しかできないのも現実だと思う。ただし、新聞販売店の機能についてはまだまだ伸びしろがあると強く思っている。けれど、いろいろな軋轢(あつれき)があって現状では「原点回帰」しかできない。
 誰かの責任へ転嫁するのは簡単だけれど、そんなレベルの話ではなく時代の変革期なのだから耐えていかなければならないと感じている。古森さんが言われる「ビジネス五体論」を胸に抱いて。
posted by 今だけ委員長 at 06:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2014年08月05日

広島原爆の日から69年を迎え考えたいテーマ/「自由の国」の報道統制―大戦下の日系ジャーナリズム

自由の国の報道統制.jpg
「自由の国」の報道統制―大戦下の日系ジャーナリズム―
著者:水野剛也(吉川弘文館)1,700円

 「世界の警察」として経済力を背景に20世紀から台頭してきた米国。常に他国間の戦争に乗り出す大義は「自由と民主主義」を守るため。でも、その大義名分は本当なのか?自国の軍事産業を活性化するために各国(同盟国)から資金を集めているだけではないのか―。そして、戦時下で起こる「大本営」に従わざるを得なかった(自己規制を強いる権力に屈したメディア)新聞経営―。この2つのテーマに真正面から向き合い、戦争と言論・報道の自由について第二次世界大戦下の米国で起こった(敵性外国人に対する言論統制)メディア規制の問題に真っ向から向き合い、その問題点を提起した水野剛也さん(東洋洋大学教授)の渾身の1冊です。

 大本営発表を流し続けた当時の日本のマスメディアへの非難も然ることながら、「戦争時に利用されるメディア」として時の権力に抗えなかった現実も(格好つけずに)理解できます。だから戦争は起こしちゃいけないと・・・。
 著者の彼の歯に衣着せない論考が戦時下の新聞の存在そのものの位置づけや記者の苦悩、新聞経営者の資質などを考えてみる題材になると思います。新聞社だけがジャーナリズム機能だとは思いませんが、戦争に加担してまで発行を続ける意味とは・・・。

 あす、広島に原子爆弾が投下されて69年目を迎えます。戦争が起きると最初に骨を抜かれるのが「報道機関」であって、生活者を(権力側に有利な)マインドコントロールをする有効な手段として利用されるのです。「現代のネット社会ではそんなことあり得ない」という方は中国でいま、何が行われているのか直視しましょう。ネット回線もすべて「国」に監視され、制御されるということを・・・。
posted by 今だけ委員長 at 01:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2014年04月30日

問題の本質を見定めれば解決策は見えてくる/思想がひらく未来へのロードマップ

思想が開く未来へのロードマップ.jpg
思想がひらく未来へのロードマップ 構造構成主義研究6
編著:西條剛央、京極 真、池田清彦(北大路書房)2,600+税

 私が所属しているボランティア団体「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の代表を務める西條剛央さん。彼と出会ってちょうど3年。この間、被災者へ向けるブレのない眼差しと「自身のリミッターを外せば何でもできる」という覚悟に共感し、ともに突っ走ってきました。そして、彼から多くのことを学んだ3年間でもありました。問題の本質を捉えて理論的にその改善策・解決法を提示するスピード感と考察力。彼の生まれ持った才能でもあると思うのですが、専門の「構造構成主義」にも興味(とても難しい)を持ちました。日本で最大級の震災復興ボランティア組織へと導いたリーダーの言葉は、どこの組織にでも当てはまるものだとあらためて感じるこの頃です。

 去る4月26日、西條さんの編著『思想がひらく未来へのロードマップ』の公刊を記念した「構造構成主義チャリティーシンポジウム」が都内で開催されました。
 今だけ委員長は参加できなかったのですが、西條さんがFacebookでシンポジウムの内容について発信されていたので、以下に引用します。

【構造構成主義シンポジウムで考えたこと:閉塞社会を打開する方程式とは?】
池田先生(シンポジストで、思想がひらく未来へのロードマップの編著者・池田清彦氏)相変わらず天才でした。参加された方は、おそらく多くの衝撃を受けたことでしょう(笑撃も)。

池田先生の「20年も経てばおれたち団塊世代は死んでいくから高齢化問題は解消していく」といのは目から鱗でした。

直接的な解決策ではないものの、その期間をどううまいことやりすごすかが重要だというようにポイントを掴み直せば、方法を考えることはできそうです。

一度できたシステムをいかに安楽死させるかが重要だ」と、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」についても言及しながら述べていて、これは本質を衝いていると感じました。

参加してくださった方も(環境省の若手)、それに言及しつつ、「システムの移行をどのように考えればよいか」というご質問をいただいたので、後半の対談はそれを軸に進めていきました。

そうして話しているうちに、自分の中で「時間」というキーワードが浮かんできました。

僕らは時間を止めて考える思考に染まりすぎているのかもしれない。

以下、対談の内容を踏まえながら、最後のほうに言及した結論部分を少しまとめてみたものです。
****
『思想がひらく未来へのロードマップ』で京極さん(編著者の京極真氏)が言っていたように、社会が流動性を持てないのも、既存のシステム(利権)にしがみつくのも、再就職が難しい社会だから。

原発が止まらないのも、それで食べている人は食べていけなくなるから。家族を路頭に迷わせるわけにはいかない、と原発の再稼働を目的にがんばることになる。

固定化されて流動性がない社会。

失敗が許されない社会。

成功の道から外れると戻れない社会。

だから競争が激しい研究分野では不正も横行する。

特に最新の機器がなければ研究できない分野は、研究費がもらえなければどんどん置いて行かれるという負のスパイラルになる、と池田先生。

ゆえに、不正をしなければ確実に負け組になりそうなったらもう逆転は不可能とわかっている人の中から、いちかばちかで不正をしてもばれないことに賭けるのが合理的、と考える人が出ても不思議ではない。

成功者はずっとアクセル全開で走り続けていなければ、という強迫観念にかられる。

一度、ひっくり返った亀はもとに戻れないから。



研究者でも非常勤で暮らしている人は、1ヶ月数万円という低賃金で働くことになる。どんなに人気の講義であってもそこから常勤にあがることはできない。上がたまっているから、下が入れない。

