出版再販−書籍・雑誌・新聞の将来は?−
著者 伊従 寛(講談社)2,000円
1995年から繰り広げられた出版物再販制度の議論に対して、公正取引委員会の委員として議論に加わっていた著者が、再販制度に関するさまざまな報告書や各国の出版再販制の現状などを詳しく解説している。
一般商品を「物質文明」の所産という定義のもと、出版物は人間の独創的で多様な「精神文化」の担い手であるという違いを「消費者利益」の見地から『出版物再販制は必要』との理論で構築されている。
著作物の再販制度が議論される背景には、日米構造問題協議(SII)で、日米間で独禁法への強化に合意したことが発端だ。1990年6月にまとめられた最終報告書の内容は@10年間に430兆円の公共投資を国民にはかるA高価な土地問題を解決するB流通での自由競争を促進するC独占禁止法を強化するなど。アメリカ側の措置としては@財政赤字削減A過度の規制の緩和B長期的に企業経営を促進するC輸出規制の緩和など―。要は日米の貿易赤字解消のためにアメリカが日本の市場経済に乗り出してくるのに困難な規制を取り払うことが目的であって、アメリカ型利益追求の競争社会を導入しようとする目論見なのだ。政府も「消費者の利益」やら「日本的市場の開放」を国民に煽り、価格破壊という言葉が流行った反面、失業率の増加や労働賃金の減少などが大問題となったのだ。
1995年に公取委の「政府規制等と競争政策に関する研究会」(座長=鶴田俊正専修大学教授)の下部機関である「再販制度問題検討小委員会」(座長=金子晃慶応大学教授)が中間報告を公表したことから業界内外でさまざまな議論が交わされた。新聞については、中間報告書の第5部で「国民生活にとって欠かせない情報を購読者に対して、毎日、迅速に、しかも同一紙・全国同一価格という形で広く販売されること、すなわち戸別配達と関連があるとの指摘もなされている」として、新聞の再反制容認の理由に挙げられたものの、戸別配達が再反制なしに維持できないものではないとの議論が浮上。理由としては戸別配達制度は広告収入や部数を拡大していく上で有効であって、再販制がなくとも戸別宅配制度が消滅することはありえないとし、一部の専売店の経営が困難になっても複合店で対処できる。また増紙のために過大な販売経費を掛けている実態の中で、宅配維持のための支出はしていないとした。しかし、著者はこの内容を「現実的ではない」と批判。再販制度は同一紙の価格競争を持ち込むことなどで、販売店の労力が増し、他の販売店とも価格競争が起こり、経営が不安定になるのは必至迅速かつ確実な宅配制度は崩壊すると明言している。
【資料集】規制緩和小委員会が打ち出した規制緩和の意見。
『新聞レベルの維持』
●販売店レベルでの値下げ競争が行われることが、直接に、発行本社の経営悪化とはつながらない●発行本社レベルの価格競争が質の低下につながるというのは市場メカニズムを否定することであり、カルテルを容認することとなる●不当廉売は、それ自体で取り締まればよく、他の産業と区別する必然性はない
『選択肢』
●再販制度は流通段階でのブランド内競争を制限しており販売店間でブランド内競争が行われることとなっても、それがすぐに新聞社の倒産にはつながらない●そもそも、競争が即、寡占化をもたらすということは、市場メカニズムを否定することになる
『戸別配達制度』
●戸別配達制度を含めた流通制度も、消費者の選択に任せればよい●国民は戸別配達制度だけを支持しているわけではない●むしろ、戸別宅配と表裏一体となった厳格なテリトリー制のために、鉄道駅以外での販売が行われにくく、月単位でのセット販売が事実上強制されることになり、消費者の自由な選択が著しく阻害されている点を重視すべき●特に、首都圏においては、首都圏新聞即売委員会が中心となってまとめた即売網領に基づき、事実上コンビニでは一般日刊新聞は販売されていない●テレビ等、他のメディアの著しい発達、情報化の進展、多くのマスメディアが厳しい競争にさらされているなかで、新聞だけを不可欠な情報媒体として再販で保護し、聖域視する必然性はない
『再販の弊害』
●新聞業界では、価格設定が同調的に行われるなど、新聞発行本社間の価格競争が必ずしも十分とは言い難く、一般消費者の利益を損なっている●再販制度や告示で新聞販売店が購買者を値引きによって勧誘することができないことにより、新聞発行本社・販売店による過大な販売促進費支出や、過大な景品付販売等、非効率な取引慣行が生じている
内容を精査すると“現実離れをしている発想”としか言いようがなく、机上の論議では限界がある。このような発想のもとに新聞特殊指定の見直し議論がされるとしたら、一番の弱者である販売店の従業員にしわ寄せが来るのだ。著者のあとがきには、「新聞の景品付販売など多くの改善すべき問題が残されていますが、これらは再販制の問題とは別に解決すべき問題」と結んでいる。