2010年08月28日

地方紙の存在を改めて市民に知ってもらうために世に送りだされた一冊!

  日本の現場.jpg
日本の現場(地方紙で読む)
編者 高田昌幸・清水真(旬報社)2,625円


 600頁を超す分厚い本なのにサクッと読み終えました。やはり新聞記事というものはよく要点が整理され、文章にムダがありません。取材した記者の原稿はもっと膨大であっただろうに、整理部門の手に掛ると新聞紙面という限られたスペースの中で、読者の側に立って読みやすく記事をまとめてくれるのでしょう。小ブログのようなダラダラとまとまりのない文章とは違い、やはり“プロの技”なのだと感じました。


 本書は2008年末から09年11月の約1年間に地方紙(30社)の記者が取材し、紙面に連載(トピックス)された記事を、北海道新聞社の高田昌幸と清水真の両氏が数百本の記事からピックアップしたものが納められています。その数52本。
 編者の高田氏は「はじめに」のなかで、「同じ地方紙で働く多くの方々に対しては、ある意味、非常に不遜な行為だったのかもしれず、最後まで、居心地の悪さは消えなかった」と書かれています。「ここに収容されなかった記事の中にも、優れた内容のものは、それこそ無数にある」とは当然のことで、高田氏と清水氏の主観でピックアップ(いわばより多くの人たちに読んでもらいたいと思った記事)されたものだから「読む価値がある」と感じる方も少なくないと思います。「あの高田さんが選んだ新聞記事ならば…」と。


 どの記事も「地方には地方の問題が存在し、地方の目線で社会(地域コミュニティ)へ問題提起(コミット)していく」という地方紙記者のスタンスが鮮明であることに気づきます。ほとんどが署名記事なので旧知の記者も3人ほどいらっしゃいました。


 共著者の清水氏が「地方紙の存在証明」という論文を寄稿しています。清水氏が地方紙記者との会談の場で感じたことが「自分の書いた記事を他の地域の人に読んでもらえたら」という思いを強く持っていることだといいます。清水氏は「インターネット上で読めるニュースは、とても短く本数も限られていると同時に、実は地方紙からの配信は少ないことがわかる。日本の新聞社はインターネットから遠ざかっている」と指摘。部数減や広告減で厳しい経営にさらされている新聞社が、技術的(課金など)にインターネットを活用できる環境を構築するのは別な場で議論しなければならないとしながらも、取材報道の観点から、地方紙が果たすべき役割を問い直す必要があると言及しています。
 清水氏とは4年ほど前に立教大で開いたローカル・メディア・ネットワーク主催のセミナーでお世話になったことがあるのですが、やはり新聞を愛している方なのだとあらためて感じました。


 毎日発行される新聞。そしてその新聞を構成している記事(最近はコンテンツなどといわれていますが)は、時風を見極めながら「紙」にパッケージ化されて定期購読者へ届けられます。それがインターネットでひっきりなしに記事だけが洪水のように流れるようになると、感動して元気が沸いたり、人生を大きく左右するような記事との出会いが逆に少なくなっていくように思います。
 この本が訴えているように新聞は日々の事象を伝えることばかりではなく、記者が伝えたいこと、伝えなければならないことを地域住民の目線で問題提起がされているはず。それは行き着くところ、住みよい街づくりへのコミュニケーションツールとしての役割も新聞は担っていると思うのです。


※高田昌幸さん(著者)から謹呈していただきました。感謝!

posted by 今だけ委員長 at 00:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | 書籍紹介
この記事へのコメント
高田昌幸です。「日本の現場 地方紙で読む」を紹介していただき、ありがとうございました。
Posted by 高田昌幸 at 2010年09月06日 09:17
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