2011年06月01日

ハードスケジュールも苦にならない充実感 佐賀労組50周年式典

佐賀労組50周年記念誌.jpg 佐賀新聞労組結成50周年記念式典へ参加してきました。
 目的は3つありました。@お世話になっている佐賀新聞の仲間と会いたい(フェイスブックで案内された)A記念講演を聴きたい(顔ぶれがすごい)Bワンコイン応援メッセージプロジェクトを呼びかけたい―。

 月末で仕事の調整がつかなかったため、久しぶりの「弾丸ツアー」となりました。往路は5月28日23時に仙台を出発、夜行バスで東京へ。羽田から翌29日7時20分の移行機(ボンバル機ではありませんでした)で佐賀へ。復路は当日の19時に逆ルートで佐賀を立ち、仙台に到着したのが30日5時30分…。ちょっとつらかったのですが、参加した甲斐がりました。佐賀へ伺うのはこれが4回目。

佐賀シンポ クリア.JPG 式典に先立って行われた記念講演(パネルディスカッション)では、よくぞこのメンツを集められたものだ―と感心した業界人も多いはず。佐賀新聞の紙面アドバイザーを務める茂木健一郎氏(脳学者)、テックウェブ代表の湯川鶴章氏、ジャーナリストの佐々木俊尚氏という顔ぶれですから、「新聞に対する苦言が多いだろう」と想像していたものの、内容はその想像以上でした。茂木氏は「新聞はもうダメなんだ」という新聞破滅から議論がはじまったのですから…(笑)三氏は「情報収集の環境が劇的に変わったため、個人ブログの方が専門的な内容を発信している」との事例をあげ「新聞はおもしろくない」を連呼。「良い記事を書けば読者は増えると考えているうちはビジネスモデルなど考えられるはずはない」とボディーブローを連発。会場からは苦笑が漏れだすものの、カウンターパンチを繰り出すことはできませんでした。残念ながら…。その中で、河北新報の被災地関連の特集(「ふんばる」など)について、「記者が相当頑張っている」との話も出されました。詳細はツイッターのハッシュタグ(#sagaroso50)でタイムラインを追ってみてください。同講演はユーストリーム(動画)でも配信されました。

記念講演会.jpg市民対話集会.jpg 佐賀新聞労組は毎年、「市民対話集会」を催しており、県民とともにジャーナリズムの問題について「対話」する労組として、新聞労連内でも注目されています。結成50周年の記念式典前日に開かれた「市民対話集会」では、フリージャーナリストの寺澤有と常岡浩介の両氏をパネラーに熱い議論が交わされたようです。

 佐賀新聞労組の計らいで会場受付脇に「ワンコイン応援メッセージプロジェクト」のブースを設けてもらいました。式典でも被災地の報告とプロジェクトの紹介をさせていただいたところ、佐賀新聞労組の仲間や来賓の毎日、長崎労組の方々、一般参加の新聞販売店勤務の方、以前に旦那さんが新聞販売店を営んでいたというご婦人からも2口、10口と申し込みを受けました。とてもありがたく、思わず涙があふれて出てしまいました。
PJ案内.JPG 個人で運営しているプロジェクトですが、動けば何とかなるものです。この取り組みに賛同していただいた方からの「心のこもったワンコイン」をできるだけ多くの新聞販売店へ折込チラシとして届けたいと思います。

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2011年05月17日

震災時のメディアのあり方、今後のビジネスモデルの可能性を提言/櫛引素夫氏・弘前大研究会(東奥)

 日本新聞労働組合連合(東海林智委員長)の研究機関、産業政策研究会メンバーでもある櫛引素夫さん(東奥日報社)が15日、仙台市青葉区片平にある東北大学を会場に開かれた東北地理学会春季学術大会で「東日本大震災とメディア・ビジネスモデル−東北の地方紙を中心に−」というテーマで、東日本大震災でのメディアのあり方について発表されました。
 櫛引さんは新聞記者として働くかたわら、大学の地域社会研究会などで地理学や新幹線開通による地域振興などをテーマに研究活動をされていて、著書に「地域振興と整備新幹線『はやて』の軌跡と課題」(弘前大学出版会)などがあります。

 20分間という短い時間でしたが、情報の発信者と受け手を適切につなぐ手段を新聞社は「紙」、テレビ局は「電波」という自らの発信手法に固執することなく、ソーシャルメディアを活用することが求められており、被災地支援に大きく貢献するだけでなく、メディア全般にとっても新たなビジネスモデルを模索する出発点となり得ることが提起されました。会場からは、メディアという広義の内容であったため、今回の震災時における各メディアを@新聞→停電時は新聞による一次情報(記録)が役立ったAテレビ→民放はストーリーを描きすぎBラジオ→大いに役立ったが記憶でしか残らない―という印象で捉えているように感じました。

▽2000年前にも同規模津波 東北学院大調査(河北新報 5月16日付)
http://bit.ly/k3eg5K

【発表要旨】
東日本大震災とメディア・ビジネスモデル−東北の地方紙を中心に−
櫛引 素夫(弘前大学地域社会研究会)

 2011年3月11日に発生した東北太平洋沖地震と大津波は、東日本一円に多大な被害をもたらした。死者数や行方不明者数は発表されているものの、5月中旬の時点でも、震災の全容が判明したとは言い難い。今回の震災がディア各社の空間的な対応能力を超えかねない複合性と多様性を呈していることから、報道やインターネット等で流通している情報の空間的な整理が必ずしも適切になされていないため、被災地域の広がりと被災の程度に関して、共通認識が十分に形成されていないことが、全容解明が進まない要因となっている可能性を指摘できる。復旧・復興に向け、地理学関係者の支援が早急の課題となっている。
 今回の震災は、地震動や津波の直接被害だけをみても、例えば漁村集落のうち最も海に近い1戸だけが被災した例から、陸前高田市や石巻市の中心部、仙台市若林区が1000戸単位で壊滅的被害を受けた例まで、多様な状況を呈している。加えて、ライフラインや行政機能、医療機能の損傷、交通インフラの損壊に伴う移動と物流の障害、計画停電を含む大規模停電、さらには福島第一原発の事故に伴う放射性物質の放出と風評被害の発生といった現象が、さまざまな空間的規模で、かつ重層的なダメージを各地に及ぼしている。
 主要メディアは規模別には、日本全体と海外をカバーする全国紙・通信社とキー局・NHK、複数県をカバーする(準)ブロック紙、県域をカバーする県紙およびローカル民放、さらに各県の特定地域をカバーする地域紙およびコミュニティーFMなどに分類できる。メディアは総体として、取材対象の空間的、社会的枠組みに対応した階層的な構造を持ち、一般に取材エリアが狭いほど、住民に身近で詳細な情報を取り上げる傾向がある。
 東北各地の地方紙関係者への聞き取りなどによると、直接被災した地域の各社は新聞製作機能や取材拠点、配達網に深刻な被害を受けた。福島県などでは記者が死亡したほか、数日間は社員の安否確認も思うに任せず、特に本震発生直後は被災地の状況を必ずしも十分に把握しきれなかった。その後、地元メディアの報道は質量とも充実していったが、被災地のニーズに比べてマンパワーが限られ、まだ取材が行き渡っていない恐れがある。また、地元メディアは県境などを空間的な報道単位としつつ、域外の情報は通信社等の機能を利用してきたため、被災地の復興に向けて、通信社等の広域的な視点からの報道と自らの報道をどう整合させていくかが課題となる(例えば、青森県は戦後最大級の820億円余りの被害を受けたが、岩手県などに比べて数字上の規模は小さく、被災地域も太平洋岸の一部に限られており、「被災」の捉え方について県内でもずれがある)。
 他方、全国メディアは本震発生直後から数十〜100人規模の取材者を被災地に派遣し、多様な情報を伝えてきたが、膨大な情報の整理が必ずしも追いついていない。また、取材者自体が入れ替わり続けている事情もあり、被災地の状況の変化に対応した、現地の当事者が復興に向けて必要とする情報を提供できるかどうかが課題の一つとなっている。
 今回の震災に際しては、被災地の情報について、相当の空白が生じているという指摘もある。「被災」のイメージや大量の情報を空間的な観点から再整理し、情報の空白の有無を検証することは、被災地の支援策や復旧策を検討する上で非常に重要な作業である。メディアにおける「視点・情報・問題意識」と「全国・地方・地域の空間・社会的枠組み」の再整理に向けて、地理学関係者の適切な助言が不可欠と考えられる。
 一方で、短文投稿サイト「twitter」やブログでは、特に本震発生直後、被災者自らによる多数の発信があり、コミュニティーFMなどの活動とともに、災害時の情報伝達の新たなモデルを提示した形になった。災害時に情報の発信者と受け手を適切につなぐ手段を構築することは、被災地支援に大きく貢献するだけでなく、厳しい経営環境に直面している被災地の新聞社をはじめ、メディア全般にとっても新たなビジネスモデルを模索する出発点となり得ることから、経緯と現状の検証が急務となっている。(2011年5月15日:東北地理学会春季学術大会・仙台)

*   *   *
▽避難所へ届けている新聞を発行本社が原価補てん
 先のエントリー「避難所へ届けられている新聞 販売店が費用負担しているのです」(4月17日付)で、「避難所へ届けている新聞も県庁や市役所への来訪者が持ち帰る新聞も、その原価(新聞の)は販売店が負担しています。今のところ「補填」の話は聞こえてきません・・・新聞社の経営も相当なダメージを受けていることも理解しつつ、販売店支援策を発行本社として講じてもらいたいものです」と書きましたが、先日、勤務先の役員から「避難所へ届けている分の原価は発行本社が補てんすることになった」という説明を受けました。その補てん額はおおよそ私の年収分。
 経過の一部分だけを取り上げた(エントリーした)時点から、状況が変わったので誤解を招かないように、正確に報告することにしました。先のエントリーの一部を「避難所へ届けられている新聞は、新聞社が原価負担(販売店は配送の労力提供)しています」へ訂正します。

posted by 今だけ委員長 at 22:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年05月11日

