何度も言っているのですが、新聞の特殊指定は存続してもらいたい。でもそのためには、もっと読者から理解を得るように「暗」の部分を正して行かなければならないー。情報の寡占化を防ぐためには、多様な言論機関が必要なのは言うまでもありませんが、新聞全体が今回の特殊指定に関して言えば「情報を寡占状態」にしているとしか受け取られません。
今回の毎日新聞の社説を読む限りでは、公正取引委員会の竹島委員長を「よほどの権力者」という印象を抱かせる内容でしたが、公人とはいえ、あまりにも個人攻撃の色あいが強いと違和感を覚えます。
新聞協会(協会長は毎日新聞社の北村社長)も公取委に対して「戸別宅配網の維持のため…」としか説明できていないようですし、ブログからの発信で「頑張れ!竹島公取委委員長」という世論も強まってくるでしょう。毎日新聞の特殊指定に関連するシリーズは、ある意味で「毎日だから」できることだったのかもしれませんが、逆効果だったように思います。
新聞特殊指定が改廃されたら新聞社の経営もひっ迫(もちろん販売店の方がもっと搾取されて先に潰れますが)するでしょう。しかし、新聞人として、言論機関としての役割を果たすために経営を考えるならば、「中身の改善」はもっと出来るはず。非効率な専売店をメンツだけで維持していたり、歩留まりの悪い過剰な景品提供に読者もうんざりしていたり、無駄な押し紙と紙代・広告費の関係など、もっと経営効率を図れる術はあると思うのですがねぇ。
最近は「ヤクザが新聞をつくって、インテリが売っている?」ように感じます…。もっと自らの襟を正しましょうよ。
毎日の記事、読みました。トップと接触できて、ある意味チャンスでしたが・・・委員長さんが指摘するとおり、逆効果になってしまった気がします。残念です。
最近、文脈も乱れ気味でスミマセン…。
『ペンの力』で何でもできるとと勘違いをしている新聞経営者は多いのかもしれませんね。でも読者の声を聞いている経営者や労働者はどのくらいいるのでしょうか?疑問です。新聞の役割ってなんだろう。もう一度定義づけ(社内検証)をして再生への道を辿って欲しいーそう思います。
「攻守逆転」は今のところ無理でしょう。だって新聞側(私も新聞側の人間ですが)が、全く核心の部分に触ろうとせず「特殊指定の議論から7年間、なんら問題がなかったのだから特殊指定の見直しは論外」という姿勢を崩していないからです。“なんら問題がない”いまの販売実態を「問題ない」とすることが新聞社の常識であるならば、何の進歩もない議論だったと…怒りを通り越して、悲しい限りです。
それよりも、巷で話題の「阪神電鉄と村上ファンド」の議論もネットで展開され、テレビなどがその後追いをしているように思います。一時的な報道(発表)はどうしても新聞等に頼らざるを得ませんが、問題点の議論展開は紙面ではなくネットに移っているーというか、情報を得る側と同じ目線で話が展開されないと面白くないのだなぁと感じます。「読者と同じ目線」4月から大手各紙はそれを勘違いして、より簡単に紙面へと刷新したと伝えられています。読者を馬鹿にするのも程があるーと思うのですが。
新聞業界の裏話、なかなか興味深い話ですね。ネットでニュースを読んでいたら、「再販制度」と「特殊指定」の話が頭の中でごちゃごちゃになってわからなくなってきたので検索していたところ、こちらのページと出会いました。
ほかの日の記事も拝見したのですが、何度読み返してもやっぱり新聞業界の意見に正当性が見いだせません。
新聞販売店の方が朝早くから過酷な労働についていらっしゃることは重々承知しておりますし、記者の方も日夜駆け回って記事を書いてらっしゃることには敬意を表します。
私は新聞の休刊日はそわそわしてしまうくらいに新聞が好きなのですが、それでも、特殊指定の維持の必要性がわかりません。特殊指定がなくなると個別配達制度が崩壊するというのは極論じゃないでしょうか?それとも、大変失礼な書き方ですが、新聞はそれほどまでに必要とされていないものなのでしょうか?(もし、再販制度が骨抜きになればの話ですが)価格競争はどこの業界でもある話ですし、過去の例をみても保護されてきた業界はやがて廃れていくことがはっきり証明されていると思います。
