「虚報」の構造
著者 真神 博(文芸春秋)1,300円
新聞はなぜミスリードをするのか?
昨年は、大分虚偽報道が相次いだ。おおよそ記者の処分で、その捏造記事(虚報)をご破算にする新聞社なのだが、その根底にある「いいや書いてしまおう」という発想は何故?生まれるのだろうか。
なだしおー第一富士丸衝突事件や戸塚ヨットスクールの集団リンチ事件では、虚偽の証言を鵜呑みにした新聞記者の実態と真実追求を怠った新聞社の取材体制の足りなさを指摘。ベトナムの二重体児(ベトちゃん・ドクちゃん)を救え!というマスコミのキャンペーンを実は政治家が利用していたことなどを追及。さらに、強盗を追走して逆に刺殺された大学生の報道をめぐって、実は「死因はいくつもの病院をたらい回しにされたことによる出血多量によるもの」であることが判明。事件を美談化するマスコミの報道姿勢を検証している。
この書籍は17年前に書かれたものだが、その当時から「抜いた・抜かれた」という速報的な紙面競争と、より売れる紙面(見出し)、読者に感動を与えられる紙面を勝手な思い込みで書いた記者の穿った発想は続いている。
やはり、新聞が読者から離れていったのだろう…
新聞の公正な競争とは何か?忘れているのではないでしょうか。いまさら「ジャーナリスト宣言」を語る新聞社…。素晴らしく、感動する紙面もたくさんあるのだけれど、読者が応援したくなる新聞って見当たりませんね。