無責任な大学院政策の犠牲者は何十万人もいる。

他方、大学だって、博士号を持っていなくても、なんらかのルートで一度生涯身分が保障されるポジションになってしまえば、一人の受講生もいない人でも、論文を書かなくても、つまり教育も研究もしなくても学務もしなくても、犯罪をしない限りはクビにはならない。

法律も特定の人が儲かるよう補助金を支払える法律ばかりが何百本も純増していると池田先生。一度できると無くならない。一部の人の利権のためにずっと存在し続ける。



システムが恒久的であることがデフォルトのため、努力しなくてもお金が入り続ける人と、努力しても低賃金しかもらえない人に二分される。

格差は広がる一方。

そして、努力してももがいても報われない、という思いをした人の中には、次第にルサンチマンがたまっていき、社会で成功したひとを妬み、批判、攻撃するようになる。

今回のSTAP細胞問題において、これまで報われずに夢を諦めた研究者のためにも絶対に責任をとってもらう、といって執拗なまでの批判的検証をしていた人のブログをみたときに、そういうものがあるのかもしれないな、と感じた(よい悪いは別として)。

これが今僕らの社会を取り巻く「閉塞感」の正体ではないか。

成功しても失敗しても憂き目に遭う社会。



つまり、今社会で起きている数々の不合理は、無自覚に恒久的なシステムを構築してしまうことにより、流動性がなくなることから生まれているのではないか。

であれば、むしろ「システムを時限制にする」ことをデフォルトにすることで、この不条理の結果もたらされる閉塞感を打破できるのではないか。



なぜ非常勤の給料が低いかといえば、常勤職に払うお金がかかりすぎているため。

だから、会社も非常勤を基本とする。そうすれば非常勤の給料もあげることができる。そしたら非常勤だけでも食べていける。

そしたら、自分にあった会社、あった働き方を選んで、自分にあった生き方を作っていける。

大学の教員も、任期制を基本とすれば、まったく働かない人が増えていくことで、仕事のできる人に負荷が集中したり、若い優秀な人を採用できないということも減っていくはずだ。

池田先生がいうように、法律も時限制にする。継続するには2/3以上の賛成が必要といった厳しいハードルを設けて、クリアできなければ自然になくなるようにする。

補助金にしがみつく人を減らしていく。

組織も時限制にする。行政に新たな部署を作るときも、さしあたり3年で、というようにしておく。

組織がなくなっても、ちゃんと再就職ができるような流動性があれば、そして非常勤でも常勤との待遇に大きな差がなければ、そういうことも可能になるはず。



それでも、今、生涯保証されている人をそうじゃなくすることは大きな抵抗を生むため難しいかもしれない。

ところが、そういう人も時間が経てば,ところてん式に定年になり辞めていく。あるいは死んでいく(人間必ず死ぬので)。

いなくなった人の分の給料で、新たなに採用する人を任期制で採用していけば、時間が経つほど任期制の人が増えて、ついには任期制が基本、ということになる。



さらに、池田先生が「技術が社会を変える」といっていたように、SNS等の台頭により、伝達速度はあがっている。よいこともわるいこともどんどん伝わっていく。

行政の「右にならへ」の特性をうまく利用すれば、変革のスピードはさらにあがる。

たとえば、時限制を導入するモデルケース出てくることで、それのほうがいいね!と思うところが真似をして自己増殖的に増えていけば、オセロがひっくりかえっていくようにパタパタと変わっていくということもあるかもしれない。

<時限制の導入 × 自己増殖 × 時間経過 = 閉塞社会の打開>
この方程式は案外いけるのではないか?

という希望を見出せたシンポジウムでした。

こうした考え方に希望を見出せると感じた方は、ぜひシェアしていただければと思います。ブログ等で引用明記の上コピーしていただくことも歓迎です。なお、ここで論じた内容の基本的なことはチャリティー本『思想がひらく未来へのロードマップ』の鼎談で詳しく論じられています。
posted by 今だけ委員長 at 07:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2013年05月05日

メモは取らずとも忘れない被災者の言葉・・・

 
  三陸物語.jpg
三陸物語―被災地で生きる人びとの記録
著者 萩尾信也(毎日新聞社)1,500円


 毎日新聞の連載から愛読していたこともあって「待ちわびていた」発行でしたが、購入から1年半も部屋の隅に置いていてしまったことを後悔しつつ、このゴールデンウィーク期間に一気に読了しました。一気に・・・といっても翌朝はまぶたが腫れぼったいくらい涙を流しながら読ませていただきました。


 岩手県釜石市出身の著者のコミュニケーション力と「体験談を残す」という行動力に凄まじいものを感じました。これが新聞記者の真骨頂なのだと思います。そして、被災した取材対象者から「つぎ」をつなげていく長けた嗅覚・・・。釜石を中心にして生死を狭間をさまよい、肉親が犠牲となった12人の「記録」は映像など必要ないくらい釜石なまりで表現されている文字で十分に「あの時」の様子が目に浮かびます。


 先日、北海道新聞に勤める釜石出身の友人とこの「三陸物語」の話になり、その際、「萩尾さんは取材の時に一切メモを取らないそうだ」という話を聞きました。その友人も実家を津波で失い、父親も著者の取材を受けたとのこと。
 常識で考えれば取材した内容をメモするのは当たり前だし、記録しないと取材対象者との(言った・言わない)もめ事にもなりかねないわけです。
 でも、あの惨状で被害に遭われた方と向き合うのにメモや録音は必要なかったのではないか、発せられることばの(方言まで)一言をメモなどしなくとも心に刻み込みながら取材をされたのではないかと思うのです。


 「生と死の記録―続・南三陸物語」も昨年6月末に発行され、まだ自室の机上に積み重なったままになっていますが、「早く続編も読まなければ」とカウンターパンチを食った気持ちです。ぜひ厚手のタオルを脇に置きながらご一読ください。

posted by 今だけ委員長 at 21:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2013年04月12日