災害時の取材ガイドラインは機能しているのだろうか

 きょうで東日本大震災から2カ月。被災地では慰霊祭や地域復興に向けたシンポジウムなどが開催される予定です。

 きのうは、東京電力福島第1原子力発電所周辺の避難指示区域(半径20キロ以内)にある川西村などの住民が一時帰宅しました。その様子を取材する記者と避難地域へ記者を派遣する新聞社の判断はどのようなものであったのか、いろいろと感慨を深くしています。各新聞社では取材活動に関して従業員の安全対策を考慮したガイドラインが設けられているはずですが、そのガイドラインがどのように運用されているのだろうか…。「メディアの役割」と「人命優先」の優先順位は明確でありながら、ギリギリのところまで「暗黙の了解」がまかり通るメディア産業。以前、雲仙普賢岳噴火の取材をめぐって、土石流により殉職した記者のことを思い出します。有事の際の取材のガイドラインを「仕方ないから」とぼかすことなく、きちんと履行する、させることが必要だと思います。

 「テレビ局や新聞社が地域住民を見捨てて、足早に去って行った」。福島原発の半径20キロ圏内に避難指示が出された後、そのような声が避難指示区域に最後まで残っていた住民が声高に訴えている光景が、後日のテレビや週刊誌などで報じられました。しかし、メディア(ジャーナリスト)としての使命感あふれる行動は賛美されるのですが、その記者たちの命にかかわることまでは誰も責任を負えないのです。
  http://www.47news.jp/photo/195239.php
 この間のメディアのあり方について、しっかりと検証していかなければならないと思っていますが、私自身その余裕がありません。ぜひ、メディア(特に新聞)研究をされている方々に多方面からの検証をしていただきたいと思います。


 先日、読売新聞が発行した「特別縮刷版 東日本大震災」が大好評のようです。さすが全国紙は動きが早い。
http://info.yomiuri.co.jp/mag/book/11syukusatu.html
 3・11大震災以降から1ヵ月の足あと(紙面)を“残す、語り継ぐ”ことは大切だと感じます(3月11日夜に新潟で印刷した「幻の号外」などを含めて)。 このところ、多くのメディア関係者や地元の知人などから「なぜ河北新報は(縮刷版を)発行しないの?」という話を頂戴する機会が増えています。夏頃には発行する予定とのことなので、もうしばらくお待ちください。現読者への特別価格などもあると売りやすいのかなぁと思ったりしています。例えば新聞社の会員組織の加入者には限定価格で販売するとか。再販があるので難しいかもしれませんが…。
 いま、ネットオークションでは3月12日から1週間分の地元紙が1万円程度で売買されています。これだけ新聞が注目されるのも久しいわけですから、早めの対応が必要です。熱がさめやらぬ前に…。
*   *   *
 個人的にボランティア登録をしている「ふんばろう東日本支援プロジェクト」をウオッチされている方から、新聞記事のまとめを送っていただきました。以下にリンク先を列記します。


ふんばろう東日本支援プロジェクト」を取り上げた新聞各紙の記事(まとめ)
▽「廃墟の港町に仮店舗 南三陸の三浦さん 包丁掘り出し再開」(朝日新聞 4月13日付)
 
http://bit.ly/iJuOYu
▽「『必要なもの』確実に ネット活用で支援円滑に 希望を効率よくマッチング」(東海新報 4月17日付)
 
http://bit.ly/lZYEKF
▽「行政介さず 直接支援」(毎日新聞 4月17日付)
 
http://bit.ly/fGtpYk
▽「支援物資ニーズ公開,ネット威力 早大講師ら支援」(河北新報 4月23日付)
 
http://bit.ly/dKlURq
▽「自治体の「中抜き」引き起こす被災地支援の新たな流れ」(日本経済新聞 4月28日付)
 
http://s.nikkei.com/mlLisf
▽「ネットで効果的に物資援助 必要なもの直送」(岩手日報 4月29日付)
 
http://bit.ly/iJTKTm
▽「支度の避難者支援サイト,ボランティア現地で参加募る」(読売新聞 5月1日付)
 
http://bit.ly/mQ7lgh
▽「町を鼓舞「俺はやる」鮮魚店社長 三浦保志さん(56)=宮城県南三陸町」(河北新報 5月1日付)
 
http://bit.ly/lFltUk
▽「在宅被災者孤立防げ 市民グループが『ご用聞き』」(河北新報 5月3日付)
 
http://bit.ly/iDSx1F

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2011年05月03日

被災者が住む応急仮設住宅世帯を特区扱いとし、購読料の軽減措置の実施を求めたい

 きょうのエントリーは、久しぶりに新聞販売の話です。
 津波被害などで家を失った被災者は、避難所から仮設住宅へと生活拠点を移し始めています。仮設住宅へ入居される被災者は「住」にあたる賃料や一定のライフラインは行政側が負担するのですが、そのほかの「衣・食」は個人負担(継続したボランティアの支援が欠かせません)となります。そして、新聞などの日常品も被災者個人が購買することになります。

 ぜひ、新聞社に考えていただきたいことがあります。被災者が住む応急仮設住宅世帯を特区扱いとし、購読料の軽減措置に取り組んでもらえないかということです。

 応急仮設住宅へ入居される被災者は自宅を失ったなど、一定の条件を満たした方だけです。いわゆる被害を受けたランクが高い被災者。特に津波被害が甚大だった沿岸部では、被災者の多くが漁業や農業の一次産業従事で、高齢の方の比率が高いと聞きます。その世代は新聞の購読率が高く、まさに新聞を読むことが生活の一部となっている方々なのです。
 再販制度など何の障壁にもなりません。新聞社が「応急仮設住宅に住む3・11大震災で家屋を失った被災者」を限定して特別料金を設定すれば済むことで、特殊指定の問題もこの現状でとやかく言う人はいないでしょう。特区扱いの特別料金適用を実施から3年間と上限を設けるなどの付記をすれば、大きな混乱はないと思います。
 朝日新聞や山形新聞が「学割」に取り組んでいるのですから、応急仮設住宅世帯(被害のランクが高い被災者)への特別料金を設けることの意味合いは、それよりも高いのではないでしょうか。これはやはり販売店が考えることではなく、再販制度という販売店へ購読料金を守らせる権限を有する新聞社が対応しなければならない問題だと思います。販売店への新聞原価補填の問題も含めて、ぜひ検討してもらいたいと思います。

 宮城県土木部住宅課の発表によると、5月3日現在で入居が始まっている応急仮設住宅は14団地、1312戸。仙台市内では「あすと長町38街区」の1カ所、119戸ですでに入居が始まっています。現時点では第6次着工分まで含めると132団地、11,309戸まで建設される予定となっています。
▽宮城県応急仮設住宅 完成一覧(4月30日)
http://bit.ly/lsbStm
▽宮城県応急仮設住宅 建設予定について(第6次着工分)
http://bit.ly/ijIpk4

 先日、職場の上司が応急仮設住宅での新聞販売のルールなどについて全国紙系の販売店主らと議論をしているようでした。新聞社間(販売局の担当同士)では避難所における販売行為などについて「紳士協定」を結んだというようなことを聞きましたが、現場まではそのような話が正確に理解されていないのが実情です。逆に販売店主らは「応急仮設住宅へ入り込んでの拡張行為は余計に非難を浴びるだけだろう」と話しているのに、発行本社の担当員からは「そこで部数を伸ばせ」と煽られる。
 阪神・淡路大震災の時には避難所で「神戸新聞がつぶれるのでうちの新聞と契約してください」と商品券を配りながら新聞拡張をした火事場泥棒が絶えなかったと聞きますが、東北の被災地では絶対そのようなことはさせたくありません。
 今のところ、地元各系統店主会の主導で行政側へ了解を得ながら、応急仮設住宅へ入居する被災者に対し、「全紙共通の申込書」を返信封筒と一緒に配布するような取り組みを進めているようです。これも現場の各系統店主さんたちのコミュニケーションが醸成されているからであり、協業しているマンション階上配達のノウハウなどが培ったものだと感じています。
*  *  *  *  *
東京から自転車が届いた.jpg きのう、東京の新聞社に勤める仲間3人(写真左から坂本さん、大津さん、阿部さん)が、自転車の支援物資を届けてくれました。GWの休みを利用して被災地を回りながら、ボランティア活動をされるとのこと。「自転車を届けに来た」との連絡をいただき、「どんな自転車だろう」と期待していましたが、大津さん愛用のマウンテンバイク(整備はされていました)だったのでガクッときましたが、自転車は避難所が最も必要としている物資のひとつ。彼らの思いを伝えながら預かった「逗子市仕様のマウンテンバイク」を避難所へ届けたいと思います。どうもありがとうございました。

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2011年05月01日

震災がもたらした「新聞産業の復興」への動き

 東日本大震災からもうすぐ2カ月が経とうとしています。この間、自分の考えもいろいろと変化してきたなぁと思い返しています。
 これまで当然のように営まれていた生活が、ライフラインの不通や食料品、ガソリンを買い求めるために何時間も行列に並ぶことが苦痛だと思っていたのが前半1カ月間の自分。その後、津波被害を受けたエリアの惨状を目の当たりにして「何かしなければ」と被災者のために動き始めたのが後半1カ月の自分です。このブログへアクセスしていただいている方の中にも「現場」を見て気持ちが変わったという方も少なくないのではないでしょうか。

