思想がひらく未来へのロードマップ 構造構成主義研究6
編著:西條剛央、京極 真、池田清彦(北大路書房)2,600+税
私が所属しているボランティア団体「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の代表を務める西條剛央さん。彼と出会ってちょうど3年。この間、被災者へ向けるブレのない眼差しと「自身のリミッターを外せば何でもできる」という覚悟に共感し、ともに突っ走ってきました。そして、彼から多くのことを学んだ3年間でもありました。問題の本質を捉えて理論的にその改善策・解決法を提示するスピード感と考察力。彼の生まれ持った才能でもあると思うのですが、専門の「構造構成主義」にも興味(とても難しい)を持ちました。日本で最大級の震災復興ボランティア組織へと導いたリーダーの言葉は、どこの組織にでも当てはまるものだとあらためて感じるこの頃です。
去る4月26日、西條さんの編著『思想がひらく未来へのロードマップ』の公刊を記念した「構造構成主義チャリティーシンポジウム」が都内で開催されました。
今だけ委員長は参加できなかったのですが、西條さんがFacebookでシンポジウムの内容について発信されていたので、以下に引用します。
【構造構成主義シンポジウムで考えたこと:閉塞社会を打開する方程式とは?】
池田先生(シンポジストで、思想がひらく未来へのロードマップの編著者・池田清彦氏)相変わらず天才でした。参加された方は、おそらく多くの衝撃を受けたことでしょう(笑撃も)。
池田先生の「20年も経てばおれたち団塊世代は死んでいくから高齢化問題は解消していく」といのは目から鱗でした。
直接的な解決策ではないものの、その期間をどううまいことやりすごすかが重要だというようにポイントを掴み直せば、方法を考えることはできそうです。
一度できたシステムをいかに安楽死させるかが重要だ」と、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」についても言及しながら述べていて、これは本質を衝いていると感じました。
参加してくださった方も(環境省の若手)、それに言及しつつ、「システムの移行をどのように考えればよいか」というご質問をいただいたので、後半の対談はそれを軸に進めていきました。
そうして話しているうちに、自分の中で「時間」というキーワードが浮かんできました。
僕らは時間を止めて考える思考に染まりすぎているのかもしれない。
以下、対談の内容を踏まえながら、最後のほうに言及した結論部分を少しまとめてみたものです。
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『思想がひらく未来へのロードマップ』で京極さん(編著者の京極真氏)が言っていたように、社会が流動性を持てないのも、既存のシステム(利権)にしがみつくのも、再就職が難しい社会だから。
原発が止まらないのも、それで食べている人は食べていけなくなるから。家族を路頭に迷わせるわけにはいかない、と原発の再稼働を目的にがんばることになる。
固定化されて流動性がない社会。
失敗が許されない社会。
成功の道から外れると戻れない社会。
だから競争が激しい研究分野では不正も横行する。
特に最新の機器がなければ研究できない分野は、研究費がもらえなければどんどん置いて行かれるという負のスパイラルになる、と池田先生。
ゆえに、不正をしなければ確実に負け組になりそうなったらもう逆転は不可能とわかっている人の中から、いちかばちかで不正をしてもばれないことに賭けるのが合理的、と考える人が出ても不思議ではない。
成功者はずっとアクセル全開で走り続けていなければ、という強迫観念にかられる。
一度、ひっくり返った亀はもとに戻れないから。
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研究者でも非常勤で暮らしている人は、1ヶ月数万円という低賃金で働くことになる。どんなに人気の講義であってもそこから常勤にあがることはできない。上がたまっているから、下が入れない。
無責任な大学院政策の犠牲者は何十万人もいる。
他方、大学だって、博士号を持っていなくても、なんらかのルートで一度生涯身分が保障されるポジションになってしまえば、一人の受講生もいない人でも、論文を書かなくても、つまり教育も研究もしなくても学務もしなくても、犯罪をしない限りはクビにはならない。
法律も特定の人が儲かるよう補助金を支払える法律ばかりが何百本も純増していると池田先生。一度できると無くならない。一部の人の利権のためにずっと存在し続ける。
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システムが恒久的であることがデフォルトのため、努力しなくてもお金が入り続ける人と、努力しても低賃金しかもらえない人に二分される。
格差は広がる一方。
そして、努力してももがいても報われない、という思いをした人の中には、次第にルサンチマンがたまっていき、社会で成功したひとを妬み、批判、攻撃するようになる。
今回のSTAP細胞問題において、これまで報われずに夢を諦めた研究者のためにも絶対に責任をとってもらう、といって執拗なまでの批判的検証をしていた人のブログをみたときに、そういうものがあるのかもしれないな、と感じた(よい悪いは別として)。
これが今僕らの社会を取り巻く「閉塞感」の正体ではないか。
成功しても失敗しても憂き目に遭う社会。
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つまり、今社会で起きている数々の不合理は、無自覚に恒久的なシステムを構築してしまうことにより、流動性がなくなることから生まれているのではないか。
であれば、むしろ「システムを時限制にする」ことをデフォルトにすることで、この不条理の結果もたらされる閉塞感を打破できるのではないか。
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なぜ非常勤の給料が低いかといえば、常勤職に払うお金がかかりすぎているため。
だから、会社も非常勤を基本とする。そうすれば非常勤の給料もあげることができる。そしたら非常勤だけでも食べていける。
そしたら、自分にあった会社、あった働き方を選んで、自分にあった生き方を作っていける。
大学の教員も、任期制を基本とすれば、まったく働かない人が増えていくことで、仕事のできる人に負荷が集中したり、若い優秀な人を採用できないということも減っていくはずだ。
池田先生がいうように、法律も時限制にする。継続するには2/3以上の賛成が必要といった厳しいハードルを設けて、クリアできなければ自然になくなるようにする。
補助金にしがみつく人を減らしていく。
組織も時限制にする。行政に新たな部署を作るときも、さしあたり3年で、というようにしておく。
組織がなくなっても、ちゃんと再就職ができるような流動性があれば、そして非常勤でも常勤との待遇に大きな差がなければ、そういうことも可能になるはず。
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それでも、今、生涯保証されている人をそうじゃなくすることは大きな抵抗を生むため難しいかもしれない。
ところが、そういう人も時間が経てば,ところてん式に定年になり辞めていく。あるいは死んでいく(人間必ず死ぬので)。
いなくなった人の分の給料で、新たなに採用する人を任期制で採用していけば、時間が経つほど任期制の人が増えて、ついには任期制が基本、ということになる。
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さらに、池田先生が「技術が社会を変える」といっていたように、SNS等の台頭により、伝達速度はあがっている。よいこともわるいこともどんどん伝わっていく。
行政の「右にならへ」の特性をうまく利用すれば、変革のスピードはさらにあがる。
たとえば、時限制を導入するモデルケース出てくることで、それのほうがいいね!と思うところが真似をして自己増殖的に増えていけば、オセロがひっくりかえっていくようにパタパタと変わっていくということもあるかもしれない。
<時限制の導入 × 自己増殖 × 時間経過 = 閉塞社会の打開>
この方程式は案外いけるのではないか?
という希望を見出せたシンポジウムでした。
こうした考え方に希望を見出せると感じた方は、ぜひシェアしていただければと思います。ブログ等で引用明記の上コピーしていただくことも歓迎です。なお、ここで論じた内容の基本的なことはチャリティー本『思想がひらく未来へのロードマップ』の鼎談で詳しく論じられています。