私たちの仕事は現場にある/「東日本大震災 希望の種をまく人びと」

 久しぶりのブログ更新です。
 今だけ委員長こと、小関は社内の人事異動でこれまで11年間在籍した統括部門から、現場部門(五橋支店)へ異動となりました。勤務先は同じ建屋の2階から1階に変わるだけなのですが、今月4日から気持ちのスイッチを切り替えました。過去に同支店で4年間の勤務経験があるものの、仕組みは変わらずとも読者の要望に応えるための細かな作業や配達エリアの統合などの変貌ぶりに「10年ひと昔・・・」を実感しています。一方、配達スタッフも15年前にお世話になった方々が多くいらっしゃって、信頼おける仲間と共にこの1週間は朝刊作業(3:30からの勤務)に携わりながら徐々に現場感覚を取り戻しています。
 これからも小ブログは更新してまいりますが、「現場のいま」をさらに具体的に発信していこうと思っていますので、引き続きご愛顧ください。

 * * *
 河北新報社社屋(仙台市青葉区五橋)にて販売店や新聞社販売部の代表メンバーらによる会合のあった3月19日、同社編集委員の寺島英弥さんとエレベーターでバッタリお会いしました。寺島さんは「シビックジャーナリズム」を提唱し、常に『現場』に足を運ぶ新聞記者。このブログを始めた2005年に都内で開かれた地方紙勤務の若手たちによる「ローカルメディアネットワーク」のキックオフミーティングの講師として登壇された時がはじめての出会いで、それ以降いろいろとお世話になっている方です。


 「あら、小関さん久しぶり」。
 寺島さんの優しい瞳に吸い込まれつつ、5分程度お互いの近況を話しました。(当方が)4月から現場勤務となり、これまで自分がやりたいと思ってきた編販一体の紙面づくりや販促へチャレンジしてみたいことなどを話すと「そうですか。小関さんは現場にいる方がいい。私も常に現場で動き回っています。私たちの仕事はそれが当たり前の姿なのですよ」というアドバイスをいただきました。そして、「あ、そうそう」と言いながら、カバンの中から1冊の本を取り出し「これ、読んでみてください」と手渡された本がこちらです。


東日本大震災 希望の種をまく人びと.jpg
東日本大震災 希望の種をまく人びと
著者 寺島英弥(明石書店)1800円)

 寺島さんのブログ「Café Vita」(余震の中で新聞を作る)は今月1日の更新で91話。本書はこのブログや河北新報の特集「ふんばる」に登場する被災地の方々の葛藤や困難の中、ひたむきに立ち上がっていく姿を丹念に伝えています。
 東日本大震災から1年たった際に発刊された「
悲から生をつむぐ」で書かれている被災地に住む人びとの状況から、本書には“笑顔”というキーワードも増えてきたような気もします。2冊合わせて読んでいただくと、「ふんばる」、「寄り添い支える」という言葉の意味がすっと気持ちの中に入ってくると思います。ぜひご一読を!

東日本大震災 希望の種をまく人びと
http://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD-%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%81%AE%E7%A8%AE%E3%82%92%E3%81%BE%E3%81%8F%E4%BA%BA%E3%81%B3%E3%81%A8-%E5%AF%BA%E5%B3%B6-%E8%8B%B1%E5%BC%A5/dp/475033765X/ref=pd_sim_b_2

posted by 今だけ委員長 at 21:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2013年03月08日

伝統メディアを真摯に検証〜3・11とメディア

3・11とメディア.jpg
3・11とメデイア
著者:山田健太(トランスビュー)2,000円


 東日本大震災からもうすぐ2年。
 福島第一原発事故や学校管理下で74名もの犠牲者を出した大川小学校(石巻市)などの問題を含め、「伝統メディア」と言われる新聞、テレビなどのマスメディアが検証報道を行っています。昨年の同時期とはまた違った角度で真実を解明していただきたいものです。

 本日発売(先月末に著者の山田健太さんから謹呈いただきました)となる本書は、その「伝統メディア」と「新興メディア」(ソーシャルおよびポータルメディア)が先の大震災から2年間で果たした役割と課題が丹念な取材によって検証されています。
 原発再稼働を機に毎週末、首相官邸行われる反原発デモを新聞各紙がどのように報じたのか―紙面の比較をしながらそれぞれの新聞社のスタンスを明快に断じる一方、政府発表に依存しすぎて本来の調査報道が初期段階では全く機能せず、誤ったイメージを読者や視聴者へ伝えた(思考停止ジャーナリズム)ことで信頼を損ねたと提起されています。
 そして、「伝統メディア」が担うジャーナリズムの問題。著者も相当のジレンマを抱きながら本書を書きあげたのだろうと察します。「もっと伝統メデイアがふんばらないと…。プレスとしての役割、記者魂はなくなってしまったのか」と、喉元まで出かかっているようにも読み取れます。これが伝統メディアを真摯に批評し、検証するスタンスなのだと思いながら読ませていただきました。


 これはメディア関係者だけでなく、多くの方に読んでもらいたいと思います。伝統メディアが抱える課題を理解すると読み方、視聴のスタンスも変わり、それぞれのリテラシーが高まってくる。そういう国民全体の知の底上げのようなものが必要な時代になってきてるのだと感じています。

▽「3・11とメディア」山田健太著(Amazonより)
* * *
 「3・11とメディア」を読んだあと、定期購読している「新聞研究」(2013年3月号・日本新聞協会発行)を眺めていたら、「おっ」と思わせる手記に出くわしました。
 それは、朝日新聞東京本社社会部に所属する仲村和代さんが同誌の「記者読本2013 先輩記者から」特集(この春新聞社へ入社する方へ7人の先輩記者がアドバイス)へ寄稿されたもので、「メディアの原点に立ち返る」という題名のものです。新聞社員のソーシャルメディアとの距離感を通じて、メディアの原点を再認識したという内容のもので本音″で書かれているなぁ…と。以下に一部引用します。


「当時、取材に行くと、『朝日新聞の記者が来ました―』とツイートされ、何となく困ったなぁと思いつつもその理由を説明できず、もやもやすることがよくあった。今から思えば、困ることなんて何もない。でも、他社との競争が基準になる仕事を続けているうち、『先に書かれたら困る』、『手の内を知られそう』という感覚が身についてしまっていたのだと思う」


「取材をするのは、『新聞を作るため』ではない。情報を求める人のところに、いち早く届けるためだ。かつてはその手段が新聞しかなかったから、新聞紙面を充実させることに全力を注いできた、でも今は、ネットを通じ、もっと素早く発信することができる」


