新聞教育の原点―幕末・明治から占領期日本のジャーナリズムと教育
著者 柳澤 伸司(世界思想社)3,800円
「いくら現場のことを熟知した研究者が新聞・ジャーナリズム批判とよりよき提言をしても、現場の記者には届かなくなっている、聞く耳を持たなくなっているのではないか。それ以上に、内部から変えていこうとする彼ら(新聞人)の姿勢を感じなかったことが、私自身の問題意識を深めるきっかけとなった」
立命館大学(産業社会学部教授)で教鞭を振るう著者が、NIE(Newspaper in Education)と新聞・ジャーナリズム研究に取り組む動機を「あとがき」に記しています。
1980年後半から「教育に新聞を」と呼ばれる活動が推奨されて、2011年度から学習指導要領に「新聞」を授業で活用することが盛り込まれるなど、新聞教育が見直されています。最近の新聞業界でもNIEネタがやたらと多くなっているようです。
本書は、幕末に日刊紙が発行された頃からの半世紀について、新聞が果たしてきた役割や「新聞についての教育」と「新聞による教育」を考察しています。膨大な量の資料も紹介されているので、NIEに興味のある教育者や新聞人は必見ではないでしょうか。
ところで、現代のNIE 活動とは何を目指しているのでしょう。
「新聞を読まない(定期購読していない)」若年層や世帯が増えていることに関連して、時事的な記事を読む能力「リテラシィー」が落ちていると思われるために、新聞を活用して読解力を養う―というのは教育者の論。
新聞人は将来の購読者に対して新聞を読む習慣をつけてもらいたいという若年層への先行投資の意味合いを強く感じます。
しかし、著者が目指す「NIE活動を通じて新聞のつくりかえる」という発想はジャーナリズムを叩きあげていくことなのです。
「読者は新聞を読み、批判するだけでなく、よい記事は誉め、読みたくなるような新聞を求めていくことも含めて、新聞とともに共生していくような関係づくりをすること。そして新聞社内部からジャーナリズムをつくりかえていく人を増やすこと。この命題を解いていくためには、相当な時間がかかるかもしれないが、その鍵は新聞を読み批判できる読者を増やすことであり、そのなかから新聞を支え、つくりかえていく新聞人が育つことにある。そのためにも教育に新聞を導入していくこと(NIE)が必要ではないか、と考えている」
私のような販売労働者は、メシを食うために1部の積み上げに躍起になるわけですが、なぜ新聞離れが起きているのかという根本的な問題提起にうなずきつつも、「時間がない…」とあせる気持ちを抑えながら読ませていただきました。
著者の恩師は、故新井直之氏ということですが、私も一度だけ新井先生の講演をうかがう機会がありました。1992年だったと記憶していますが、新聞販売労働者を前にしてジャーナリズムや記者クラブの問題を真剣に語ってくれたことを思い出します。その当時から「新聞はいずれテーラードシステム(必要な記事だけを読者に届ける)を導入することになるかもしれない」という言葉が印象的でした。ネット時代になってコンテンツの個別配信(タダですが)が当たり前のようになっている昨今を予見していたのかもしれません。
新井先生が亡くなられて今年で10周忌になるのですね。
※柳澤伸司氏は「新聞の再販制度を自ら否定する値引き・景品の提供」という論文も書かれています。
http://www.ritsumei.ac.jp/kic/~syt01970/page222.html