 宮城県の地元紙河北新報では、震災後から「3・11大震災」をテーマに3つの連載をスタートさせ好評を得ています。「郷土復興」「避難所いま」「ふんばる」。販売現場にいると“新聞のよしあし”をジャッジする読者の声がダイレクトに伝わってくるものです。特に「ふんばる」は記者が被災地を駆け回りながら、小さなコミュニティに入り込まないと知り得ることができない“ふんばっている人”にスポットを当てて紹介する企画で、読者へ「自分も何かしなきゃ」と感じさせてくれる、勇気を与えてくれる内容です。
 メーデーの5月1日付け朝刊に掲載された39回目の「ふんばる」は、南三陸町の鮮魚店「さかなのみうら」社長の三浦保志さんを紹介しています。私が個人的に参加しているボランティア団体「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の南三陸町の拠点として、三浦さんが活躍されていることは知っていたのですが、記事としてまとめられたものを読むとグッときました。
▽町を鼓舞「俺はやる」(河北新報5月1日付)
http://bit.ly/lFltUk
 それともう一つ。震災以降、紙面に掲載される記事の多くが署名になっていることも読者からすると親近感というか、記者が被災地の方々と寄り添いながら復興に向けてのメッセージを紙面で伝えていると感じられているのでしょう。記事を署名化したことも「お褒めの電話」が増えている理由なのかもしれません。


 オマケを付けて読者を増やすことが主流だった販売現場ですが、今回の震災によって「新聞産業の復興」へおのずと向かっているように感じられるのです。やはり現場を回らないことには読者とのコミュニケーションは得られない。読者は取材を受けた記者の名刺をずっと持っているものです。「何かあった時に助けてくれるかもしれない」と新聞(記者)への期待のようなものがあるからなのでしょう。そのような信頼関係がいま、新聞産業には必要なのです。

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山田健太准教授と早稲田大学院生.jpg きょうは、新聞労連役員時代にお世話になった山田健太さん(専修大ジャーナリズム学科准教授)と山田さんのゼミ生で早稲田大学院生2人をアテンドしながら、仙台市若林区の避難所(七郷市民センター)と石巻市の渡波小学校、石巻専修大学へ行ってきました。
 山田さんは石巻専修大の入学手続きなどの応援で来県。河北新報社を視察した後、新聞販売店、避難所を案内し、被災時の状況やメディアに対する被災者の声などを集約されていました。
 渡波小学校には先のブログで紹介した「避難所に新聞が届かない」と連絡をくれた友人の妹さんを訪れ、新聞配達の状況をうかがってきました。「あれからちゃんと届いています。避難所ではやっぱり地元情報が多い河北さんが必要です」とのことでした。新聞が必要とされている。こんなうれしいことはありませんね。
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 「ワンコイン応援メッセージプロジェクト」もこれまで約40人の方から賛同をいただき、ツイッターを使って女川町への応援メッセージが集まってきました。GW明けにはチラシ(裏面は地域情報を掲載)を印刷し、女川町の新聞販売店へ持ち込む予定です。出来あがったチラシは当ブログでもアップする予定です。
 次は「mixiバージョン」で気仙沼市、南三陸町、石巻市と津波被害を受けた新聞販売店をリレーしていきたいと考えています。

 ご賛同をいただいた皆さま、急な声がけにもかかわらずご賛同いただき、どうもありがとうございました。

posted by 今だけ委員長 at 23:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年04月17日

避難所へ届けられている新聞 販売店が費用負担しているのです

 「避難所に届けてもらっている新聞がわずかしか届かなくなりました。避難所では新聞が唯一の情報源なので何とかなりませんか」。
 4月6日に石巻市の実家が津波の被害を受け、ご親族が避難所生活を送っている友人からこのような連絡を受けました。避難所で生活する妹さんからの訴えを伝えてくれたものでした。
 さっそく、発行本社販売部の担当へ連絡を入れて管轄エリアの販売店へ確認をしてもらったところ、「販売店では避難所への新聞(200部程度)を市役所へ一括で届け、そこから職員が各避難所へ振り分けている」とのこと。3月中は友人の妹さんらが避難している石巻市立渡波小学校(一時800人が避難していた)へ100部程度の新聞が届けられていたのですが、4月に入り自衛隊やライフラインの復旧に向けて全国から応援に駆け付けている電気、ガス、水道の職員やボランティア団体などの仮宿舎へも新聞を配分するようになったため、避難所へ届ける新聞が大幅に減ってしまったということがその理由でした(現在は以前の状態に戻ったとのこと)。

 一方、宮城県庁や仙台市役所へも毎日(朝・夕)100部の新聞を発行本社からの指示によって届けています。県庁や市役所は被災者が生活する「避難所」とはなっていないのですが、来訪者の方々に震災の情報を伝える手段として新聞を渡すのが一番手っとり早いのでしょう。公務員の飲み仲間に聞いたところ政府の視察団や支援物資を届けてくれる団体などへ渡しているようです。

 地元紙をそのような形で活用していただけるのは、とてもありがたいことです。でもその新聞もタダではありません。避難所へ届けている新聞も県庁や市役所への来訪者が持ち帰る新聞も、その原価(新聞の)は販売店が負担しています。発行本社から補填されるのであれば「さすが新聞社」となるわけですが、今のところ「補填」の話は聞こえてきません。
 このような緊急事態ですから、販売店は多くの読者が避難している場所へ発行本社からの指示がなくても新聞を届けるはずですが、避難所の責任者や県庁、市役所の担当者には知っていてもらいたいのです「避難所へ届けている新聞は新聞社が提供しているのではなく、同じく津波などで被災した零細販売店がその原価を支払っている」と。

 3月12日以降、避難者の増加による購読料収入縮小や折込チラシ手数料の大幅減少で販売店経営も窮地に立たされています。アルバイト従業員の整理などにも手を付けざるを得ない状況へと追い込まれながら、決まった社取部数(原価)の支払いに四苦八苦しているのが実情なのです。新聞社の経営も相当なダメージを受けていることも理解しつつ、販売店支援策を発行本社として講じてもらいたいものです。
 1千万プレーヤーの100万を削るのと、家計の足しにと年103万を稼ぐアルバイトの解雇と、どちらを取るか―そんな選択がいま新聞人に問われているように感じます。

▽石巻市渡波小(宮城)/掃除、片付け 児童も一緒(河北新報 3月30日付)
http://bit.ly/e1M3w6
*  *  *
 きのうは、休みを取って新聞業界紙に勤める方のアテンドをしながら、宮城河北会の副会長などを歴任された相沢邦雄さん(相沢新聞店)を訪ねました。
相沢邦雄社長 002.jpg 相沢新聞店は仙台市若林区の沖野や六郷地区を販売エリアにしているのですが、約1割程度の読者が津波の被害に遭ったそうです。津波の被害を受けた約700世帯はその多くが農家を営んでいる世帯で、地元紙はもとより農業新聞など複数の新聞を購読する世帯が多かったそうです。

 相沢さんは「集金人から『3月の集金はとても時間がかかった』と言われた。それだけ(地震に関連して)いつも顔を合わせている集金人から近隣の状況を聞きたい、新聞社へ伝えたいと読者が思っているのだろう」と振り返ります。地域密着型の販売店を目指す同店では自振率が2割。読者から自振化の求めがない限り、毎月集金をして読者と顔を合わせることを優先させているとのこと。集金時に交わす何気ないコミュニケーションが、大きな災害を経てさらに醸成されていくのだと、あらためて感じました。

▽仙台・若林57%浸水 津波、内陸に最大4キロ(河北新報 3月29日付)
http://bit.ly/hUQbHy

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2011年04月10日

新聞の再生は、販売店の再生から

 東日本大震災(3・11大震災)から1ヵ月も経たないうちに、また大きな地震が起きました。
 7日、午後11時32分頃に宮城県沖で起きたマグニチュード7.4の地震は津波の被害はなかったものの、先の地震でゆがんだ家屋の倒壊や電気やガスなどライフラインの復旧が先延ばしになるなど、「復興」に向かっていた被災者の気持ちを折るものでした。
▽復旧さなか再び緊迫 2人死亡けが141人 最大余震(河北新報 4月9日付)
http://bit.ly/e7Y7Lo


 「地震で輪転機がストップした。店着時間が大幅に遅れるので緊急連絡を!」。日付を越えた8日の午前1時、発行本社の販売担当からの電話で「やっぱりきたか」と思いながら、さっそく担当する販売店の責任者へ電話連絡。ほとんどの責任者は事態の様子をテレビやラジオで確認していたようで、「よし、わかった」と迅速に社員へ連絡を入れてもらい緊急体制が敷かれました。私も1時30分には本社へ到着したものの、なんと停電で電話もネットも遮断され本社機能(連絡体制)がマヒしていました。道路一本隔てたマンションが煌々と明かりを放っているのに「なんで?」と思いつつ、上司や同僚らと携帯電話で連絡を取りながら安否確認と体制の立て直し。1店舗で水道管が破裂して店内が水浸しになり、複数店で窓ガラスが割れるなどの被害を受けました。
 新聞は約1時間程度の遅れで店着し、配達はスタッフの協力により比較的スムーズに終了。地元紙は7日深夜の地震を1面トップで報じましたが、全国紙は降版時間が早まっているため記事を差し込むことができなかったようです。朝日新聞は26日から稼働していた輪転機がストップし、一部の地域で昼過ぎから配達をしていました。産経新聞も20日から復旧した印刷工場が再び停止したとのことです。