「(震災後に同社社会部もツイッターアカウントを取得し)ツイッターの活用が始まった。給水所の場所、避難生活で役立つ知識、デマの打ち消し。情報の信ぴょう性を一つ一つ確認し、発信した。反響は大きく、フォロワーは驚くほどの勢いで増えた。記事の書き方を考えるいい機会にもなった。例えば、これまでは『○○市の何か所で給水』と書いていたが、そんな情報は実際には役に立たない。『それじゃ意味ないし』。即座に返ってくる反応に、反省させられることも多かった」


「大事なのは、小手先のコミュニケーションにたけることでも、その場限りの人気を集めることでもない。何のために取材するのか。誰のために記事を書くのか。当たり前のことを考えながら、向き合っていくことなのではないだろうか。誰もがメディアとなって発信できる時代、報道機関にしかできない取材とは何かを考えるヒントが、そこにはあるように思う」


 後輩たちへのメッセージなのですが、自分へ言い聞かせているようにも感じます。新聞社という独特な職場(ある意味閉鎖的かも)で経験を重ねると、仲村さんのように感じていても組織内の暗黙のルールや立場によって実践できなくなってしまうのかなぁと思います。このような感想を書くと新聞社のデスクの皆さんから「販売店の労働者が何も知らないクセに…」と罵声が飛んできそうですが、諦めずに言い続けて行きまーす。
 仲村さんのような気概を持った方が書く記事を、新聞を読者のもとへ届けたい―こう思うのです。
posted by 今だけ委員長 at 09:11 | Comment(3) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2013年02月27日

言論の自由という「当たり前」を奪われないために

言論の自由.jpg

言論の自由−拡大するメディアと縮むジャーナリズム−
著者:山田健太(ミネルヴァ書房)2,800円

 「マスゴミ」という単語が一般的に言われるようになって、マスメディアへの風当たりが強くなってきたのはいつ頃からでしょうか―。インターネットの普及によって多くの生活者が自ら情報発信をできるようになってきたネット社会。これまで情報発信(加えて世論誘導)をいわば独占してきたマスメディアを凌駕するまでに成長(ユーザー数が増加)していますが、言論の自由の拡大によって本来のジャーナリズム機能まで縮小に向かうよなことがあってはいけません。


 著者の山田健太さんとは、彼が新聞協会職員時代からお世話になっている尊敬する大先輩。これまで彼が執筆した書籍や論文を読みあさってきましたが、本書は風当たりが強くなっているマスメディアがこれまで担ってきた社会の中での役割(表現の自由、プレスへの特権を認めた法制度など)について検証し、「これからどうしていくべきか」の論考(専門的な用語も多いです)がまとめられています。

 著者は、序章の中でネット社会の到来によって他愛もない問題でもネット上で匿名の人たちが群がって、特定の企業や人をやっつける(炎上させる)風潮が横行して過度の潔癖症に向かう社会的な潮流があると指摘。それらによって言論活動への規制を容認する世論が拡大し、法規制が強化されて気が付いたら言論の自由さえも危ぶまれる事態になりかねないと警鐘します。
 その背景(空気)について、著者は以下の4つの側面から「当たり前」がほころび始めていると分析。@社会の安心・安全を守るためには、多少の自由の犠牲はやむを得ないという意識が急速に強まっているA情報があまりにもたくさん溢れ、世の中に流れている情報を一人ひとりが整理してきちんと受け止める力が弱くなっているB自分の意見と違うものを認めず、人と違ったことをしたり、言ったりすることを忌み嫌う風潮の広がりC情報の送り手である新聞や雑誌、放送局などのマスメディアの記者・編集者の劣化―。


 現代では当たり前のように受け止められている「言論(活動)の自由」ですが、戦時下ではその自由すら奪われてきた歴史なのです。お隣の中国ではこうして自由にブログで発信することも国家権力がその内容を検閲しているため不自由な状況にあるのです。
 「当たり前」を権力側に取り上げられないために、プレス機能を守るという社会での位置づけがポイントになると感じます。そのためにはプレス側が今のままではいけないと気付くことなのかな…。片側で、生活者それぞれがリテラシィー力を高めていくこととプロの記者・編集者の育成も重要になってくると思います。ともに教育の問題なのかもしれませんね。

 そのヒントがたくさん盛り込まれている本書は、特にメディア関係者にはお薦めしたい1冊です。
▽言論の自由―拡大するメディアと縮むジャーナリズム(Amazonより)

posted by 今だけ委員長 at 07:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2013年02月26日

企業は人なり 社内政争に明け暮れる企業から顧客は離れていく

新浪剛史 個を動かす.jpg
個を動かす 新浪剛史、ローソン作り直しの10年
著者:池田信太朗(日経BP社)1,575円

 最近、テレビを見る時間がめっきり減っているのですが唯一、録画してまで見ているテレビ番組があります。経済界などのトップランナーたちを紹介する「カンブリア宮殿」(テレビ東京)。その道を究めた出演者の「言葉の重み」(社長の金言)に共感しつつ、自分が立っている現場の現実との大きな違いを噛みしめながら見ています。

 先日、フェイスブックでシェアされたBLOGOSというサイトから「日本企業の病理がよくわかる良書『個を動かす 新浪剛史 ローソン作り直しの10年』」という書評(ブログ)にたどり着きました。
 「これは、以前にカンブリア宮殿で放送されたローソン社長・新浪剛史さんの組織改革論が描かれているのでは」―と、書評を読み進めてみると、膝を打つことばかりの内容でした。「購入してみよう」と思わせる上手な書評に乗せられ(笑)amazonで購入後、ひと晩で読み終えました。私のような若輩者がどうこう述べるより、以下の書評をご覧ください。

▽日本企業の病理がよくわかる良書『個を動かす 新浪剛史 ローソン作り直しの10年』(BLOGOSより)
http://lite.blogos.com/article/56825/


