2015年06月13日

「風化」という言葉がひとり歩きしている

 新聞は誰のためにあるのか―。
 東日本大震災では多数の新聞社、新聞販売店も甚大な被害を受けました。あの大変な状況のなか、新聞を作る側、届ける側の人たちは「誰のための仕事か」と、新聞産業の原点をバネに前を向いてふんばってこられたと思います。

敏郎さん.jpg 先週末、専修大学教授・山田健太さんの依頼を受け、ゼミ生30人を宮城県石巻市と女川町の被災エリアを巡るツアーをコーディネートさせていただきました。山田さんのもとでジャーナリズム論を研究する学生に4年経った被災地の“あの時”と“いま”を伝えるために、最初に訪れたのは児童74人が犠牲となった大川小学校。当時、6年生だった娘さんを亡くした佐藤敏郎さん(現在、小さな命を考える会代表、キッズナウジャパン事務局長)から「なぜ小さな命を守れなかったのか」を考えるお話をしていただきました。それは、講話というより「授業」そのものでした。流れ出る涙を抑えながら佐藤さんの話に聞き入る学生たち。真実と向き合う勇気を学んでくれたと思います。(その後、女川町を巡り、NPO法人「カタリバ」が運営するコラボ・スクール女川向学館を見学しました。ご協力いただいた皆さまへ感謝申し上げます)

 冒頭の話に戻りますが、ツアー初日の晩に石巻日日新聞社常務取締役で現在、「石巻NEWSee(ニューゼ)」館長の武内宏之さんから話をうかがう機会を得ました。ホテルの食堂で武内さんを囲み、3時間以上も繰り広げられた議論に学生たちの真剣さを感じました。

武内宏之.jpg 武内さんが繰り返し述べられていたことは、「誰のために新聞を作っているのか」、「『風化』しているとよく言われるが単語がひとり歩きしているのではないか」という2点。石巻市、女川町、東松島市で発行する同紙は地元に根ざした記事を発信し続けてきたことは言うまでもありませんが、震災後は被災された方の気持ちが前を向くような紙面づくりを心がけたそうです。また、震災後は発行部数も半減して経営的にも窮地に追い込まれるなか、被災者の生活を鑑みて購読料を500円引き下げるなど「地元の人たちと共に地域を作る新聞」を有言実行されています。
 学生からの質問に「4年経って風化していると言われているが」との意見に対し武内さんは、「私は震災後のTV取材などで『言葉を大切にしたい』と言ってきた。風化という単語のみで被災地の状況を一緒くたにされてはいけないと思う。地元の若い人たちも頑張っているし、遠方から足を運んでくれるボランティアの方もまだまだいる。これからだと思う」と語りました。

壁新聞 号外.jpg 翌日は武内さんが館長を務める「石巻NEWSee」を訪問(筆者は二度目)し、7枚の壁新聞(実際には8枚)を見学しました。一つひとつ丁寧に説明してくださる竹内さん。震災当時は報道部長として壁新聞作りの指揮をとられたとうかがいました。端々にガムテープの跡が残る手書きの紙面に「文字のチカラ」と「生活情報を丹念に伝える使命感」が伝わってきます。学生たちは1字1字を噛み締めるように新聞の原点ともいえる壁新聞を見入っていました。
NEWSee.jpg NEWSee 展示物.jpg
▽戦時中の伝説が生んだ壁新聞 「石巻日日新聞」常務取締役 武内宏之さんに聞く
▽誰のための取材なのか 大手メディアと石巻日日新聞の違い

posted by 今だけ委員長 at 08:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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