2008年04月17日

「もし、新聞がなくなったら」新聞をヨム日公開シンポ(其の四)

紙の新聞はなくなっていくのは確実じゃない

最相)
ちょっと長くなりますが、川邊さんがいらっしゃっているのでお伺いしたのですが、2006年にアメリカのファンドが毎日新聞が報道したある先物取引の記事に対して、名誉棄損の訴訟を起こしました。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、それが名誉棄損で1億ドル、日本円で115億円の提訴でした。しかも提訴されたのはニューヨークの連邦地裁で日本ではないんです。毎日新聞の記事なのに被害を被ったのはアメリカだからアメリカで提訴されたわけですが、これから情報が言語が違っても簡単にネットで翻訳できるわけですね。そうすると今まで司法取引として考えられたものが拡大される危険性が出てきていて、日本国内の場合は115億円提訴するために印紙代だけでも何千万って掛っちゃうのでなかなか起こらないと思うのですけど、アメリカではできちゃうわけです。この訴訟が最終的に非常に不可解な結末を迎えたわけですけども、情報が分散されている時期はこれからネット側のゴシップとしてもこれから捉えられていくべきではないか、そうした時にヤフーは名誉棄損であり著作権の侵害でありをもともとの情報を見せるだけとおっしゃいましたが、たとえが非常に重要な情報だった場合は、タイトルなんかも編集されると言われてましたが、そうしたら責任が全くないとは言えない時代になってくるのではないでしょうか。そのあたりを今の段階でどう考えていらっしゃるか伺いたいと思います。これは粕谷さんにも情報を提供する側としての意見を聞きたいと思います。
川邊)いまのは重要な話でして、ニュースのたてつけの話と問題が起きた時どう対処するかの2つあると思うのですけど、誤報や誤報に近い内容で記事に書かれた方が迷惑をされている場合、記事そのものを含めヤフーに出ているから多くの人が見て迷惑をしているんだということに関しては、最終的な責任のどうこう言う以前に記事提供者とヤフーとで協力して、すぐに状況の改善をしなくてはいけないと考えます。それはヤフーもひとつのメディアですので責任はあるかと思います。
 たてつけの話をしますと、いまヤフーはトップページにニュースが8本出ているんですね。(プロジェクターを使って)そのニュースをクリックしますと記事がありまして、これが時事通信の記事ですと本文にも明記しているわけです。この記事の内容に関しては、責任を取るにしても取るための裏付けがわれわれには出来ないという状況にあります。ここに書かれている内容がわれわれの中にデスクがあるわけではありませんし、記者がいるわけでもないので事実かどうかは判定できないんですね。それは情報提供元を信頼して出しているのが現状です。それで、ひとつあるとすればトピックスが8本で13文字の見出しになっているわけですが、基本的には見出しも情報提供元が出している見出しで出しているんですけれども、横13文字というのが決まってますんで、はみ出る部分はヤフーの方で見出しを書き換えています。見出しを書き換えていることと記事の内容が違って、それによって問題が生じてしまったということが起きた場合は、見出しを書いたりこのニュースを選んだ、あるいは記事の内容と見出しが全然違うというものはわれわれが書いているものですから責任はある程度あるのかなぁと考えています。
粕谷)新聞も当然コンテンツを提供する側ですから、どこで起きようと記事にはその社が責任を持っているわけです。わが社でも訴訟が起きる場合もありますけれども、それはそれでわが社の責任できちんと対応し、誤報であれば改めますし、そうでなければ法廷で争うことになると思いますけれども、いずれにしても新聞という商品として出した以上は発行本社が責任をとります。
橋場)これから新聞がどうあるべきかというテーマは大変難しい議論をいっぱい含んでいます。先ほど会場からは「新聞がなくなってもいい」という意見も出されましたが、よく吟味すると紙の新聞がなくなってもいい、だけどニュースがなくなるというわけではありませんよね。ネットの世界で事実ははきちんと伝えられていますが、そこでへニュースを提供しているのは新聞社(通信社)ですよね。つまり新聞社の役割がなくなっては困るでしょう。紙の新聞がなくなるかどうかというと技術の点から言うと微妙なところでしょう。ただニュースがなくなっては困るわけです。それをだれが担っていくのか。結局は新聞社は総合的な情報産業企業として何とか担っていかなければいけないのですが、先ほど話に出ていたように新聞社のニュースがネットで流れ、それはタダで見れるちゃう。紙の新聞を買わないでネットで済ませる人が増えてしまうという循環ができているわけです。
 今のところネット企業には記者もいないし取材力もないということで、私が言いたいのは新聞社がなければニュースは出てこないし、もとにあるニュースというものは新聞社が担うしかないのではないかということです。問題はおそらく会場からもあったし、若い人たちからの批判もあるのですが、ストレートな今日1日何が起きたというニュースのあり方ではなくて、解説とかニュースの見方について実は不満が起きているのではないか。若い人たちはそういうことで新聞を見なくなっているのかもしれない。これからの座標軸を考える場合にそういう新聞が皆さんの期待に応えていけるのかどうかが大きな問題だと思うんですね。