 新聞産業も新聞社をローソン本部、販売店をフランチャイズ店という図式に当てはめるとオモシロく読めて、ともに閉鎖的な業界であることが理解できます。
 ローソンは全国から集まる優秀な方々がポスト獲得のために仕事ではなく、自分が出世するためのパフォーマンスに注力しているというのです。新聞産業でも素晴らしい編集能力を持っていらっしゃる方と経営感覚を持ち合わせた方とではその役割が本来違うものの、ほとんどの新聞社では編集出身の方が要職に就くような仕組みになっています。社内の権力争い―パフォーマンスに長け、社内政治(根回し)を巧みに操りながらポストを得るために力を注いでいる方々を横目で見ると、げんなりしてしまいます。このあたりが日本企業の病理なのかもしれません。
 この本で指摘している通り「現場を知らない上の人たちが机上の空論で戦略を練り、現場を知らない間接部門が自分たちの予算や権限維持のために、社内政争に明け暮れた結果、出されたどうしようもない商品や戦略を、現場に押しつけ、結果売れず、でもその売れない原因を現場の気合や根性のなさと糾弾し、少ない利益を役に立たないろくでなしの上の人間や、間接部門の連中だけが吸い上げ、余計、現場は疲弊し、客がどんどん離れていくという悪循環を招いている」となってしまうわけです。

 近年、いろいろな会社で財務部門の権限が大きくなっていると聞きます。これは国政においてもそうなのですが、予算の采配を握っている部門の発言力が増して、なかなか実績があがらない営業部門(生産部門)は元気がなくなっている―というのです。
 入社間もない営業部門の従業員へ「厳しい経営内容を知れ」とばかりに(儲かっているときは公表しないのに)低迷する経営指標をかざし続けた結果、どうなっていくのだろうかとよく考えます。既存のサービスを取りやめ、支出を削ることに“働きがい”を感じてしまっては顧客に見放されていくだけです。
 経営者の仕事と従業員の仕事は違います。“削ることで身を守る”との発想を持った従業員ばかりになってしまっては、企業の病理はより悪化するだけだと思います。「企業は人なり」。顧客を向いた仕事を最優先に考えられる人材育成がこれからの企業活動には大切だと思います。

▽コンビニ業界2位からの反撃〜地方フランチャイズを再生させろ!〜(2007年9月17日放送)
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/20070917.html

posted by 今だけ委員長 at 06:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年11月10日

東北六県の新聞販売店の被災状況報告集/2011.3.11新聞と新聞販売店は、そしてこれから〜

2011.3.11 東日本大震災―その時新聞と新聞販売店はどう動いたのか、
被災地の復旧にあわせ、
新聞と新聞販売店はどういう役割を果たしたのか、
読者からの声にどう応えたのか、
何が足りなかったのかなどを総括した。
参加者が東北六県の新聞販売店の被害状況をあらためて確認し、学び合うことで、事実や想いを後世に伝え、次の大災害に備えたい。
あわせて東北六県及び全国の新聞販売店に反省や教訓を発信した。
(「2011.3.11 新聞と新聞販売店は、そしてこれから〜」より)

 新聞販売.jpg
東日本大震災新聞販売シンポジウム(講演録)
発行 東日本大震災新聞販売シンポジウム実行委員会

 東日本大震災新聞販売シンポジウム実行委員会が監修・発行した「2011.3.11 新聞と新聞販売店は、そしてこれから〜」を読ませていただきました。当方のような下っぺにはこんな立派な冊子はいただけないので閲覧させていただいたのですが、今年7月24日に仙台市内のホテルで開催されたシンポジウムでの講演録や業界内部では超〜お偉い方々のあいさつが掲載されていました。
 このようなシンポジウムは内部だけでの発表会にするのではなく、一般の生活者の方々にも参加・公開した方がダーティーなイメージを持たれがちな新聞販売店のよいPRになると思うのですが…。内部資料にしておくにはもったいない資料集です。


 あすは、東日本大震災から1年8ヵ月目の月命日。ほとんどの新聞社が新聞休刊日(翌12日の新聞発行がお休み)で、11日に被災各地で行われるイベントや特集の発信は翌々日となります。
 「先の震災を風化させてはならない」という言葉を発せられる被災された方が、まだまだ多くいらっしゃるのですがその言葉を取り上げる(取材する)マスメディアの側にいる人たちの感覚によって、被災地で避難生活されている方々が発する言葉の浸透が上下するものです。被災地の、被災された方の声を代弁する人や組織が本当に被災された方に寄り添っているのかどうかが問われてきているのだと思います。
* * *

共 同 宣 言

 2011年3月11日午後2時46分。
 この日、この時刻を境に東北を、日本を取り巻く環境は一変しました。東日本大震災は全国で約1万6千人の命を奪い、1年4カ月がたった今も約3万人が行方不明のままです。家族や仲間、生まれ育った地域や家…。一生懸命築いてきた人間の営みが、一瞬にして奪われました。東京電力福島第一原発の事故は、多くの人の暮らしを壊しました。悲しみ、悔しさ、やり場のない怒りから、東北の人々はいつ開放されるのでしょうか。
 大震災翌日、凸凹になった道路を通って新聞を積んだトラックはやってきました。「みんな情報が欲しいはず」と避難所から駆け付けてくれた従業員・配達員がたくさんいました。記者が危険にさらされながら書いた記事を、わたしたちも命がけで届けました。
 「ねむれずに過ごしていたときに、ポストに新聞が入る音を聞いて涙が出ました」。そんな感謝の声を、読者からたくさんいただきました。「新聞屋をやってきてよかった」と心から思えた瞬間です。大きな誇りともいえます。
 感謝の声を寄せてくださった人々の多くは、まだまだ苦難の中に身を置かざるを得ません。大震災以降、東北において新聞は水道や電気と同じライフラインとしての重要な役割を担っています。東北復興のため、東北の人間がこの地に暮らしていて良かったと再び思える日を迎えるため、系統を超えて新聞販売界が一丸となって取り組むことをここに宣言いたします。


 2012年7月24日  東日本大震災新聞販売シンポジウム

 
posted by 今だけ委員長 at 07:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年10月27日

情報発信者と受け手のリテラシー… 東日本大震災時の情報格差の検証


災害弱者と情報弱者.jpg
災害弱者と情報弱者―3・11後、何が見過ごされたのか―
共著:丸山紀一郎・田中幹人・標葉隆馬 (筑摩選書)1,500円


 東日本大震災から1年が経過した今春あたりから、防災・減災の取り組みが一層クローズアップされていくなかで、緊急時の情報発信のあり方と受け手のリテラシーの問題について検証する論文が多く出されています。そのすべてを読むことは時間的および金銭的に難しいのですが、知人がまとめたものを検索しアマゾンで購入しています。