 宮城県内にある全国紙の印刷工場(輪転機)の多くは「3・11大震災」で大きな被害を受け、福島や群馬などの印刷センターで刷ったものを陸送しています。編集と販売での綱引きがあるのでしょうが、降版時間を繰り上げて、できるだけ早く読者へ新聞を届けたいという気持ちと、可能な限り最新のニュースを掲載したいという気持ちとが入り混じっているのだと思いますが、あす11日付けは統一地方選(宮城県は延期)の投開票結果を掲載するため大幅に降版時間を遅らせるとのこと。都知事選がメインの選挙結果を被災地の方々が、どれほど紙面でその結果や解説を読みたいのか…。大幅に降版時間を遅らせる価値があるのかどうか、疑問が残ります。


* * *

 きょう、津波によって甚大な被害を被った牡鹿郡女川町にある梅丸新聞店(阿部喜英所長)へお見舞いと激励を兼ねて伺ってきました。ツイッター上で被害の状況や「配達を再開した」などのツイートを読んでいたのですが、「もう落ち着いたかな」と思いつつ、いてもたってもいられなくなり連絡を入れたところ、「いろいろな方と会うのは元気のもとになるので、ぜひお越しください!」との返事。販売店に必要な指サックなどの事務備品を持っていきました。
漁港跡.jpg 仙台東部道路から三陸道路を抜けて石巻市、女川町へと進むにつれて、津波による爪痕が尋常ではなく、街ごとのみ込まれたような状況でした。1ヵ月たった今も「街」の息遣いは感じられません。

 
 阿部さんの仮店舗で待ち合わせをして、津波の被害を受けなかったご両親のお宅へ案内され、いろいろと話を聞きました。地震直後から新聞配送と宅配の再開までのこと、配達スタッフの9割が津波で家を失くしてしまったこと、販売店の仲間がバイクを貸してくれたこと…。「約600件程度まで配達できる読者が戻ってきた。折込チラシが何とか戻ってくれば…」と阿部さん。経営者としての強さを感じました。


津波の被害を説明してくれた阿部さん.jpg 新聞を待っている読者がいる限り届けるという姿勢は、同じ販売人として本当に頭がさがる思いでした。また、このような時こそ発行本社からのバックアップが必要なのだとあらためて感じました。
 阿部さん、無理しすぎずに踏ん張りましょう! そして、必ず再生されることを願っています。
※「ここまで津波がきたんです」と被災前の女川湾の航空写真を指して説明してくれた阿部さん。

※県内の新聞販売店関係者被災状況(4月15日現在)   
死亡:店主 1名、店主のご家族 1名、従業員 19名
行方不明:従業員 22名+数名
店舗被害:津波による流出 16件、倒壊 3件、床上浸水 16件

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2011年04月01日

前へ、前へ進みましょう!

 いまだに余震が続き、酒を煽っても深い眠りにつけません。

 3・11大震災から20日目。あすから新年度だというのに、エイプリルフールでギャグをかます余裕もないというのが率直なところ。でも、津波の被害を受けた沿岸部地域でも生活が始まり、「新聞を届けてください」という連絡を受けるたびに「もっと大変な人たちががんばっている。へばってなんかいられない」と元気をもらっているこの頃です。

東日本大震災トピックス6 001.jpg 先週の日曜日は仙台市若林区で農業を営むお宅(2軒)へうかがって、瓦礫や不用品の撤去と畳あげなどの手伝いをしてきました。比較的津波の被害が少ないとはいってもそのお宅は床上1メートル程度浸水し、海岸線の松の木が窓を破って部屋の中に散乱していて足の踏み場もないほどでした。また、水田の土が押し流されたので粘土質の重たい泥が畳に付着し、一人では担げないほど重く作業はかなりハードなものです。あさっても同じエリアで後片付けなどを行う予定です。
 「ボランティア登録」などというと会社の許可がどうこうと面倒なので、休みの日にボランティア登録をしている友人の後に付いて(自転車で行ける距離)、指示されたことを黙々とこなしています。迷惑にならない程度に…。

東日本大震災トピックス6 006.jpg その仙台市若林区は今回の震災で延べ面積の57%が津波により浸水しました。その浸水したエリアのほとんどが農地(水田)で、農業を営んでいる住民もその多くが高齢者です。昼の休憩の時は、避難所から持ってきたしわくちゃの新聞を広げながら「しゃねぇな。前に進むしかねぇんだ」といって、スコップを握る。そう、立ち止まってはいられません。前へ、前へ進むしかないのです。
▽仙台・若林57%浸水 津波、内陸に最大4キロ(河北新報 3月29日付)
http://bit.ly/fH9hAW


*  *  *
東日本大震災トピックス6 010.jpg 先日、神戸新聞・DS労組の仲間が見舞いに駆けつけてくれました(河北新報労組へ訪問)。16年前の阪神淡路大震災で体験されたことと照らし合わせて、ツイッターなどのソーシャルメディアを活用して新聞社が積極的に情報発信できる優位性などについて意見交換をしました。同労組の長沼委員長は「16年前は新聞産業も販売、広告ともに上昇基調という後押しもあって、神戸新聞は経営的回復も比較的早かったのだろうと思う。しかし、いまは…正直厳しいと思う」。また、「震災で家を失い仮設住宅で暮らすお年寄りなどが孤独死をするという社会現象が起きた。被災者の心のケアも重要。人と人とをつなぐ、いろいろな場を提供することも新聞の役割だ」と語ってくれました。
 長沼委員長どうもありがとう!


 河北新報の紙面には阪神淡路大震災を経験された神戸市民からの応援メッセージが日々掲載されています。3月26日付の一部を引用します。


▽阪神淡路大震災で、生き地獄を体験しました。こんなことは二度と起きないようにと祈っておりましたが、再び大震災が起きてしまいました。生き残った方は、亡くなった方の分まで生き抜く義務があると思います。難しいかもしれませんが、「宿命」を「使命」に変えて、希望と勇気を持って立ち上がり前進してください。大丈夫です。神戸も完全復興しています。私も神戸の地から、自分のできることを実行していきます。(神戸市灘区・児島信子・主婦・52歳)


▽連日報道される惨状を見るたびに、阪神淡路大震災で家も何も全て失った自身の悲しみを思い出します。皆さんのつらさが共有できる神戸市民として、いち早く義援金に協力しました。被災したからこそ分かる生活用品など、救援物資を集めています。そしてこの気持ちは、全国民に広がっています。東北の方々は本当に我慢強いと思いますが、泣きたいときは我慢しないでくださいね。皆さんは独りじゃないってこと、お知らせしたくて。(神戸市長田区・山本和代・会社員・45歳)


▽16年前の大震災で自宅が全壊し、1カ月後、仙台に半年ほど単身で疎開しました。優しく温かく迎え入れてくれた仙台市、泉区、七北田中学校の皆さん、その3年後のインターハイで仙台に行ったとき、大きく記事にしてくださった河北新報さんにあらためて感謝申し上げます。まだ連絡が取れない友人がいますが、きっとどこかで無事に頑張ってくれていると信じています。(神戸市東灘区・鍵田祐子)


 口先だけではなく、まず行動すること。前へ、前へ進みましょう!

【追伸】
 仙台市内は都市ガスも復旧しはじめ、ライフラインがほぼ確保されてきました。食料品も種類さえ少ないものの不足なく流通網が機能しています。困ったことといえば、ガソリンの供給がいまだに安定していない事ぐらいです。
 全国の皆さまから生活支援物資などが送られています。今だけ委員長のところにも「何か必要なものは?」というありがたい連絡をいただくのですが、今回の地震災害の多くは津波によるものです。津波の被害を受けた沿岸部の被災者へそのような支援物資が届くよう、各方面の方々のご協力をいただきたいと思います。

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2011年03月26日

宅配網の維持 現場で汗流すスタッフと使用者との信頼関係が見えてくる

 東日本大震災(メディアによっては東北地方太平洋沖地震とも東日本大震災へ統一)から2週間、津波の被害を受けた岩手、宮城、福島の沿岸部地域に居住していた方々の避難所生活は続いていますが、沿岸部地域を除くと今週あたりから“被災前の生活”に戻り始めています。

東日本大震災トピックス4 001.jpg 食料品の調達も大手スーパーが営業を開始し、営業時間や購買量の制限はあるもの生鮮食料品も相当量流通してきました。都市ガスの供給も新潟からのパイプラインを利用し、当初の復旧予定よりも早まりそうだとのこと。そうなると一定のライフラインはすべて回復することになります。残るはガソリンの調達です。営業を再開するGSも増えてきましたが需給バランスが崩れており、夜中にタンクローリー車がGSへ横付けされているとの情報が流れると深夜から車の行列ができて、至る所で交通渋滞が起きています。給油ができたとしても20ℓの上限が設けられているため、給油できるGSを探し一晩中並ぶのに10ℓ使って20ℓ補給するというとても非効率な燃料調達のサイクルになっています。また、そのような燃料不足と交通渋滞などが原因で、全国から届けられた支援物資も必要としている沿岸部の被災者(緊急避難所)へ届かないという状況です。

 被災地というキーワードを岩手、宮城、福島という県単位の分類にせず、「津波の被害を受けた沿岸部地域」の被災者へ全国の皆さんからの支援を集中させる必要があると感じています。
▽偏る善意、対応苦慮 救援物資、需要とミスマッチ
(河北新報3月25日付)
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110325t13034.htm


