2006年07月30日

誇れますか 新聞社員

 の青年女性部主催の全国協働討論集会が、きのう29日から30日まで仙台市内で開催され、「分科会のアドバイザーとして参加してきました。
          青女協全国集会 表紙.jpg       青女協全国集会 全体.jpg
 今回の集会のテーマが「誇れますか 新聞社員〜「こんなはずじゃ…」と言わせない職場を考える〜」。全国から95名が集まる大集会。元気溢れる青年(30歳アンダー)女性部員の方々は、会議でも活発な意見交換をされていました。
 きのうの全体集会では、河北新報社論説委員の寺島英弥氏が基調講演を行い、「シビックジャーナリズム」の必要性とその広がりについて話し、地域コミュニティーにおける新聞の役割、読者との双方向性などについて米国の新聞社の状況などを踏まえながら参加者に問題点を提起しました。
 その後、各分科会に分かれて討論が行われたのですが、その分科会の数がスゴイ。ナント6分科会。その中の「新聞特殊指定問題」について、これまでの経過と今後の問題点を話してきました。
@より良い職場作り、子育て、パワハラ、セクハラ
Aメンタルヘルス、若手の退職問題、局間異動
B新聞特殊指定問題
Cインターネット問題、若者の新聞離れ、新聞の今後
D別会社化について、組織問題、大量退職問題
E地元密着(スポーツ、地方版、事業のあり方)
                 青女協全国集会 報告会.jpg
 分科会では「いまや新聞(1部売りでも)は水より安いということを読者に対してキチンと説明できないでいるのではないか?これだけ新聞の制作や宅配に経費が掛かっているという説明をする必要がある」、「何でも値引きという規制緩和政策では値引くところがあれば、値上げするところも出てしまう」、「読者や公取委に対して自信を持って新聞の価格の正当性を訴えられないのは、販売の現場でルールを無視した販売行為が行われているからであり、業界をあげてに取り組む必要がある」などの意見が出されました。
 
 それぞれの新聞社や職場間でも特殊指定問題に対する関心の温度差は否めないとして、それぞれの職場で、そして労働組合で “おかしいものはおかしいと声を出そう” ということは伝えられたかなぁと思っています。まさしく参加された方々が「新聞を読まない世代」。その対策ももしかすると彼ら、彼女らが妙案を出してくれるかもしれません。若手の声に耳を傾けられる先輩たちの度量もありますが…。
 
 新聞社員として誇りを持てるよう参加された皆さんにはご期待申し上げます。

posted by 今だけ委員長 at 14:47 | Comment(3) | TrackBack(1) | 日記

2006年07月27日

自分たちの権利だけに胡坐をかく労働貴族と呼ばれないように

725日、26日の両日、東京御茶ノ水で日本新聞労働組合連合の「第108回定期大会」が開催され、今期の活動総括と来期の運動方針などが確立されました。今だけ委員長も出身の労働組合の代議委員として参加してきました。

 

事前に届いた議案書(特集)には@新聞特殊指定問題A下野新聞印刷部門別会社化―が大きく取り上げられていました。それぞれ新聞労働者にとっては大きな問題だったので、この問題で浮き彫りになったさらに多くの問題点を改善させる必要があると感じます。販売正常化の問題しかり、労働組合という権利の維持ではなく拡大させる取り組みの重要性など“何を取り組めばよいのか”が見えてきたと思います。新聞労連の議案書は相変わらず「ビシッと文字が埋まり」つつ「文書はスッキリ」なのですが、今回はけっこう業界内部(これまタブー視されてきた)の問題にも踏み込んで提起しているように感じます。

              新聞労連108定期大会.jpg

新聞労連は連合全労連などのナショナルセンターに加盟せず、中立な立場(マスコミが故に)で活動をしているのですが、加盟している組合はと言うと新聞社の組合だけでありません。今だけ委員長が所属する新聞販売店の労働組合や印刷会社(新聞社から分離した)や新聞輸送会社の組合など87の組合が参加しています。今回の大会では新しく、宮古島毎日新聞労働組合と下野新聞印刷センター労働組合が加盟しました。宮古島毎日労組は、社員だけではなく契約社員やアルバイトの方々と一緒になって立ちあがった組合で、宮古島(沖縄)唯一の労働組合なのだそうです。また、下野印刷センター労組も今年4月に別会社化された印刷センターへ転籍した組合員らが立ちあがり新しい組合を短期間のうちに結成しました。

 基調講演では専修大学の内藤光博教授が「憲法改正国民投票法案の問題点―与党案、民主党案の検討―」と題して、憲法92項について分かりやすく問題点を指摘しました。

 
 

それぞれの組合からの発言や本部からの提案などを通じて、一番印象に残ったのは来賓として挨拶された井戸MIC事務局長の言葉と今期限りで退任した美浦新聞労連委員長の言葉でした。

井戸さんは「日本に労働組合が立ち上がって62年を迎えようとしているが、いま最も危機的な状況にある。本来、労働組合は弱者のために存在するものだ。しかし、いまの労働組合はその機能を果たしているだろうか。日本の労組の組織率は18%だが、その大多数は大企業の社員で組織する労働組合と公務員で組織する労働組合ばかりだ。非常に低い労働条件に押さえつけられている労働者や老人に対しても医療費負担を引き上げるような国の政策に対して私たちは見て見ぬふりをしているだけなのだ。いまの組合は権利に守られた団体になってしまっている。企業内に引きこもっているのではなくマスコミ人として労働運動の再構築をお願いしたい」と厳しい口調で語られました。思わず納得。自分自身も忙しさにかこつけて、自分たち(自分が所属する組合運営や組合員の生活)のことしか考えていなかったと反省です。