 災害弱者と情報弱者…このタイトルを見る限りでは、どうしての高齢者のことをイメージしてしまうのですが、内容は3つに区分され、@災害弱者をキーワードに震災前から存在していた社会の脆弱性が、実際の被害の度合いにつながり、復興へと向かう過程の中でも引き続き影を落とす可能性を指摘A情報格差を焦点にメディアの論評、洪水のような情報に対して情報とどう向き合い、信頼できるメディアとは何かを論考B「情報の多様性」「横並び報道」をもとに福島第一原発事故を受けてマスメディアが作り上げてきた論調―などを膨大な資料とともにまとめられています。


 筆者の一人である丸山紀一郎さんは、昨年5月に宮城県入りし(当時は早稲田大学院生)、新聞社や販売店、そして仙台市内や石巻市の避難所などをアテンドさせていただいた方で、ワンコイン応援メッセージにも何度か協力してくれた知己です。特に丸山さんが書かれた第3章をじっくり読ませていただきました。「丸山さんよく踏み込んで書かれていますね!」
▽震災がもたらした「新聞産業の復興」への動き(今だけ委員長ブログ 2011/5/1)
http://minihanroblog.seesaa.net/article/198765190.html
* * *
 もうひとつのネタとして、株式会社ペーパーメディア研究所の青山一郎さんから情報提供をいただいた「被災地における新聞販売店を活用した地域情報提供モデルの検討」という論文を最近読みました。
 山田健太さん(専修大文学部准教授)、千錫烈さん(東京大学院教育学部研究員)、植村八潮さん(専修大文学部講師)、野口武悟さん(盛岡大文学部准教授)の4名による共著で、この論文は昨年11月に開催された「第13回図書館総合展」の企画で「東日本大震災に向き合うとき」で発表されたものをまとめたものです。この論文は無料でダウンロードできるのでありがたいのです。
▽被災地における新聞販売店を活用した地域情報提供モデルの検討(JAIRO・専修大学学会)
http://jairo.nii.ac.jp/0181/00002102

 内容については、私のような販売労働者が語るのも僭越なのですが、「机上のはなし」という印象が強く、「新聞社の方々からしか取材してないんじゃないの?」という空論的かつ理想的な論考に止まっていると感じます。販売現場はもっと“泥くさい”もの。ドジョウになりきれなかった野田首相と同じく、新聞社(官僚)と読者(有権者)の間を多くのジレンマを抱えながら存在しているのです。

 「新聞販売店はこうあるべきだ」という期待に感謝しながら、「ではその体制を敷くにはどんな障害をクリアしていかなければならないのか」とのジレンマをとたたかいながら、先人たちは大きな荷物を残したまま、「定年」という期限で去っていくのです。なかなか理想通りにはいかないものです。

posted by 今だけ委員長 at 14:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年10月10日

文書を読み解く力のある方がチョイスした2012の地方紙記事

日本の現場 地方紙で読む2012.jpg
日本の現場 地方紙で読む2012
共著 高田昌幸、花田達朗、清水真(旬報社)2,500円

 日本の現場―。前回の2011版に引き続き、地方紙記者のまなざしを感じ、地域の読者へ発信したいこと、考えてもらいたいことがギュッと詰まった記事(コンテンツ)が42本収録されています。
 ネットでは配信されていない記事(特集)がこのような冊子となってオモテに出ることで、その記事が主張する問題提起がうかがえてイイものです。記事をチョイスした編集者は「どんだけ記事を読んでいるのだろう」と思うのですが、人が書く文章の先にあるものを読み解く力がなければ、このようなすんごい記事のチョイスは出来ないわけで…。お仕事とはいえ、頭が下がります。


 ぜひ、各地方の「現場」で丹念に取材をしながら問題を提起してくれる新聞記者が書いた2012年の記事を読んでもらいたいと思います。


※高田昌幸さん(高知新聞社)から謹呈いただきました。高田さんどうもありがとうございました。
注文はこちらから↓
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%A0%B4-%E5%9C%B0%E6%96%B9%E7%B4%99%E3%81%A7%E8%AA%AD%E3%82%802012-%E8%8A%B1%E7%94%B0%E9%81%94%E6%9C%97/dp/4845112795

posted by 今だけ委員長 at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年08月29日

書き、記録し続けること…地方紙記者はこうありたい


61gFJDb4ZzL__SS400_.jpg
悲から生をつむぐ
著者 寺島英弥(講談社)1500円

 「この本…読んでみたけど、とってもいいね」。
 11年連れ添った相方が「ポツリ」とひと言。「そういえば寺島さんが書かれた『悲から生をつむぐ』をブログで紹介することを忘れてた」ということで、発行から半年近く経ってしまいましたが紹介させていただきます。

 著者の寺島英弥さんは、小ブログでも何度か紹介をさせていただきましたが、「シビックジャーナリズムの挑戦」など著書もある河北新報社・編集委員の方です。東日本大震災以降、被災地で復興に尽力する人を取り上げた連載「ふんばる」や「余震の中で新聞を作る」というブログで紙面では収容しきれないさまざまな情報を発信されています。この連載やブログのファンは多く、今だけ委員長も被災地で活動していると「河北新報の『ふんばる』っていう連載イイネ!」と声をかけられることもあるくらいです。

 本書は寺島さんが自分の足で被災地を回り、取材を通じて出会った被災者、避難者との「これから」について丁寧に書かれています。寺島さんは「あとがき」にこう記しています。「その場にとどまり、当事者と同じ時間を生きる。それが地方紙記者の仕事の本質なのです。解決すべき問題も、それを考える道筋も、必要とされる支援も、新たに生きる場づくりとしての復興も、いま最も苦しい渦中にある人々こそが、その答えと力(他人をも勇気づける)を持っています」と。


 じつは、今だけ委員長の相方は1年半経った今でも津波被害を受けたエリアへ行くことができないでいます。まだ現実を受け入れることができなのだと思います。無理をして足を運ぶ必要もないし、毎週のように沿岸部へ向かう旦那に対して文句も言わずに送り出してくれるだけで満足なのですが、この本を読んで少し気持ちが変わったというのです。そんな気持ちにさせてくれる、地元にいるからこそ見えてくることがいっぱい詰まった1冊です。
 新聞紙面でも本書のように取材の経過まで掲載されればいいなぁと思う反面、限りある紙面スペースへの掲載はこういう地道な取材活動を凝縮したもの―と感じ取れます。ぜひご一読を!