 仙台市若林区にある深沼海岸にほど近い地域では、家屋の損壊が比較的軽度だった被災者が、避難所から戻って生活を再開しはじめる世帯が徐々に増えています。
若林区沿岸部A.jpg若林区沿岸部@.jpg しかし、そのエリアを管轄する販売店も大きな被害を受けたため、宅配網が機能しない状況になっています。そのため、今だけ委員長が所属する会社で一時的にそのエリアの新聞配達を担うことになりました。とはいえ、ゼロから新聞配達をスタートさせるのはそう簡単ではありません。読者台帳もない状況下では1件ずつ購読紙を聞いて回ることから始めなければなりません。きのう、私もそのエリアに出向いて読者台帳の作成に携わりました。被災者からは「ご苦労さまです。早く配達を再開してほしい」との声が多く寄せられる一方、「そんなところではない」と自宅に散乱する瓦礫を片付けながらやり場のない怒りをぶつけられる方もいらっしゃいました。
水田には海岸浜の松林.jpgここから復興が始まる@.jpg また、幹線道路は消防署や自衛隊の方々によって車両は通行できるものの、袋小路になっているところなどは瓦礫の撤去が追いつかず、明るくなってからではないと危険で配達ができない箇所もいくつかあります。そのような状況でも、自店の宅配網を維持させながら他店エリアの配達もこなしている社員の頑張りは相当なものです。これは暖かい部屋の中で指示を出すだけの人たちには計りしれないと思います。
※上記4枚の画像は配達再開するエリアの様子


 たかが配達、されど配達―。「ガソリンがないから配達できない」と宅配を一時休止する販売店もある一方で、ガソリンがなければ自転車や徒歩でも新聞を配り続ける販売店もある。でも配っているのは配達スタッフであり、その方々の責任感や所属する販売店(使用者)との信頼関係が醸成されているからこそ、欠配なく宅配網が維持されていることにほかなりません。このような緊急時にこそ、いかにその宅配網を担う配達スタッフを大切にしてきたかが販売店(使用者)に問われているような気がします。

posted by 今だけ委員長 at 13:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月24日

当たり前だが紙もネットも長・短所がある。要は発信側が信頼されるかどうかだと思う

 東日本大震災からちょうど2週間が経ちました。
 津波の被害を受けていない仙台市内では、今週から通常の生活へと戻りつつあります。といってもガソリンスタンドには長蛇の列が連なり、食料品を販売する全国展開する大型スーパーも不定期営業を余儀なくされています。3月11日以前の生活を取り戻すまでにはまだまだ時間が掛りそうです。
▽水道情報 
http://bit.ly/gk6NdY
▽電気情報 http://bit.ly/gzaLIP
▽ガス情報 http://bit.ly/easFQs   ※河北新報HPコルネットより

 今だけ委員長の近況は、この2週間まともな入浴をしていないことに加え、花粉症とバイクでの移動で砂埃をかぶり続けたため顔面が赤くただれ始めました。余計に?不細工な面構えになってしまいました(涙)。
 また、多くの仲間に元気づけられています。今週に入って、全国の新聞労働者(販売店の方からも)の仲間から電話をいただいています。「そろそろ落ち着いてきた頃だと思って連絡しました」と、それこそ北海道から沖縄まで多数いただきました。本当にありがとうございます。「がんばって!」というメッセージに勇気づけられています。

 今回の震災ではソーシャルメディアの活用がだいぶ評価されているようです。安否確認や物資調達情報、義援金の集約に至るまで、その役割が既に生活インフラに欠かせない存在のように多くのメディアで論じられています。
▽震災で重みを増したソーシャルメディアの役割/藤代裕之(日本経済新聞3月19日)
http://s.nikkei.com/h16owv

 今だけ委員長も停電中(4日間)はケータイとiPadでさまざまな情報を収集し、同級生やご近所同士の小さなコミュニティへの発信ツールとしてmixiやFacebookを活用していましたが、あまりレスポンスがないことに気づきました。ソーシャルメディアで情報を確認するより、友人からのダイレクトメールの方が「使える」というのです。今年44歳になる私の世代は2通り(ネット系に長けている人とそうではない人)に分かれると思います。「ネットはケータイのみ」という人は、多くのメディアで賛美されているようなソーシャルメディアの活用がされていないとあらためて感じました。当然、それより上の世代では、やはりマスメディアに頼る傾向が強いというか、特に停電中は新聞の存在がとても重宝がられました。
 震災から約1週間、駅売店やコンビニが営業休止していることもあって市内中心部で新聞販売をしました。おそらく定期購読をしていないだろう若者が「きょうの新聞ください。情報量は朝刊と夕刊でどっちが多いですか?」と言って新聞を買っていく姿が印象的でした。だからといってその若者が定期購読者になってくれるのかどうか分かりませんが、新聞の役割や価値のようなものは理解していただけたのではないかと思います。
▽紙面よりあたたかく感じる記者のブログ考(ふらっと3月20日)
http://bit.ly/eZuq5q


買い物代行ボランティアチラシ[1].jpg 震災後、住民同士が支え合う頼もしい取り組みも行われています。
 学生ボランティアが高齢者や体の不自由な方への「買い物代行」を立ち上げました。ですが、ネットだけの告知ではその対象となる方々には伝わらない。何とかならないかということで、「新聞折込」による告知の相談を受けました。社内申請をしたところ二つ返事で「協力しろ」ということで、チラシの印刷と新聞折込の協力をしました。あまり大風呂敷を広げても学生ボランティアの数やエリアは限られているため、高齢者が多い世帯をセグメントしてそのエリア(区域)に折り込みました。翌日、ボランティア代表の方から連絡が入り、さっそく十数件の問い合わせがあったそうです。

 震災による非常事態の時だから、紙や電波のマスメディアだけが万能だとも思いませんし、ネットを駆使したソーシャルメディアがあれば既存メディアはなくてもよいとも思えません。このような時代のなかで新聞社は、「紙でもネットでも」信頼される情報を送る(届ける)企業として生き残っていく必要があるのだと思います。そして、必ず人の手を介さなければならない「モノを運ぶ」という物流業務が、最も重要なのだと、被災地に居るとあらためてそう感じました。
* * * * *
3月17日朝刊.jpg 3月17日夕刊.jpg 3月18日朝刊.jpg
3月18日夕刊.jpg  
※河北新報社の了解を得て東日本大震災から1週間分の朝夕刊のイメージ画像をファイルアップしています。

posted by 今だけ委員長 at 22:18 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月19日

あらゆる手段を使って新聞を必要としている方々へ届けるのが販売労働者の使命

 東日本大震災から8日目。徐々に仙台市内のライフライン(電気・水道)が普及してきました。ですが、食糧不足とガソリンの枯渇現象によって、まだまだ市民、県民の生活は混乱しています。

藤崎前・被災情報インフォ.jpg 震災後、今だけ委員長は新聞配達や緊急避難所への新聞配布、市内中心部のデパート前での新聞販売に従事していました。駅売店やコンビニが営業休止のため新聞の入手も困難な状況であることから、被災者が駆け寄るように震災情報インフォメーション設置した被災地の写真に目を凝らし、机に積まれた新聞を手に取っていかれました。
 「生活情報は朝刊と夕刊でどちらが多く掲載されていますか」、「石巻市の記事が載っている新聞をください」など、食糧などを求めて仙台市内を往来する人たちの表情はとても険しいのでした。「テレビではなく、新聞で情報を確認したい」という市民の声を強く感じました。震災情報インフォメーションではネットでの情報提供も行いました。

全国紙系販売店・新聞をご購読の皆様へ.JPG全国紙系販売店・新聞ご購読者の皆さまへ.jpg また、販売店では配達に使用するバイクのガソリンが確保できない状況となり、配達の一時休止を伝えるチラシが新聞に折り込まれたところもあります。比較的普及率の高い地元紙は1区域あたりの配達範囲が狭域であるため、自転車や徒歩でも何とか配達をすることが可能ですが、全国紙の配達エリアは広範囲であることからバイクを使わないと一定の時間まで配り切れません。何とか全国紙専売店の仲間にも踏ん張っていただきたいと思います。


販売店 夕刊紙分け作業3月16日.jpg 私が勤める販売会社には発行本社からこんな通達が送られてきました。一部引用します。「・・・非常に厳しい状況かですが、我々には新聞を待っている多くの読者がいます。外部と連絡が取れずに不安な日々を過ごし、避難所に新聞が届くのを心待ちにしている被災者の方々がいます。一部の東京紙専売店は、ガソリン確保の困難さを理由に、数日中にも宅配を休止するようですが、我々には「職場放棄」は絶対に許されません。どんなに時間が掛っても構いません。自転車、徒歩などあらゆる手段を使って新聞を必要としている方々のもとへお届けするのが皆さんの使命です」(引用終わり)

 震災後、欠配もなく朝夕刊を配れているのは配達スタッフのおかげです。彼ら、彼女らがこのような状況下でも踏ん張っていただいているからこそ、新聞の宅配網が維持されています。司令塔としての意気込みはわかりますが、現場の状況を無視することなく適切な指示をしてもらいたいと思います。最大限の努力を現場ではやっているのですから…。

※寺島英弥さん(河北新報社編集委員)のブログ「Cafe Vita」で、『余震の中で新聞を作る』が連載中です。紙面では写しだされることのない現場の記者の苦労が感じ取れる人間味あふれるブログです。

http://flat.kahoku.co.jp/u/blog-seibun/


新聞労連・東海林智委員長と新潟日報労組の仲間.jpg【御礼】全国の新聞労働者から支援物資が届きました。
 3月18日、河北新報労組、河北仙販労組に対して、日本新聞労働組合連合(東海林智委員長)加盟の1地連(近畿地連)、6単組(毎日新聞労組、新潟日報労組、報知新聞労組、日刊スポーツ労組、神戸デイリー労組、京都労組)などから、生活支援物資を送っていただきました。心から感謝申し上げます。
* * * * * 

