このブログでも複数の方とやり取りをしながら自分なりに感じたことをまとめてきましたが、毎日新聞や共同通信のOB会有志からも今回の毎日共同の提携問題について意見を求められ、以下のレポートを提出させていただきました。
桂敬一さんの原稿を拝見してまず思ったことは、ネットメディアを住みかにしているフリーランスの言葉かな?と感じてしまったことです。それだけ桂さんの考察も時代の変化とともにカスタマイズされ、柔軟に新聞産業の将来を予見されている発想に共感する半面、新聞社の経営問題とジャーナリズムは誰のために担うのかという問題の整理し、掘り下げて論じていただきたいと思います。(注:桂さんの原稿はいずれ発表されると思います)
今回の毎日新聞社の共同通信加盟についての感想は、個人運営のブログ(新聞の違いは題字だけじゃない/毎日新聞社 58年ぶりに共同通信社へ再加盟)で書きましたが、毎日新聞社の朝比奈社長は「提携に伴うリストラは考えていない」と述べていますが、やはり取材拠点をスクラップすることであり総人員の縮小でしかありません。取材拠点を縮小することは取材対象者のみならず、地域の生活者との接点を希薄にしてしまうことを意味します。
全国紙が地方紙の独壇場のエリアに取材拠点を置くことは、確かに企業活動として収益を上げる目的もありますが、地方紙と対極にあることによって(地方行政との癒着のチェック)、緊張感が育まれ紙面研磨がされることも大きな要素だと考えています。それは読者にとって間違いなく有益なことです。よく、全国紙と地方紙の両方を購読して記事の違いを考えてみなさいと言われたものです。新聞の違いは題字だけじゃないと…。
共同配信や一部の地方紙と記事配信の提携をすることは、やはり記事が画一化されていくのだろうと思いました。確かに新聞紙面のコンテンツは生ニュースばかりではありませんが、読者の関心が一番高い地元ニュースはそれぞれの記者の事象をとらえる感性であり、記事化されるまでの取材の積み重ねが感じられる記事に読者は共感するわけです。取材拠点の縮小はやはり読者の新聞離れをより加速させるのだと思います。
それでは、地域におけるジャーナリズム活動を支えるためにどうするか。桂さんは個人加盟のジャーナリストユニオンの必要性を書かれていますが、新聞社に勤める記者の方とフリーランスの方との違いは何なのでしょうか?よく、新聞記者は組織に守られているからジャーナリズム精神に欠ける―などの物言いをする方も少なくありませんが、私は違うと思っています。現状がそうであっても変えられるものだと考えています。
個人が全世界に向かって発信できるメディアツールはこれからも増えてくるでしょうが、やはり現場で取材をする、資料を集めるといった間違いのない報道を実践していくためには、組織的なジャーナリズム活動が必要であり、その活動を担ってきた(複数の)新聞社がこれからも必要だと思っています。そのために新聞社の経営を支えるべく、流通部門(印刷、発送、販売店)の効率化を求めることは時代の流れであると思います。
ジャーナリズムは儲からない。だから健全なジャーナリズム活動を支え、多様なメディアを守るための業務提携は、経営基盤を安定させるという観点から必然だと思っています。(続く)