posted by 今だけ委員長 at 15:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年07月02日

被災した地域に、現場に特化した作り手、配り手、読者の息遣いを感じる1冊

 三陸河北新報.jpeg
ともに生きた 伝えた/地域紙『石巻かほく』の1年
著者 三陸河北新報社(早稲田大学出版部)1200円

 日刊「石巻かほく」を発行する三陸河北新報社は、河北新報社の関連会社として1980年1月に設立されました。宮城県沿岸部の漁業情報などで(特に気仙沼エリアで)高いシェアを誇る三陸新報と対抗するため、沿岸部の情報に特化した紙面づくりで河北新報とセット販売(月額100円)されている4頁建ての地域紙です。
 河北新報社には河北出版センターという関連会社があるので、自社物のほとんどは河北出版センターから発行されるのですが、本書は早稲田大学ブックレット<「震災後」に考えるプロジェクト>から出版されています。その理由は同社社長の西川善久さんが早稲田出身というご縁で同大学出版部から発行されたとのこと。


がんばろう石巻 看板.jpg アマゾンで思わず買ってしまったのですが、毎ページごとに掲載されている写真(モノクロなのが残念)もさることながら、「現場の声」がこれまでの震災関連本より充実していて、読み応えのある内容でした。特に販売店の当時の現状がつづられた第3章「読者に届ける」では、思わず「そうだよなぁ」と膝を打つ場面も…。
 石巻での新聞事情をブックレット形式とはいえ、作り手、配り手、読者の息遣いが感じられる1冊です。

石巻かほく縮刷版.jpg 今春に「石巻かほく」の読者へ無料で配られた縮刷版「『3.11』を忘れない」も好評でした。昨年3/14〜4/10日までの紙面は圧巻です。そして、最終面には「私たちが地元のニュースをお届けしています」と石巻、東松島市、女川町の販売店名と電話番号を記しているあたりが心憎い。地域紙ならではの王道を感じます。 
※縮刷版「『3.11』を忘れない」は非売品です。

posted by 今だけ委員長 at 19:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年06月19日

3.11大震災時のメディア産業の内側を伝える/文化通信特別縮刷版

 文化通信縮刷版.jpeg
その時メディア産業は―東日本大震災(文化通信 特別縮刷版)
発行:文化通信社(1000円)

 新聞のみならず、それぞれの産業に特化した情報を伝える業界紙。
 昨年の震災以降、被害に見舞われたそれぞれの産業をどのように報じたのか、記者の目線が試されたのではないかと感じてていました。産業界とつかず離れず、お手盛り記事が多いといわれる業界紙(睨まれるとその逆も)にあって、新聞業界の内情を報じるのもこれまた難しいわけです。しかし、被災地の状況を伝え続けた新聞社、配達し続けた販売店を内側から報じた業界紙も新聞産業のアーカイブ機能としてとても参考になります。

 文化通信特別縮刷版は2011年3月21日付から6月6日までの紙面から、(新聞、出版分野の)メディア産業の動向を伝える記事がピックアップされています。電子データで保存しておきたい気もしますが、やはり「紙」で持っておきたい1冊です。
posted by 今だけ委員長 at 07:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年04月23日

組織の人間だからわかるだろう… ジャーナリズムの譲れないもの

 
  真実 新聞が警察に跪いた日.jpg
真 実
 ―新聞が警察に跪いた日―
著者 高田昌幸(柏書房)1,900円

 以前にも小ブログで書きましたが、著者の高田昌幸さんと初めてお会いしたのは2004年初夏。当時、日本新聞労働組合連合主催の産業研究会で知り合った若手労組員たちが「SNS(mixi)を使った情報交換を」と、立ち上げたコミュニティ「ローカルメディアネットワーク」のオフサイトミーティングでの会場でした。高田さんの講演(そのほか湯川鶴章さん寺島秀弥さんも講師として参加)を聞き、その夜の懇親会で「学生時代は新聞奨学生として販売店へ勤務していた」という話から、いろいろとご相談をさせていただくようになりました。

 本書は、北海道新聞(道警裏金取材班)が北海道警察の裏金疑惑を暴き、その一連の取材に対して新聞協会賞などを受賞。その後、新聞報道とは別に著書「警察幹部を逮捕せよ!」(旬報社)、「追及・北海道警『裏金』疑惑」(講談社)の4カ所の記述に対して道警の元総務部長である佐々木友善氏が、名誉棄損で高田さん、佐藤一さん、道新、出版社を訴え、昨年6月の最高裁への上告棄却による結審を迎えるまでの間で繰り広げられた「組織の命を受けた人たちの動き」が描かれています。高田さんいわく「僕の目線」で書いた総括本とのことですが、虚飾なくこの問題の真実がまとめられています。
 文中に時折登場する「高田君、あなたも組織の人間ならわかるだろう」という会社上層部のもの言いは、権力監視をする新聞社(そう願っていますが)という組織をダメにしていくのだと思います。そこで抗えるかどうか―。いまの新聞社に働く方々を見ていると「抗う要件」をも個別バラバラになっているように感じます。組織の人間だから“わかる人たち”が組織の中枢に君臨する新聞社って、どうなのかなぁと…。いろいろな考えを巡らせながら、飛ばし読みができない1冊でした。

▽高知へ行ってきました
高知新聞社.jpg 「南海トラフ(浅い海溝)で起こる巨大地震で34メートルの津波が予測されているのに会社の準備が遅れている」。
 高知新聞労働組合(中屋守委員長)と新聞労連四国地連(村川信佐委員長)の共催による「震災学習会」が20日、高知新聞社会議室で開催されました。会場には約70名の組合員や編集局長などの役職者も参加されました。
 岩手日報大船渡支局の鹿糠(かぬか)敏和さんと小関勝也がそれぞれ60分ずつ東日本大震災での経験をもとにした留意点などを報告しました。小関は「新聞販売現場から見た東日本大震災の課題」と「震災時の初動」というテーマで、「有事の際の新聞社と販売店の関係(販売店経営のサポート態勢)」「配達スタッフの使命感に感謝」「配達エリアの安全が確認されないうちは人を送り出さない」などの話をさせていただきました。また、高知労組の計らいで、ボランティア活動支援のためのリストバンド(1個300円)の販売も行っていただき、持ち込んだ100個すべてを完売していただきました。