粕谷)業界というよりはわが社のことですけれども、編集改革の中で読者モニター制度を作りまして500人の読者に日々の記事を読んでいただいて、いろんなご意見をいただいてオンブズマン的な役割をしてもらっています。それは各社もそうやっていると思いますし、解説や事件の背景というものは、新聞社がさらに取り組んでいく必要がある。もう一つは調査報道と権力チェックの問題だと思います。リクルート事件を見ていただいてもお分かりのとおり、そのままにしておけば埋もれてしまったような、そういうものを一つひとつ掘り下げて、掘り起こして世の中に問うていくのは新聞社の取材能力であり大きな仕事の一つだと思いますし、日々それぞれが切磋琢磨していかなければならないと思っています。
 先ほども言いましたが私は新聞協会で編集委員会やっておりまして新聞協会賞の選考委員も行いましたけれども、年金の問題もそうですし未履修の問題も地方紙が最初に取り上げて全国に広げた。そういう意味では調査能力というのはこれからも新聞が生き残るために取り組んでいかなくてはいけないと思っています。
 もう一つ、日本の新聞社は90%以上が宅配であります。朝起きれば皆さんのところに雨の日も風の日も新聞が届いています。届けるために各社の販売店従業員43万人が全国にいて、その人たちが新聞の宅配網を支えています。それが他の国というかアメリカと違うのは、宅配網が日本の新聞を支えている。韓国とかオランダ、スイスも(宅配が)90%を超えていますけれども一番高いのは日本の宅配網であります。これを維持していかなければいけない。ネットと同じように朝、そして夕方にポストを見ると新聞があるというそういった文化を守っていかなければいけないのが務めだと思っています。ネットは立ち上げる時に起動時間がかかりますが、新聞は起動時間ゼロです。そういったものも大事にしてネットとの差別化を図っていかなくてはいけないということです。
橋場)読者に期待に果たして新聞は応えているのかということと、逆のことで何かありますか坂東さん。
坂東)新聞には直接関わりないのですけれども、先ほどの瀬戸内さんの講演でおかしかったのが、作家の人気なんて嘘ばっかりつく人が高いのよねという話がありましたね。じつは政治家の回顧録も同じでそんな立派な人だったのかなぁと読んでから思うのですけれども。いまの情報でコンテンツよりコミュニケーションへ移行していく中で発信する人たちが非常に優位になったわけですよね、一方で新聞のように発信するまでに手間暇かけて責任を取らなければならないメディアと、自由に何でも書ける人たちが数としては圧倒的に多いんですよね。責任も追及できないしブログ炎上とかを聞きますと誹謗中傷とか、それこそ日本人が劣化したという報道を見るたびに怒りに震えるんですけれども、自分が発信するということに対して責任を取らない人がネット上にかなり多いという怒りを感じています。そういう人たちに対して新聞のようなメディアがしっかりやろうとするならば、足がもたつくというかこの状況をいかに解決していくかということをあらためてお話を聞きながら感じました。
最相)これだけ若い人が読まなくなってきているという状況から、紙の新聞はなくなっていくのは確実じゃないかなと思うんですよ。私自信も仕事がなくなるので困るんですが、いかに紙の新聞を出し続けられるかということを整理していかないと、やはり難しいのではないかなと思います。
橋場)結局、新聞社のビジネスモデルにつながってくるのかなということ。
最相)私の住んでいるマンションで、あさ郵便箱に新聞が入っている部屋は4分の1です。そういう現状があります。
粕谷)いまオートロックのマンションが多くなってきて苦労しているわけですが…。いま各社とも顔の見えるニュースということで署名を多くつけていますが、紙の新聞が生き残るには読者に必要とされなければなくなってしまうわけですから、一つひとつの信頼をどう得ていくのかということで顔の見える、この記者がこんなことを書いているのかと分ってもらえる紙面を作っています。また権力監視についても新聞を読まなければ、あるいは新聞が報じなければこの国のこういった事は葬り去られてしまうことにならないよう一つひとつ積み上げて、そしてやっぱり新聞は必要なんだと読者に皆さまに思っていただかなければいけないと思います。
橋場)川邊さん。新聞社にはニュース提供をしてもらっているの立場なのですが、新聞ががなくなるという話の中で、ネットにはいろんな人が書いた情報が発信されていてかなり出来の良いレポートもあったりします。一方で2ちゃんねるというところでは罵詈雑言、批判というのもあります。そういうものをご覧になっていて、仕事でもうちょっと危機感を持ってもらえればいのになぁというものは何かありますか。
川邊)簡単に言いますとまだ紙の新聞にある情報でネットに出ていないものはいっぱいあるんですよ。それはいろんな理由があると思うんですけれども、それは出していただきたいなぁと。例えば「あらたにす」は私の拝見していますけれども、その中の書評であるとかそれぞれの論評も横並びで見れるものもあれば、ある新聞社のところだけはコンテンツが見れなかったりするわけです。雑誌的にはヤフー潰しだみたいなことを書かれるんですけれども、ネットに今までなかったコンテンツが「あらたにす」に出てくることにおいて、「あらたにす」が今後、いままで新聞社が紙に留保してしまっていた情報をネットに出していただけるんじゃないかなと期待しています。
(続く)


posted by 今だけ委員長 at 00:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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