さて、新聞社に勤務する知己がフェイスブックで以下の投稿をしていました。
(以下、引用します)
「販売正常化」、日暮れて道遠し。
何らかの措置を講じようかとも思ったんですが、「報復」の可能性もあり、躊躇しています。
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先日、おいた叔母を訪ねた。弱視で、日常生活はできるが、活字メディアは読めない。
「何かの間違いでは!?」と驚いて尋ねると、あまりに勧誘がしつこく、断り切れなかったので、3ヵ月限りで購読を約束したのだという。目を通すことができない「商品」を、それでも買わざるを得ないところまで、追い詰められたのか。
脱力感と無力感と憤りが襲ってきた。「新聞」にかかわっている自分を恥じた。このような状況を変えられずにきたのは、「業界」すべてなのだ、結局。身内がこのような目に遭うと、かえって、自分自身には「特定の社、特定の販売店、特定の拡張員の問題だ」という言い訳は、逆に通用しない。
…。前へ進むしかない、と分かってはいるが…。(引用終わり)
何度か読み返してみて、何とも言えない深いため息のでる話です。
こういうことが日常茶飯事起きている新聞販売の現状ってやはり異常だよなぁ。自分もその渦中にいますが、販売労働者は「理性など持っちゃいけない」と言わんばかりに「ロボット」のように扱われているのが現状です。発行本社の号令によって「目標○○万部!」と何の根拠もない目標(ノルマ)が独り歩きし、要求される数字をあげないと罵声が飛ぶ。改廃されてはたまらないと、言われるがままに紙を抱える…。
こんなこと繰り返していて業界の将来があるのかぁーと心の中で叫んだところで何も変わらない。変えようとする人はこの産業にはいないのだと思った方がよいのかもしれません。
でも、でも…。自分には少しばかりの理性はある。振り返ってみると子どものころからよく父親に「嘘だけはつくな」と言われたものです。貧しかったけど、「嘘は泥棒のはじまり」との思いから、嘘をついてまで自分の私腹を肥やなんて許せないと思ってた。そして、今では娘に対して「嘘はつくな」と口酸っぱく言っている自分。
嘘だらけの新聞産業、だれも責任を取らない産業のその構図は滑稽としか言いようがありませんが、諦めることなくチャンスを待つしかないのです。「青臭い馬鹿なヤツ」と言われようが、嘘つきにはなりたくないのです。しつこく、粘り強く…。