3月14日夕刊.jpg 3月15日朝刊.jpg 3月15日夕刊.jpg
3月16日朝刊.jpg 3月16日夕刊.jpg
※河北新報社の了解を得て東日本大震災から1週間分の朝夕刊のイメージ画像をファイルアップしています。


posted by 今だけ委員長 at 06:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月14日

東日本大震災 4日目の夜

 東日本大震災(マグニチュードは「9」へ訂正)から4日目の夜を迎えました。

青葉区国分町にある歯科医師会館.jpg 被災された皆さまは疲労と寒さと空腹に耐えながら、そして安否確認ができない親族のことを思いながら過ごされていると思います。私の親戚も津波に襲われ他界しました。それぞれ大変な思いをされていると思いますが、こんな時こそ冷静に、そして助け合いの気持ちを持ってこの難局を乗り切っていくしかありません。踏ん張りましょう。

藤崎前の震災情報インフォメーション.jpg この4日間、多くの皆さまから安否の確認や励ましの電話、メールなどをいただきました。しかし、すべての方に返事をすることができません。ごめんなさい。

『生きてるぞー、新聞を配っているぞー』これで今の私の現状をお察しください。


 震災の翌朝から新聞を配り続けているのですが、その本人があまり新聞を読んでいません。きょうでひと段落ついたので、じっくりと紙面(地元紙)を読んでみました。
北六番丁交差点で水道管が破裂.jpg 記事の多くは震災後に各地へ飛んだ記者たちの署名で書かれていて、知った名前も少なくありませんでした。震災後、私が担当する販売店へ「バイク(原付スクーター)を貸してください」と言って飛び出したまま、深夜まで帰ってこなかった記者。無事に帰ってはきたもののバイクは泥だらけ、何度か転んだのでしょうバックミラーがねじ曲がっていました。バイクの状態からその彼が書いた記事はすぐに分かりました。おそらく津波の被害にあった沿岸部へ非常線が張られる前に駆け付けたのでしょう。思わず目を覆いたくなるような記事と写真…。でも、これが真実を取材し伝えることなのです。

 現場の状況(情報)を伝えるために新聞社に勤める多くの人がそれぞれのポジションでがんばっている。その新聞を、彼ら、彼女らが書いた記事をできるだけ多くの方へ届けるために私たちもがんばらなければなららないとの思いと強くしました。

 今後、復興まではかなりの長期戦になると予想されます。自分ができ得る範囲で最善を尽くそうと思っています。ご支援をよろしくお願いします。
河北新報3月12日朝刊.jpg 河北新報3月12日夕刊.jpg 河北新報3月13日朝刊.jpg

河北新報3月13日号外.jpg 河北新報3月14日朝刊.jpg
※河北新報社の了解を得て東日本大震災から1週間分の朝夕刊のイメージ画像をファイルアップしています。

【追伸】

 沖縄在住の同級生がmixiでこんな要望を訴えています。「死亡者リストも重要なのですが今は、被災地内でも誰がどこにいるのか分からないのです。たまにテレビで映る避難所の入り口掲示板その内容が知りたい。どこに誰がいるのか知りたい」と。被災地に住む親族の安否を確認したい一心なのでしょう。個人情報を悪用されるケース(無人宅へ空き巣に入るなど)もあるのかもしれませんが、何とかできないものかと思案しています。

【追伸A】
 被災者が苛立ちはじめているように感じます。GSで給油待ちをしていたら「割り込んだ…」でケンカがはじまる。緊急避難所でも食事の配給は「子どもから」というルールを無視して我先に食べものを持っていく大人。私が担当する販売店でも水道のライフラインが回復したので、給水とトイレの解放を一般の方へ提供していたところ、節度のない行動を起こす人。マンション(20階建)のエレベーター休止しているのに「新聞は上まで持ってこい」という苦情(?)を言ってくる読者。きょうも、市内の百貨店前で新聞を販売していたら「こういう時はタダにするものだ」と大声を張り上げるご婦人。
 精神的に滅入って冷静さを欠いているのでしょうが、こういう時に人間の本性というものが見えてくるようにも感じます。

posted by 今だけ委員長 at 21:29 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月12日

東日本大震災 新聞販売店で働く皆さま「踏ん張ろう!」

 やっとネットにアクセスできる環境までインフラが整備されてきました。

 3月11日午後2時46分ごろに発生した東日本大震災(12日に改称)は、東北地方だけにとどまらず新潟や長野まで広範囲でその猛威を振るっています。まだ気持ちの整理もできておらず、被災時から一睡もしていないのでボーっとしているのですが、少しでもこの状況を伝えたい、そして記録に残したいと思いPCに向かっています。


 まずは、被災された皆さまには心からお見舞い申し上げます。


 まだ、配達中(昨日の夕刊配達中に起きたため)に被害に遭われた新聞販売労働者の情報は伝わってきませんが、無事であることを心からお祈り申し上げます。
 地元の仙台では地震と併せて火災ではなく津波による被害が拡大し、きょうの夕刊によると「死者・不明1100人超」ということです。阪神淡路大震災では配達達業務中に亡くなられた配達従業員もいました。安全対策をしっかりして、お互いに相手の気持ちを思いやり行動することが大切です。


 何はともあれ、私たち新聞販売労働者の使命は「正確な情報を配ること」です。生活インフラを断たれ、家族のことも心配ですが、踏ん張ってまいりましょう。

※きょうのトピックスをまとめました。
http://bit.ly/hR1Hw3

http://bit.ly/eHkRso

http://bit.ly/fRNHxi

http://bit.ly/fn7wWr

http://bit.ly/her5K4

http://bit.ly/enQB36

【追記】
▽世界最大級M9・0に修正 東日本大震災(北海道新聞 3月13日付)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/277684.html

posted by 今だけ委員長 at 17:28 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月27日

戦争を煽ったメディア「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ!」

 NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第3回 "熱狂”はこうして作られた」。じつに興味深い内容でした。ツイッターのタイムラインを眺めながら放送を見ていると多様な意見が論じられ、番組がさらに補完されていくさまを感じます。

 ツイッター上では新聞、ラジオに対する批判が多かったのですが、このような番組が放送されることや朝日新聞社が2007年4月から翌年3月まで夕刊に連載した「新聞と戦争」(のちに朝日新聞出版が発行)のように、各メディアとも自戒を込めた検証をしっかり取り組んでいることも知ってもらいたいと思います。また、当時の国民がメディアに何を求めたのかについてもしばらく考え込みました。国民の欲望に応えることで商業的な成功を得るメディアの構造も…。
 国家権力をチェックする役割がジャーナリズムであって、代表格が新聞であるとするなら、その新聞(経営者)をチェックするのはやはり新聞社の労働組合なのだろうと思います。自社の紙面について労働組合はどの程度関心をもって接しているのでしょうか。労働者の生活水準の維持ばかりが労働組合の役割ではないないはず。ともすると、既得権や収入増(広告費や部数)に熱狂してはいないだろうか、社内で異を唱える人がはじかれる社内体質を「個人の問題」と許してしまってはいないだろうか。
 販売労働者からこんな偉そうなことをいわれるとムカつく人がほとんどだと感じますが、もう特別な産業ではなくなっていることを自覚すべきだと思います。

 新聞社は「信頼」というキーワードで企業活動を続けていくしかないのだと、あらためて感じさせてくれた番組でした。
* * *
 きょう、各販売店への移動中、久しぶりにFMラジオを聞いていたのですが、詩人・茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」という作品が胸をうちました。ユーチューブをチェックしたところ、シンガーソングライター・鈴木君代さんがその詩に曲をつけて歌われています。
ぱさぱさに乾いてゆく心をひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを暮らしのせいにはするな
そもそもがひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ ばかものよ

 長いものに巻かれることなく、人のせいにすることなく、自分と向きあって信じた道を突き進め―。とてもよい詩です。
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2011年02月25日

「がんばる手に、“ありがとう”」いいコピーだなぁ

ユースキン新聞広告.jpg 「がんばる手に、“ありがとう”」のキャッチコピーがジワリと感動を与えてくれる広告です。きのうの全国紙に掲載されたユースキン製薬株式会社の全面広告には、お母さんや大工さん、自転車屋さんなど14職種の「手」がズームされ、「新聞の配達員さん」も紹介されています。

 新聞配達というと「届ける」仕事なので「足」をイメージするのですが、新聞のアンカー役として配達スタッフから読者へと、手と手で情報をつないでいるのだとあらためて感じます。インターネットのように光ケーブルや無線LANでつながれている世界と比べると、その範囲もスピードも到底かなうはずもありませんが、商品を届けることにその強みもあるわけです。

* * *
 最近、新聞販売界隈ではこんな話題が持ちあがっています。
 「きょうの新聞が必要なので500部用意してほしい」という電話が販売店にかかってくるというのです。でも、オーダーの電話だけで実際に新聞を取りにくるわけでもなく、在庫(残紙)の確認をしているようだ―というのです。誰がこのような電話をかけてくるのか。勝手に推測すると広告スポンサーか週刊誌系のライターのような気がします。
 大店を除けば1000部弱から3000部程度の扱い部数の販売店にそもそも500部の残紙が残っていること自体おかしな話なのですが、「いまから取りに行く」との電話に対して「いつでもお越しください」と答えようものなら「(過剰在庫が)あるんだ」となるわけです。
 販売店は在庫をお金に換えたいわけですから、このようなオーダーは願ってもないこと。でもその裏には何やらきな臭い調査の手が及んでいるかもしれません。そもそもそんなことが話題になること自体、おかしな話なのですが…。

 返品がきかない過剰在庫(押し紙)を減らせない新聞産業。過剰在庫が金を生む仕組みになっているので、なかなか無駄がなくなりません。

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2011年02月13日

買い物難民対策「家まで商品を届けよう」に新聞販売店の活用を!

