2015年04月02日

えん罪に立ち向かった河野優司さん「真実を貫き、最後まで諦めず、日頃の懸命さが自分を助ける」

 2007年に公開された映画「それでもボクはやってない」(周防正行監督)は、痴漢えん罪事件の容疑をかけられた時点で人権が無視される不条理な司法の実情を描き、「えん罪」という言葉を世に知らしめました。「推定有罪」。こんな言葉があるのだと不思議に思った方も少なくないと思います。
 この映画のモデルとなった方は1年6カ月の実刑(服役)を受けた後、「えん罪」を晴らそうと今年2月に再審請求したことも記憶に新しいと思います。
▽「痴漢は冤罪」と再審請求 周防監督「それでもボクはやってない」モデルの男性(産経新聞2015年2月5日付)
http://www.sankei.com/affairs/news/150205/afr1502050028-n1.html

 痴漢えん罪の多くは係争するよりも罰金を支払って解決するケースが多く、えん罪であるのに無実を証明する労力より罪を仕方なく受け入れる方が少なくありません。それだけ、着せられた濡れ衣(罪)を押し戻すことはとても難しいと言われています。

河野優司さん.jpg 2006年に起きた横浜市立高校・元教師の河野優司さんの痴漢えん罪事件。刑事事件では最高裁で有罪が確定し、えん罪を晴らすことはできませんでしたが、有罪判決を理由とした懲戒免職処分は不当として、横浜市教育委員会へ免職取り消しを求めた裁判では「元教諭に対する生徒・保護者の信頼や教育実践などを考えると、処分は重すぎ妥当性を欠き裁量権を逸脱している」と懲戒免職取り消しを勝ち取りました。
 河野さんはもとより、ご家族や「河野さんのえん罪を晴らし職場復帰を実現する会」がたたかった8年間は、私たちの想像を絶するものだったと思います。

 今だけ委員長が日本新聞労働組合連合の専従役員をしていた2007年春。霞ヶ関・東京高裁前でビラを配布する河野さんと初めての出会いました。神奈川新聞に勤める石川美邦さんを介して、えん罪事件でたたかっていることを知りました。専従の任期が切れて仙台に戻ってからも微力ながら署名活動やカンパの協力をさせていただき、送られてくる会報を見ては一喜一憂していました。一昨年11月に「免職取り消しの判決が確定」との会報が届いたときは、心の底から「良かった」とこみ上げる気持ちになったことを覚えています。

河野さん.jpg そして過日、なんと河野さんが私を訪ねてこられたのです。
 お互いに名前は知り得ているけれど8年近く時を経た再会でしたが、「一番つらく大変な時に支援をして※右側が河野さん もらってありがたかった」と河野さんが手を握ってくれた時、目頭が熱くなりました。短い時間でしたがいろいろと話をさせていただき、8年間のご苦労をあらためて感じました。「本人は絶対にやっていないからたたかえるけれど、家族は大変だったと思う」とても重い言葉でした。免職は取り消されたものの、教壇に再び立つことができなかった無念さも伝わってきました。

 昨年、11月11日付けの会報(最終号)に掲載された西村紀子弁護士のコメントが目を引きます。
「河野先生は、この間、教壇に立つことはできませんでしたが、この事件を通して、自身が多くを学ばれるとともに、弁護士を含めた周囲の関わった人たちに多くのことを教えられたのだと思います。真実を貫くこと、絶対に最後まで諦めないこと、日頃から一生懸命やってきたことが自分を助けること。私も学んだ一人です。河野先生に学んでいた生徒達も、この事件の結末を聞いて、そう感じているのではないでしょうか。これもまた『教壇』だったのではないかと思う今日この頃です」。

 河野さん大変お疲れさまでした

▽推定有罪って… 痴漢えん罪とたたかう著者に支援を(今だけ委員長ブログ 2008年3月27日付)
http://minihanroblog.seesaa.net/article/91234131.html
▽痴漢冤罪の元高校教諭・河野さん――東京高裁で逆転勝訴(週刊金曜日ニュース 2013年5月21日付)
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=3258
posted by 今だけ委員長 at 20:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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