2011年02月06日

高田昌幸氏(道新)を講師に 新聞労連東北地連2011春闘産研集会

 「記者は集金をしてみるべきだ。読者とコミュニケーションが取れて、新聞に求めていることが聞けると思う」 久しぶりに聞いた高田昌幸さん(北海道新聞)の講演でのひとこと。販売側からすると「そうだ!そうだ」という内容でしたが、会場に集まった約90人の労組員(記者職)にはどう響いたのかなぁ。

 2月3〜4日に八戸市で開催された新聞労連東北地連の春闘産研集会に参加してきました。
 高田さんとお会いするのは6年ぶりでしたが、「記者の取材力が低下している」との核心を突く問題提起は、ダンディな口髭と同じで変わりません。「誰のために新聞を発行しているのか」を問い、記者クラブに依存した発表もので埋め尽くされている紙面を指して、「これでは読者は離れていく」とも。さらに、(ネットなどで)誰でも情報を発信できる時代になったけれど、新聞(記者)は報道するのが役割であって、報道とはプロフェッショナルが取材したものを伝えることだと。たたかっている人の話は心に響きます。

 このような集会は新聞産業が抱えるテーマを討論し、問題点を共有したり改善策を講じたりすることが目的のはずですが、集会を開催することが目的化してしまっているような印象も受けました。道を切り開いていくのは“自分たち”だという覚悟を持って、少しでも前進していきたいものです。


新聞労連東北地連 2011春闘産研集会アピール

 「無縁社会」という言葉がある。家族や地域との絆が失われ、人間の孤立化が進む現代社会を表す言葉だ。新聞業界が厳しい環境にさらされている今日、そうした言葉が出てきたことは、新聞というものを考える一つの手がかりになるのではないだろうか。
 新聞記事を書くということは、あることがらを読者に伝えたい、届けたい、つながりたいという思いから出発する。そして読者は、そうした記者の思いを新聞記事から読み取っているのではないだろうか。新聞には人と人、人と地域、人と社会をつなげる力があるということだ。「無縁社会」という言葉が出てきた今だからこそ、新聞の持つつなげる力を向上させる努力をしなければならないのではないか。新聞のつなげる力を信じたい。
 新聞労連東北地連は春闘産研集会を2月3日から2日間にわたって八戸市で開催した。
 販売正常化委員会は、新聞の信頼性に関わる問題の販売正常化の現状について、元新聞労連副委員長で河北仙販労組の小関勝也氏の講演を聞いた。小関氏は「販売正常化を進めることは会社の収益を揺るがす問題をはらみ、新聞社で働く者の労働条件にも大きく影響する」と指摘。押し紙に支えられている現在のわれわれの境遇を今後も享受し続けるのか、正常化を進め、新聞の信頼性を守るのか、どちらを選ぶのかが、われわれに問われていると問題提起した。
 新聞研究部は、「日本の現場 地方紙で読む」を編集された北海道新聞労組の高田昌幸氏と小関氏が「地方紙の将来像を探る」と題しパネルディスカッションを繰り広げた。高田氏は、発信ではない、報道とは何か、プロの記者には何が必要かなどについて、自らの体験に照らして語られた。地方紙にとって、「記者が地べたにはいつくばって取材をし、普通の読者に読まれる記事を書く努力が大切」とし、記者一人一人が取材する力を強化することの必要性を強調した。
 合理化対策部は、昨秋、各社に協力いただいたメンタルヘルス調査をふまえ、岩手医科大学精神科学講座客員准教授の鈴木満氏に調査結果について報告いただいた。新聞社ではここ数年、若手社員の中途退職ということが大きな問題となっている。新聞社という特殊な職場で働くわれわれのメンタルヘルスという、興味深いタイムリーなテーマを分りやすく解説していただいた。
 昨年の「失望を希望に、『おごり』を捨てて『誇り』を守れ」から一歩踏み出し、「誇りを守る地方紙の挑戦 多様化する情報産業」をテーマとした2011春闘産研集会では、挑戦するための武器となるさまざまなヒントを得ることができた。ここに集まった東北地連の仲間一人一人が、小さな一歩を積み重ね、少しでも前進していく努力を続けることこそが、新聞産業と働くわれわれの生活、ジャーナリズム精神を守るために求められているのではないか。厳しい道のりかもしれないが、今こそ、ともに手を携え、歩み続けよう。
2011年2月4日
新聞労連東北地連 2011春闘産研集会

デーリー東北 2月4日付.jpg
※デーリー東北 2月4日付

posted by 今だけ委員長 at 22:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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