2006年01月09日

時の流れに身を任せていて本当に…良いのですか?

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子会社は叫ぶ
著者 島本 滋子(筑摩書房)1,800円

 ノンフィクションライターである著者が、グローバリズムの名のもとに進められる規制緩和・構造改革・企業再編成をキーワードに、強引な改革の裏側ですべてのしわ寄せが「子会社」にあてがわれている実態を提起したルポルタージュ作品。「市場原理」=「人間の使い捨て」がまかり通る日本社会へ警笛を鳴らした1冊。

 厚生労働大臣の諮問機関が「低コスト体質への転換」を提言し、それを受けた航空会社が「持続的な低コスト体制の実現」を子会社に求めた。親会社の要請を受けた子会社は、孫請けへの業務委託打ち切り、労働者は時間給のアルバイトに置き換えられた。いま、雇用政策の基調となっている規制緩和路線。その先駆けとなった航空業界では「人間の使い捨て」と「安全の切り下げ」が同時進行している実態を暴いている。

 1993年、自民党単独政権が崩壊し、細川連立政権が誕生した。「生活者大国の実現」を掲げた政権は構造改革に着手し、その改革は2001年に生まれた小泉政権に受け継がれている。しかし、改革の美名を一種の目くらましとして、着々と作られてきたものがある。それは「柔軟な労働市場」と呼ばれるものである。柔軟とは何のことなのか?雇用の流動化とは、働く人が流れ動くこと。それを経営の立場から見れば「硬直した規制に縛られることなく、自由に人を選び、自由に人を捨てられる市場」すなわち「柔軟な労働市場」とはこういうことだ。このような政策が雇用の安心を確保すると位置づけたのが、1998年当時の小渕首相の諮問機関「経済戦略会議」であり、議長は元アサヒビール社長の樋口廣太郎氏だ。この答申を皮切りに「労働者派遣法」「職業安定法」の緩和、持ち株会社を作りやすくした「産業再生法」も成立、翌年には「国際会計基準」も導入された。まさしく米国の後追いである。
 このような雇用形態の柔軟化は、労働組合の組織率をも引き下げる結果となる。通産省の通商調査室の「Q&Aグローバル経済と日本の針路」には、「労働組合の組織率が下がれば、経済は繁栄する」と明記してあるのだ。著者は「労働組合の存在意義は『賃上げ』よりむしろ、雇用労働者が多数を占める社会で『言論の自由』を守ることにあると思っている。会社に逆らえば簡単にクビを切られる。生活のためには理不尽があっても黙っていなければならない。そういう日常生活を強いられる人が増えて行けば、本当にこの日本で『言論の自由が脅かされる』のではないか」と警笛を鳴らす。

 会社分割制度(商法改正により2001年4月施行)にも触れ、それぞれの事業部門を「子会社」として切り離すことが簡単になる同制度は、「持ち株会社解禁」とセットになっており、いずれ企業に働く人達は「持ち株会社」に支配され「子会社の社員」になってもおかしくないのだ。いまのIT企業の株の買収劇そのものである。
 「子会社へ転籍」というのが新聞社でも起こっている。印刷部門を別会社化してその労働者を転籍させるというものだ。いま、下野新聞社(栃木県)が組合への合意も得ずに今年4月から別会社で印刷を始めるという。下野新聞労組は闘争体制に入り、裁判所への申し立てなどを行っている。
 転籍とは現在勤めている会社をいったん退職して別の会社へ籍を移すことだ。これまでは民法の規定で「本人の同意」が必要だったが、このような規制緩和、会社分割などでは、社員を転籍させることも自由自在になってしまった。だから、労働組合の役割が重要であり、労使で交わす労働協約が誰のためにあるのかを再認識する必要がある。「時の流れ…」に便乗して運動を縮小してしまっては、政府(官僚)の思うつぼなのだ。

 金子勝氏(慶応義塾大教授)と著者との対談で、いま日本の政府(官僚)が米国主導の下に進めている規制緩和の政策に一石を投じている。
「市場原理主義はリベラルでしょうか?民主主義とは多元的な価値を認めることです。しかし、市場原理主義は『効率』という単一の価値しか認めない。その意味ではむしろファシズムに通じるものさえあるかもしれない。いまの政策を続ければ、社会不安が起きて、日本は治安さえ不安な社会になりかねない。僕が本当に危機を感じているのは、大恐慌は結局、戦争でしか突破できなかったんです。いま、似た種類のことが起きているのかもしれない、スローモーションで…」
posted by 今だけ委員長 at 23:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介
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