 高齢者を中心に食料品などの日常の買い物が困難な「買い物難民」が深刻な問題になっています。核家族化が進み外出が不自由な独居老人世帯が増えていることや、地域商店の閉店による「シャッター商店街」、バスなど公共交通機関の不採算路線の廃止などがその原因です。
 全国に約600万人もいると言われる「買い物難民」の生活支援策として経済産業省では、「買物弱者応援マニュアル」を昨年12月に発表。インフラを構築するための助成金3億円(事業所への上限1億円)を予算化したことなどから、大手スーパーや広告会社に物流会社、IT関連の新興企業などが大きなビジネスチャンスと捉え、積極的な姿勢を見せているようです。


▽ファミマと毎日新聞が宅配事業の実験を開始・「買い物弱者」対策で(Garbagenews.com 2010年11月26日付)

 http://bit.ly/g9bIi7
▽「買物弱者応援マニュアル」(経済産業省 2010年12月10日付)
 http://bit.ly/eOaJj5
▽都市再生機構、NTT東やセブンイレブンと光回線を利用した高齢者向サ−ビス(マイコミジャーナル 2月2日付)
 http://bit.ly/dR1O2c
▽ヨークベニマル 組織変更ニュースリリース(2月7日付)
 http://bit.ly/i2qzq8
▽注文受け買い物代行 藤崎系スーパー 仙台・泉パークタウン(河北新報 2月11日付)
 http://bit.ly/gy0YeV

 新聞販売店にもいろいろなところからオファーがきているようです。販売店の得意とすることを5つくらいにまとめてみると@小回りのきく宅配網を有している(地域インフラ)A顧客のデータベースを所有B店舗(集荷拠点)があるC営業スタッフが宅配だけでなく集金も行えるD折込チラシなどとの連携―などがあげられます。既存のインフラに乗せるのが一番コストのかからない方法ということもあって、売上の減少に苦しむ販売店にとっても悪い話ではないはず、と提案してくる業者も少なくないと聞きます。
 ですが、この手の話は発行本社の許可なくしてできないことなので、「そんな副業を考える前に紙を増やせ(発行本社の方は読者とは言わずに紙といいます)」となる可能性の方が大きいと思いますが、販売店が物流会社として生き残っていくためのビジネスチャンスなのです。かなり前から言い続けていますがw
 そうだ、担当員を口説くのにこんな提案はどうでしょう。「食材を届ける際の宅配料を自社の新聞購読世帯は半額にして読者増を図る」とか。


 業界紙の東京情報(1月31日付)に、地域のスーパーマーケットと提携して食料品の買い物代行サービスをしている新聞販売店(福島県いわき市/YC平谷川瀬・福園雅博所長)が紹介されていました。「すかいらいなぁ」と名付けられたこのサービスは昨年10月からスタート。会員登録制ですが会費無料でなんと配達料も無料。提携するスーパー「スカイストア」からの手数料だけで、これまでのところ採算は取れていないとのこと。ほとんど読者サービスですね。
 サービスの仕組みは、@販売店が作成したカタログを見て会員(会費無料)は専門用電話に申し込む。申し込み時間は月・水・金の午前7時〜12時A販売店は注文をスカイストアへファクス連絡Bスカイストアは顧客別に袋に入れて販売店へ午後1時までに納入C注文を受けた商品を当日の午後2時〜4時に販売店担当者が届ける―というもの。
 カタログの末面にはミネラルウォーターやトイレットペーパーなどを掲載し、物販にも力を入れているそうです。新聞の主たる購読層であるシルバー世代にとってはありがたいサービスだと思います。


 もうひとつ、読売新聞販売店のネタですが、埼玉県所沢市内を配達エリアとする読売新聞販売店(16店舗)が、広告チラシ配送及びそれに付随する情報提供サービスとして登録者の自宅へ週3回、チラシをポスティングする「インフォメーションパック」を3月9日からスタートするそうです。リクルートの「タウンマーケット」がサービス中止をした分野に“もち屋”の販売店が乗り出してきた格好になるのですが、販売店が取り扱う広告チラシは「新聞に取り込んで届ける」ことを前提にしているので、インフォメーションパックを一つの媒体として登録、新聞とは別にチラシを受け付けているのかなぁ…その辺の問題をどうクリアしたのか興味のあるところです。でも広告主からすると「チラシが欲しい」という方に届けてもらえばよいわけですから、広告主に対するサービスの間口を広げたことは確かです。
 リクルートでは週1回しかできなかったチラシのみの宅配(無料で)を週3回配るYCの配達網のがんばりに期待したいと思います。1区域の配達部数に1割程度(1区域150部とすると15件)であれば通常の配達網に載せてもそう大きな負荷にはならないでしょうから。
▽インフォメーションパックHP
http://tz.i-pack.info/top.htm

posted by 今だけ委員長 at 00:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月10日

毎日新聞が全国紙から東京の地方紙になったと感じた瞬間

 毎日新聞社が昨年4月から共同通信へ加盟してから10カ月。予想をしていたことですが全国紙と地方紙の同一記事が掲載になりました。  
河北新報夕刊 2月9日付.jpg毎日新聞 2月7日付.jpg けさ、読者の方から「きのうの夕刊記事が2日前の毎日新聞と同じだが、毎日新聞から記事の提供を受けているのか」という問い合わせ。今だけ委員長の自宅でも毎日新聞を購読しているのですが、昨晩は知人と飲んで午前さま…。夕刊を読み損ねていたので気づきませんでしたが、確認をすると見出しは違えど記事内容も写真にカットまで同じものでした。夕刊編集部に確認をすると「その記事は共同配信のものだ」とのこと。

 今だけ委員長は地元紙と毎日新聞、日本経済新聞を自宅で、年末からお付き合いで朝日新聞を3カ月間会社で購読しています。子どものころからフツーに全国紙と地方紙が食卓にあったので同じような見出しでも「新聞によって中身(記事)は別もの」と思っていたのですが、共同加盟によって記事が重複してくるとなると、どちらかを止めなければと考えてしまいます。政治、経済、社会面は発表ものが多くなってどこも似たような紙面になっているので、文化・カルチャー面を重視していたのですが…。

 人員削減、取材網の縮小を余儀なくされ、共同再加入を決断した毎日新聞社。当然のことながら地方紙と紙面がかぶるとなれば、全国紙として地方での立ち位置が微妙になってくるでしょう。同一の記事を眺めながら「毎日新聞が東京(大阪・西部)の地方紙」になったと感じました。
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2011年02月06日

高田昌幸氏(道新)を講師に 新聞労連東北地連2011春闘産研集会

 「記者は集金をしてみるべきだ。読者とコミュニケーションが取れて、新聞に求めていることが聞けると思う」 久しぶりに聞いた高田昌幸さん(北海道新聞)の講演でのひとこと。販売側からすると「そうだ!そうだ」という内容でしたが、会場に集まった約90人の労組員(記者職)にはどう響いたのかなぁ。

 2月3〜4日に八戸市で開催された新聞労連東北地連の春闘産研集会に参加してきました。
 高田さんとお会いするのは6年ぶりでしたが、「記者の取材力が低下している」との核心を突く問題提起は、ダンディな口髭と同じで変わりません。「誰のために新聞を発行しているのか」を問い、記者クラブに依存した発表もので埋め尽くされている紙面を指して、「これでは読者は離れていく」とも。さらに、(ネットなどで)誰でも情報を発信できる時代になったけれど、新聞(記者)は報道するのが役割であって、報道とはプロフェッショナルが取材したものを伝えることだと。たたかっている人の話は心に響きます。

 このような集会は新聞産業が抱えるテーマを討論し、問題点を共有したり改善策を講じたりすることが目的のはずですが、集会を開催することが目的化してしまっているような印象も受けました。道を切り開いていくのは“自分たち”だという覚悟を持って、少しでも前進していきたいものです。