それに、これは販売店の方にいうべきことではありませんが、今まで規制改革をさんざんもてはやしておいて、自分の業界であれば紙面を大きく割いて反論するというのも社会の木鐸にふさわしい行動とも思えません。論理的に反論しているのならともかく、今の状態では特殊指定廃止を巡る新聞業界の反論は国民の知る権利にかこつけて業界の利益を保護することしか見えてきません。(といっても私が購読しているのは日経だけなので他社さんは知りません。もし、日経だけが特別ひどいのであれば、浅はかな意見を申し上げたことについてお詫びします。)
これからテレビのデジタル化が普及すればEPGによりラテ欄のためだけに新聞を取るという人は減るでしょうし、全社横並びでは新聞を取り巻く状況というのはもっと悪くなると思います。休刊日もしかりです。
大変個人的なことで恐縮ですが、前述のように私は日経しか購読しておりません。本当はもう一紙全国紙も読みたいのですが、ほかに中道新聞が見つからないので読めないんです。私の感性がおかしいだけかもしれませんが、4つもあるのにそう思う客がいるという今の新聞業界は異常だと私は思います。
新聞業界も、そろそろ変わるべき時ではないでしょうか。今変わらなければ、やがてつけが回ってくると思います。
乱文失礼しました。
ご指摘の通り、特殊指定の問題と戸別宅配制度の崩壊を強引に結び付けている業界の主張は間違っていると思っています。現行の新聞のスタイル(地方紙は共同通信や時事通信から国際・全国の記事配信を受けて紙面をつくる)を維持するため(新聞社に働く方の賃金が高いと言う指摘もありますが)に、日々行なわれている愚行なセールスが読者からの信頼を失っているのも事実。新聞社の収入構造は「部数拡大」でしか見出せないのがその理由です。
「価格競争」。特殊指定は新聞社や販売店の「読者への差別定価(値引き)を禁止」しているものですが、再販制度(新聞社が販売店に対して定価販売を守らせるもの)があれば、おかしなことは起きないーと公取委も述べています。でも各社とも経営を維持する?ために部数を伸ばす目的で価格競争に踏み込んでくることは間違いありません。それも世帯数が増えて部数を伸ばせる可能性のある地域を限定して、その地域でシェアの高い新聞社を潰す戦略を立ててくるでしょう。全国紙(攻める側)と地方紙(守る側)の構図で考えても資本の力には敵わないと思うんです。それよりも経営的に厳しい毎日を狙って、朝日、読売が仕掛けてくることの方が早いかもしれません。
いくらやすい新聞が売られても、慣れ親しんでいる新聞を切り替えないーありがたいことにそれも事実ですが、そのような仕掛けでゼロにならなくても2割の読者が減ってしまったら、攻められた側は「現行の新聞のスタイル」は維持できなくなると思います。題字は残ったとしても大手紙の傘下に組み込まれ、編集権も奪われてしまい、より一辺倒な紙面、情報の伝え方も寡占化すると思います。そうなると新聞社の統廃合が進み、日本には朝日と読売そして日経?の3紙しか残らない。あとは地方の記事を配信する請負通信社(地方紙)やネット媒体を使った事業に転換していくのかもしれません。いずれにしても言論機関の縮小となります。
私はいろいろな批判はありながらもこれまで新聞が果たしてきた役割は大きかったと思います。捻じ曲がった社会にある問題を指摘し、政治家の汚職を暴き…それが新聞の役割であったと多くの読者も感じていたのではないでしょうか。でも今はその役割が果たせているとは思えない。だから再生というか、復活というか…業界構造の問題を手術することを優先するべきだと思っているんです。役割を果たしていない新聞は要らない。では今の生活で(大きく言えば日本に)そのような機能がなくてもよいのか?官僚やアメリカなどに今以上に情報を操作される可能性を心配しないのか?ネット上の各ポータルサイトでトピックスを見たり個人発信のブログで事足りるのか? 「それで十分」であれば議論の余地はありませんが…。
各紙の特殊指定の伝え方は酷いのですが、今のおかしなところを正そうという議論ではなく、そんなおかしな新聞の既得権など必要ない、いわば競争原理の中で潰れる新聞があっても仕方ないという議論で果たして良いのかなぁ…と私自身は思っています。
だいぶ長たらしく、まとまりのない「言い訳」で申し訳ありません。「特殊指定の維持の必要性」は、自問自答すればするほど頭が痛くなってしまうのですが、新聞販売店に働く46万人の労働者のためにも「必要だ」と叫び続けるしか私の能力的には目一杯です。