▽「やりたいことはたくさんある」 高田さんとの再会
 学習会の後、1時間程度時間が空いたので、4月から高知新聞社へ中途入社された高田昌幸さんを訪ねました。「いまは試用期間中なので」といつもと変わらぬ笑顔で対応してくれた高田さん。近況を報告しながら、地元紙、本記とサイド記事、新聞デザイン、新聞産業問題、福島第一原発―などのキーワードでいろいろな話をさせていただきました。

 これまでも多くの知人が新聞社を辞め、活躍している人たちも少なくありません。その方々は口をそろえて「新聞社は肥大化する組織にがんじがらめになって何もできないよ」と言います。でも、新聞社(新聞産業)を何でもチャレンジできるような組織に変えていくことも大事。外圧でもって変革を求めるよりも内側から変えていく人たちの方がカッコいいと思っているので、高田さんの再就職に「いいね!」です。

posted by 今だけ委員長 at 23:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年03月07日

個人をつぶす構図がマスメディアには存在しているのかも…

  メディアの罠.jpg
メディアの罠
共著 青木 理、神保哲生、高田昌幸(産学社)1,500円


 フリージャーナリストとして活躍する三人が日本のマスメディアの危機的現状について語った1冊です。これは新聞人にぜひ読んでもらいたい。ネット上や一部の論者(ときにOBの妙な暴露本)が一方的に発する表層的かつ感情的なメディア批判とは違って、「公共財」としての新聞(メディア)の責務が論じられています。

 第一部の「崩壊するメディア」、第二部には「福島原発事故と報道」で構成されていて、各氏の問題意識は「それぞれの新聞社でこのような問題意識はされているのだろうか…」と真正面からの問いかけであり、期待でもあるように感じます。
 246頁におよぶ対談は圧巻です。「新聞社あっての記者」、記者クラブ発表(行政・大企業)を1字の間違いもなく紙面に載せることに追われる日々に嫌気をさしている若い記者に対して、新聞社という組織では教えられることのないOJTが詰まった応援メッセージとしてお勧めです。

 青木氏の言葉が印象的だったので一部引用します。
 「これまでは試験管の中でぬるま湯につかり、安逸を貧ってきた大手メディアが経営的な危機に瀕した時、その内部で既得権益にぬくぬくとしていた連中は、懸命にその権益と自らの組織を守ろうとする。すると、真っ先に切り捨てられるのは、いわゆる真っ当なジャーナリズムj機能ではないでしょうか。調査報道だったりとか、地味だけれど大切な人権や平和問題に関する取材・報道とか・・・」

 読者や情報の受け手は、「新聞社あっての記者」から「記者のチカラ」に注目する時代へと向かっているのだから、新聞社の労働条件にあぐらをかき、社内政治に精を出すエネルギーを持て余している余裕があるのなら、もっと読者に向き合ってもらいたいと願うばかりです。
http://sangakusha.jp/ISBN978-4-7825-7000-5.html

posted by 今だけ委員長 at 07:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2012年01月28日

まだまだ伝えていないことがある/@Fukushima私たちの望むものは


@Fukushima 私たちの望むものは.jpg
@Fukushima 私たちの望むものは
著者 高田昌幸ほか6人(産学社)1,700円

 東日本大震災は大津波という自然災害をもたらし、岩手、宮城、福島の沿岸部で生活していた方の命と生活を奪いました。先人たちの言い伝えを遵守して高台に居住する世帯はその難を逃れましたが、約50年しかない原子力発電の歴史では、津波の被害を受けてメルトダウンするとは想定外のことだったのかもしれません。
 でも、事故は起きてしまいました。津波の被害はなく家屋も残っているというのにわが家へ帰れない…。放射能という目に見えない魔物は人体にどう影響するのか・・・。


 本書は福島第一原発の事故に際し、怒り、戸惑い、悩み、諦め、そして希望を抱きながら過ごしている34人へ取材し(取材者は高田さんを含む7人)、「福島の声」をまとめたものです。
 「農林・観光の現場から」、「子どもと母親」、「首長たち」、「警笛は鳴らしたが」、「伝える悩み」、「動けぬ人々」、「再出発、しかし」、「信じるもの」の8部構成で、それぞれの章とも新聞記者的なストーリーを先に決めて、物語のように構成された文書ではない地元の人たちの本音がまとめられています。個人的には「伝える悩み」の章で福島民報社の記者・柳沼光さん(32歳)の「バランス」がスッと入ってきました。「地元の声を丹念に拾って、丹念に書いていくしかないんです。書かなければ、世の中に対してはゼロです。書かなければ、その声は埋もれていきます。だから書きます」と結ばれた記事は、必見です。


 先日、福島県浪江町から避難してきた方が集う「仙台でなみえを語ろう交流会」へ参加してきました。浪江町は津波被害により178名の町民が犠牲となり、6名が行方不明のまま。町の人口21,168人のうち7,040人が福島県外へ避難しています。
 私は所属するボランティアプロジェクト(ふんばろう東日本支援プロジェクト)として冬物家電支援の受付をさせていただいたのですが、申し込んでいただいた方々から話をうかがいながら思ったことは、「なかなか自分に置き換えて考えることができない状況にあるな」ということです。各メディアでは「除染が進み…」とか「早く帰りたい住民の声」などと書かれてありますが、住民の方は「戻れる状況にあるのか、正確な情報がほしいし、それを国がしっかり担保してもらわないと…」と語っていました。
 交流会の最後に、さっと手を挙げた女性は「住民同士の交流会よりも国会議員などに住民の意見を直接訴える機会を設けてもらいたいし、マスコミにもっと現実を取り上げてもらいたい」と声を荒げました。避難者の気持ちはちゃんと理解されていないのか―と痛いくらいに胸に響く言葉でした。


 よく米軍基地問題のことを「沖縄のこと」と他人事のようにいう人がいますが、沖縄県は日本国であって、沖縄で起きているのではなく日本で起きている問題なのです。福島第一原発事故のことも他人事ではありません。避難者に寄り添いながら現実を伝え、そして風化させることのないようにマスメディアにはしっかり報じてもらいたいと思います。

posted by 今だけ委員長 at 23:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介