2012年11月10日

東北六県の新聞販売店の被災状況報告集/2011.3.11新聞と新聞販売店は、そしてこれから〜

2011.3.11 東日本大震災―その時新聞と新聞販売店はどう動いたのか、
被災地の復旧にあわせ、
新聞と新聞販売店はどういう役割を果たしたのか、
読者からの声にどう応えたのか、
何が足りなかったのかなどを総括した。
参加者が東北六県の新聞販売店の被害状況をあらためて確認し、学び合うことで、事実や想いを後世に伝え、次の大災害に備えたい。
あわせて東北六県及び全国の新聞販売店に反省や教訓を発信した。
(「2011.3.11 新聞と新聞販売店は、そしてこれから〜」より)

 新聞販売.jpg
東日本大震災新聞販売シンポジウム(講演録)
発行 東日本大震災新聞販売シンポジウム実行委員会

 東日本大震災新聞販売シンポジウム実行委員会が監修・発行した「2011.3.11 新聞と新聞販売店は、そしてこれから〜」を読ませていただきました。当方のような下っぺにはこんな立派な冊子はいただけないので閲覧させていただいたのですが、今年7月24日に仙台市内のホテルで開催されたシンポジウムでの講演録や業界内部では超〜お偉い方々のあいさつが掲載されていました。
 このようなシンポジウムは内部だけでの発表会にするのではなく、一般の生活者の方々にも参加・公開した方がダーティーなイメージを持たれがちな新聞販売店のよいPRになると思うのですが…。内部資料にしておくにはもったいない資料集です。


 あすは、東日本大震災から1年8ヵ月目の月命日。ほとんどの新聞社が新聞休刊日(翌12日の新聞発行がお休み)で、11日に被災各地で行われるイベントや特集の発信は翌々日となります。
 「先の震災を風化させてはならない」という言葉を発せられる被災された方が、まだまだ多くいらっしゃるのですがその言葉を取り上げる(取材する)マスメディアの側にいる人たちの感覚によって、被災地で避難生活されている方々が発する言葉の浸透が上下するものです。被災地の、被災された方の声を代弁する人や組織が本当に被災された方に寄り添っているのかどうかが問われてきているのだと思います。
* * *

共 同 宣 言

 2011年3月11日午後2時46分。
 この日、この時刻を境に東北を、日本を取り巻く環境は一変しました。東日本大震災は全国で約1万6千人の命を奪い、1年4カ月がたった今も約3万人が行方不明のままです。家族や仲間、生まれ育った地域や家…。一生懸命築いてきた人間の営みが、一瞬にして奪われました。東京電力福島第一原発の事故は、多くの人の暮らしを壊しました。悲しみ、悔しさ、やり場のない怒りから、東北の人々はいつ開放されるのでしょうか。
 大震災翌日、凸凹になった道路を通って新聞を積んだトラックはやってきました。「みんな情報が欲しいはず」と避難所から駆け付けてくれた従業員・配達員がたくさんいました。記者が危険にさらされながら書いた記事を、わたしたちも命がけで届けました。
 「ねむれずに過ごしていたときに、ポストに新聞が入る音を聞いて涙が出ました」。そんな感謝の声を、読者からたくさんいただきました。「新聞屋をやってきてよかった」と心から思えた瞬間です。大きな誇りともいえます。
 感謝の声を寄せてくださった人々の多くは、まだまだ苦難の中に身を置かざるを得ません。大震災以降、東北において新聞は水道や電気と同じライフラインとしての重要な役割を担っています。東北復興のため、東北の人間がこの地に暮らしていて良かったと再び思える日を迎えるため、系統を超えて新聞販売界が一丸となって取り組むことをここに宣言いたします。


 2012年7月24日  東日本大震災新聞販売シンポジウム

 
posted by 今だけ委員長 at 07:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介
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