2008年08月26日

3年続けたブログを読み返して… これまでを振り返る

 このブログを始めてから3年が経過し、あすから4年目に突入することになりました。
 この間、新聞業界を取り巻く環境はめまぐるしい勢いで変化し、これまでと同じ手法による新聞ビジネスでは立ち行かなくなっています。ブログを始める時にもペースが遅いとはいえ、昨今のような厳しい産業情勢になることを予感していました。結果として何も変えることが出来なかった自分がいるのですが、この間に思った自身の感想を第三者的に書いておこうと思います。

 ブログという情報発信ツールを手にした私は、「井の中の蛙」から抜けだして全国の多くの仲間と知り合うことができました。そしてその領域を広げることになったのは「新聞特殊指定」の問題がネット上で叩かれだした頃です。
 私は新聞販売店労働者の立場から「特殊指定」の存続を訴え、プチ炎上となったこともありました。コメントをいただいた方には切々とコメントを返し続け、「今だけ委員長の言うことは

理解するが、新聞社だけが優遇されるのはおかしい」、「いま行われている販売行為自体が特殊指定を犯しているのに、二枚舌を使うのか」など多くの意見をいただきました。私自身も特殊指定論議の後半戦は、多くの新聞社が特殊指定と宅配制度があたかも同義語であるようなキャンペーンを紙面で展開し、政治家の圧力を使った露骨な手法に嫌気がさしたものです。

 そして、特殊指定が当面存続となったあたりから、ネットで知り合った仲間は堰を切ったように新聞(新聞人)批判を始めました。その温床となったのは「裁判員制度シンポ時のさくら動員」や「記事盗用の問題」など新聞社にとってあるまじき行為がボロボロと出てきたころと同じ時期。
 さらに各新聞社は販売店従業員が起こした、本来は記事にならないような事件をも「〇〇新聞販売店」とあげ連ね、自虐型応戦報道に奔走しました。そこには新聞産業全体がどのように見られているのか――といった思考は感じられません。さらに新聞セールスへの不信感が増しているのは言うまでもありません。
 販売だけではなく紙面でも「やられたら、やり返す」。まるで戦時中のようです。話はそれますが、今回の北京五輪でもメダルを取れなかった方々の努力も評価することなしに「惨敗」とだけ伝え、世界最高のパフォーマンスよりメダルのカウントを他国と比べる新聞を読まされれば、自国の成績以外に関心がない「メダル至上主義観戦者」が増えのは当然のことです。

 そして、そのネットで知り合った仲間はというと、もう新聞を相手にしないかのように別なテーマを論じています。“あなたたち勝手にやったら…もう私たちは知らない”――こんな声が聞こえます。
 自分はいろいろな問題を他人のせいにするのが一番嫌いなので、すべて自分の努力が足りなかったと痛感しています。


 さて、これから…。

 これが、4年目を迎えるテーマとなりそうです。

posted by 今だけ委員長 at 23:15 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
お気持ちは解かります。自浄能力のない新聞業界、インターネットという黒船によって、つまりは外圧(業界外)によって、変われるとしたら変わるのでしょう。しかし、壊滅的なダメージを受け、私を含めて多くの新聞販売関係者は職を失うことになるでしょう。それも、仕方のないことかも知れません。私も何一つ変えることが出来なかったのですから。
Posted by 范仲淹 at 2008年08月28日 09:39
范仲淹さま!コメントありがとうございます。

はじめてコメントを頂戴しますよね。私も人間ですからネガティブな気持の時もございます。内部でも余計なことはしないで、黙っていることが企業人として求められることのようです。変わらなくて済むのであれば、それにこしたことはないのですが「職を失う」状況へと近づいているのに何もしないでよいのか?「夢や希望」では何も変わらないし、販売店だけの力では何も変えられないから発行本社にも変わってもらうことが必要だと思っています。そのアクションは「私は」まだまだ力が足りないだけであって、そのような志を持たれている范仲淹さまに「具体的にこれをした(するべきだ)」をご教示いただければと思います。
Posted by 今だけ委員長 at 2008年09月01日 00:09
今だけ委員長さま。いつも「新聞之新聞」以上?に充実した情報をありがとうございます。新聞労働者の一人としてここまで業界凋落が早いとは…と驚きを禁じえません。が、欺瞞、傲慢、独善に陥ってきた反省に立ち、この業界不況が悪弊を打ち破り、真に求められる新聞への脱皮を遂げる好機になることを祈っています。直接読者に対峙する新聞労働者の声なくして発行本社を変えることは難しいと思います。自己満足やクラブ内競争ではなく、一人ひとりの記者が求められる新聞、求められる記事を確立するその日まで、あきらめずに声を上げ続けてください。産業としての新聞と社会が健全な発展を遂げるためにも…
Posted by ぐりぐり at 2008年09月03日 00:05
ぐりぐりサマ!コメントありがとうございます。
返事が遅れまして申し訳ございません。

このブログを始めたあたりから、新聞産業に働く仲間はもとより、他産業(メディア関連の方や大学の教授に方など)の方から、いろいろな話を伺う機会がありました。自分自身でもまだ結論は出ていないのですが、誰も救世主にはなれない。当たり前のことですが自分たちの産業のことは自分たちで変えていかなくてはいけないということです。また、皆がこんなに悩んでいるのに「救世主がごとく近寄ってくる人の方が危ない」と都内大学の準教授にアドバイスを受け、「そうだよなぁ」と思わされた次第です。

福田首相もますい志保(彼女は毎日5紙読んでいるとか)もうちの親父も同じ紙面を同じ時間帯に読めるという日本の新聞が果たしている役割や、新聞へ何が求められているのか―新聞産業に働くわれわれはもう一度確認するべきだと思います。あきらめるわけにはいきませんから!
Posted by 今だけ委員長 at 2008年09月07日 21:32
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
ツイート