新聞労連東北地連 2011春闘産研集会アピール

 「無縁社会」という言葉がある。家族や地域との絆が失われ、人間の孤立化が進む現代社会を表す言葉だ。新聞業界が厳しい環境にさらされている今日、そうした言葉が出てきたことは、新聞というものを考える一つの手がかりになるのではないだろうか。
 新聞記事を書くということは、あることがらを読者に伝えたい、届けたい、つながりたいという思いから出発する。そして読者は、そうした記者の思いを新聞記事から読み取っているのではないだろうか。新聞には人と人、人と地域、人と社会をつなげる力があるということだ。「無縁社会」という言葉が出てきた今だからこそ、新聞の持つつなげる力を向上させる努力をしなければならないのではないか。新聞のつなげる力を信じたい。
 新聞労連東北地連は春闘産研集会を2月3日から2日間にわたって八戸市で開催した。
 販売正常化委員会は、新聞の信頼性に関わる問題の販売正常化の現状について、元新聞労連副委員長で河北仙販労組の小関勝也氏の講演を聞いた。小関氏は「販売正常化を進めることは会社の収益を揺るがす問題をはらみ、新聞社で働く者の労働条件にも大きく影響する」と指摘。押し紙に支えられている現在のわれわれの境遇を今後も享受し続けるのか、正常化を進め、新聞の信頼性を守るのか、どちらを選ぶのかが、われわれに問われていると問題提起した。
 新聞研究部は、「日本の現場 地方紙で読む」を編集された北海道新聞労組の高田昌幸氏と小関氏が「地方紙の将来像を探る」と題しパネルディスカッションを繰り広げた。高田氏は、発信ではない、報道とは何か、プロの記者には何が必要かなどについて、自らの体験に照らして語られた。地方紙にとって、「記者が地べたにはいつくばって取材をし、普通の読者に読まれる記事を書く努力が大切」とし、記者一人一人が取材する力を強化することの必要性を強調した。
 合理化対策部は、昨秋、各社に協力いただいたメンタルヘルス調査をふまえ、岩手医科大学精神科学講座客員准教授の鈴木満氏に調査結果について報告いただいた。新聞社ではここ数年、若手社員の中途退職ということが大きな問題となっている。新聞社という特殊な職場で働くわれわれのメンタルヘルスという、興味深いタイムリーなテーマを分りやすく解説していただいた。
 昨年の「失望を希望に、『おごり』を捨てて『誇り』を守れ」から一歩踏み出し、「誇りを守る地方紙の挑戦 多様化する情報産業」をテーマとした2011春闘産研集会では、挑戦するための武器となるさまざまなヒントを得ることができた。ここに集まった東北地連の仲間一人一人が、小さな一歩を積み重ね、少しでも前進していく努力を続けることこそが、新聞産業と働くわれわれの生活、ジャーナリズム精神を守るために求められているのではないか。厳しい道のりかもしれないが、今こそ、ともに手を携え、歩み続けよう。
2011年2月4日
新聞労連東北地連 2011春闘産研集会

デーリー東北 2月4日付.jpg
※デーリー東北 2月4日付

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2011年01月15日

新たなビジネス展開と効率化によるコストカット 新たな時代の新聞経営

 新たなビジネスモデルを模索する新聞社と効率的経営に踏み込む新聞社。
 既存のビジネスモデルだけでは先が見通すことができない新聞産業ですが、インターネットを駆使したビジネス手法にばかりに目が向いて右往左往している新聞社が多い中で、新聞社が有する情報コンテンツを活用して収入アップを狙ったり、新聞配送体制を効率化して経費圧縮に乗り出したりする新聞社も増えています。

▽朝日新聞社、リコーとビジネス向け情報配信サービス開始
http://www.asahi.com/digital/av/TKY201101130112.html
 クラウドコンピューティングを利用して、複合機へビジネス情報を送るという仕組みです。グーグルのアラート機能を個々の社員がPCへ設定して情報をキャッチするより、(まだ日本では)プリントされたものを上席者から序列判を押して職場内の情報共有を図るほうが現実的な事業所も少なくありません。
 朝日新聞社は、自社コンテンツからビジネス向け情報を選んでA4サイズにまとめた「朝日新聞ダイジェスト」や災害や大事件が起きた時の「速報号外」を配信。新サービスに参加した通信社や専門紙計10社は、自社の紙面イメージを配信したり、独自に構成したダイジェスト版や特集紙面を提供したりする―そうです。観光業、衣料、鉄鋼、建設、自動車、食品などの業界紙も参加するとなれば、かなりの需要が見込まれるのではないでしょうか。
参加社=配信商品名】化学工業日報社=化学工業日報ダイジェスト▽観光経済新聞社=観光経済新聞ダイジェスト▽環境新聞社=シルバー新報▽時事通信社=時事速報上海便、時事通信金融財政ビジネス▽繊研新聞社=繊研新聞ファッション通信▽鉄鋼新聞社=鉄鋼新聞ダイジェスト▽日刊建設工業新聞社=日刊建設工業新聞ダイジェスト▽日刊工業新聞社=日刊工業新聞ダイジェスト▽日刊自動車新聞社=日刊自動車新聞エコカー最新情報▽日本食糧新聞社=日本食糧新聞ダイジェスト


▽新聞配送、帰路に紙運搬 日本製紙と河北新報社
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/01/20110114t12030.htm
 新聞輸送車両の活用は昨年4月、朝日新聞社がパナソニックと提携して片道便であった新聞配送車両の往復便(ラウンド便)に取り組みましたが、河北新報社では岩沼市に工場を置く日本製紙岩沼工場で製造する新聞用紙のうち小型サイズの巻き取り紙を、帰路に積み荷が空となった新聞配送の3tトラックで、約30キロ離れた仙台市泉区の河北新報印刷センターに運ぶラウンド便をはじめました。これまで日本製紙が負担(紙代に上乗せしてあると思いますが)していたであろう新聞用紙の輸送料金も圧縮されるのでしょう(輸送量の約18%をラウンド便で対応する計画)。
 輸送会社の従業員の労働条件も気になるところですが、2006年4月から施行された「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)」(国土交通省)の一部改正により、一定規模以上の輸送事業者(特定輸送事業者)、一定規模以上の荷主(特定荷主)に対し、省エネルギー計画の策定、エネルギー使用量の報告の義務付け等の輸送に係る措置が新たに導入されました。それもあって、各社とも国土交通省へ何かしらのアピールをしなければならないという切羽詰まった状況も背景にあります。
 新聞配送は限られた時間帯に販売店へ新聞配送をするため、(積載量の問題もありますが)あまり効率的とはいえません。帰路も深夜時間帯なので荷受けをする物流センターも閉まっていますから、効率的配送システムは“言うは易し…”なのです。

* * *
 このほかのトピックスでは、専売店を持たない中堅規模の地元紙(完全セット販売)が4月から土曜夕刊を休止するようです。理由は広告が集まらないため紙代など制作コストの削減だとか。一部の経営幹部からは「夕刊廃止」まで話が出されたようですが、とりあえず土曜日の夕刊をなくして完全週休二日制に移行するとのこと。4月からということですが、当該の販売店では現時点で何も知らされていないようです。


 これまで経営状況が思わしくないと値上げで乗り切ってきた新聞業界(大手紙・地方紙)ですが、1994年以降17年間、値上げをせずに現状を維持することは不可能になってきました。環境が想像以上に変化してきたのだから当然なのですが、人口減、世帯数減、購読者減という市場(紙ベース)の先細りが予測されますが、守るべきものは死守しながら仕組みを変えていかなければなりません。

posted by 今だけ委員長 at 00:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月13日

前略 内山社長へ声なき声を伝えたい

 販売現場ではおとといから営業活動がスタート。以前は「松の取れないうちは営業へ行くものではない」と先輩から諭されたものですが、4日の仕事はじめから引っ越し業者が行き交い、フリーダイヤルにも「購読申し込み」が来るご時世。ライフスタイルの変化は昼夜だけではなく「盆暮れ」も問わなくなっていると感じます。

 各方面からの問い合わせもネット時代では昼夜を問わずメールに飛び込んできます。先日は東京都内のある販売関係者からこんな連絡が入りました。
 昨年9月から読売新聞社が改築のため大手町の社屋から銀座の仮社屋へ一時移転したが、仮社屋への新聞各紙の配達がそのエリアを管轄する各販売店から配達されるべきところを(これまでは丸の内新聞事業協同組合から一括配達していた)読売関連の即売会社(K徳社)から配達させていようだ。移転前の8月時点では各紙100部程度は発証されていたとあって、銀座エリアの関係販売店はそれを期待していたところ裏切られた形になっている。ある販売店主は『場合によっては訴訟も辞さない』といっているようだ―
とのこと。正月早々あまり穏やかではありません。


 まさか天下の読売新聞社がそんな姑息なことをするはずはないと思いますが、やり方次第では大口購読する企業(官公庁)が即売会社から納品を受けることも不可能なことでもない。例えばこういうことです。
 本来、即売会社は消費者への一般販売はできず、新聞を小売する店舗(キオスクやコンビニなど)へ納入する契約を新聞社と交わしているので、読売新聞社の各部署で購読する新聞の販売行為は基本的にできません。ただし、読売新聞社が社内に(偽装でも)社内売店(購買部)のような小売店舗を設け、そこへ各部署が買いに行く―ということも考えられなくもありません。即売会社は新聞を原価相当(7〜8掛け)で仕入れているわけですから、(情報提供者がいう即売会社が関連会社であればなおのこと)新聞社はこれまで支払っていた購読料を2〜3割コストカットできるとも考えられます。しかし、即売会社にも利益が出ないと商売にならないので、販売定価から原価を除いた3割の利益を1.5割ずつシェアすればメリットはあります。また、即売会社は「返品制度」もあるので(身内であれば)“ごまかし”もやる気になればできるわけです。ただし、誰も目から見ても不正常なことですね。


 一般常識からして新聞社が即売会社を経由して(理由は明確ではありませんがおそらく購読料の抑制)購読していることが事実であれば論外なこと。これが表面化すると官公庁など大量購入しているところからクレームも出るでしょう。内閣官房だけでも年間新聞代に4千万円を使い、その理由として「新聞は再販制度の対象であるため、競争性のない随意契約とならざるを得ないもの」といわれているのですから、こりゃ公取委も怒りますよ。
http://www.e-procurement-cao.jp/choutatsujouhou/pdf/2010.12.27%20na-2_01.pdf

 当該の販売店主は憤っているようですが、きちんと正規のルートを通じて改善を求めることが先決だと思います。「訴える」といっても、その理由が「本来得られるべき収入(購読料)が得られなかった」ということだけでは、ちょっと弱いような気もしますが…。


 ほかの新聞社の販売局などはどう見ているのかなぁ。ANY連合だから「知らぬふり」「さわらぬ神にたたりなし」なのでしょうか。このようなことを内山社長は知る由もないと思いますが、販売現場ではいろいろなことが起こっているものです。

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posted by 今だけ委員長 at 00:20 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

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