 美浦さんは「変わり行く日本社会の中で、新聞は市民に必要とされているのだろうか。61年前は戦争に加担した新聞。その反省に立って戦争のためにペンを取らない、輪転機は回さないと誓ったはずだ。いま与党を中心に進めている憲法(9条)改悪の動きは、まさしく戦争を誘発するものだ。戦争を止めることがわれわれの役割であることを再確認したい。労働組合の権利もわれわれだけの手に収めていてよいのか?自分たちの権利を守り、先輩たちから委ねられた権利を繋いでいくためにも拡げていかなければならないし、組織の強化、拡大は質を高めていくことにもなるのだ。今期、下野新聞印刷別会社化の争議の敗北は、いまのわれわれの労働運動そのものの成果であると反省しなければならない」と新聞の役割を組合員一人ひとりが認識して社会的役割を果たそうと訴えた。また、いまの組合員の意識(組合運動に対する)の低下が自らの権利を後退させるだけでなく、日本の労働者全体の労働条件を引き下げることにもつながると警笛を鳴らしました。

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2006年07月26日

守秘義務って? モラルの問題だけでしょうか

">日経新聞東京本社広告局の社員(31歳)が、新聞紙面に掲載される法定公告の情報を入手、証券取引法違反(">インサイダー取引)容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。今日の新聞各紙1面で大きく取り上げられ、見出しは「日経社員インサイダー取引で3000万円ボロもうけ」と大々的に報道されています。報道機関社員によるインサイダー取引摘発は初めてで、個人による同取引額は過去3番目ということです。

 

 先週、「昭和天皇の側近者のメモ」報道で脚光を浴びた日本経済新聞だったのですが…。企業との繋がりが深い日本経済新聞には、このネット社会でも株価の動きや企業の決算報告などがくまなく掲載(企業も日経に掲載さすることをステイタスだと思っている)されており、一部の社員の悪行によって大きく信頼を損ねました。でも今回の報道については、「社説でのお詫び」や「社内調査の概要」、「法定告知掲載までの流れ」、「本社社長声明」、「記者会見のQ&Å」など述べ4面にわたって掲載しています。これまで「自社の過ち」に関する紙面の扱いは小さく、他紙に叩かれ放題の構図でしたが今回はちょっと違うなぁ… 今年2月24日に証券取引等監視委員会の調査を受けて準備をしてきたのでしょう。


 読売新聞の社説にも「多くの情報が集まる報道機関には、厳しい情報管理や法令順守の姿勢が求められる。報道機関の関係者は、読者や視聴者の信頼を損なわないように、身を律しなければならない」と書かれていましたが、当然のことですし「販売問題」についても“知らぬ顔を”せずに正常販売に真剣に取り組むべきです。 

 「守秘義務」は事件や事故など個人に関わる問題だけに適応するものではなく、企業の情報も含めてその扱いを委ねられている新聞社の倫理感は求められて当然ですが、国際的な問題や国家財政の問題点については「守秘義務?」のごとく、政府の動きに先駆けて問題点を指摘するスクープも少なくなっているように感じます。

">記者クラブ問題に起因するのでしょうが、自ら取材をする手法から発表ものを得る権利を有して情報を整理するだけの報道機関にだけはなって欲しくないものです。

posted by 今だけ委員長 at 13:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | 時事ニュース

2006年07月22日

許認可事業の放送業界。その価値基準とは?

きょうは先月に引き続き「いま、あらためてメディアの役割!を考える〜デジタルとケータイ文化の嵐を前にして〜」のセミナーに行って来ました。624日に第1回目が開催された連続セミナーの2回目です。

          セミナーワイドビジョン.jpg            谷弘さん NHK.jpg

今回の講演者はNHK仙台放送局編成担当部長の谷弘聡史氏。テーマは前回の関本英太郎氏(東北大学大学院情報科学研究科)が論じた「多様な価値観の中での放送」を受けて、公共放送の側の谷弘氏が「視聴者・市民と公共放送」と題して約2時間30分の講演が行われました。 
 
 谷弘氏は「誰でも発信できる時代の到来」を「自由な闊達な表現・主義の時代」であると述べ、放送局が番組の主張性や方向性を組み立てるものの、みのもんたサンや古館伊知郎サンに代表されるような個人(キャスター)から発信(番組)になっている現状を報告。「阪神・淡路大震災」の際にNHKが果たした役割と平行して、被災した地域に住む韓国人や中国人、東南アジア系の移住者(日本語や英語があまり通じない)に「FMヨボセヨ」が重宝がられたコミュニティの話題などが紹介されました。
 
 マスメディアとしてのテレビについては、許認可事業としての放送事業であり、放送法や著作権法、BPO,放送ガイドラインなどの自主規制の仕組み、用語・表現の問題など制御の仕組みが、ネットなど誰でも発信できるメディアとは違うことを強調。あらゆる情報を整理して利用者に伝えるのが放送事業としての使命だと述べました。
 
 地域コミュニティとの関連については、「こんぱす東北の課題の例を挙げ、徐々にではあるけれど「視聴者の声を伝える」地域に根ざした番組編成に向かっていることなども語られました。
 
 
 会場からは「視聴率という競争がない状況で番組作成を行っているNHKの価値基準は?」という質問が出され、「放送時間帯の番組編成を行っているのも確か。お昼には在宅している主婦の方々をターゲットにした内容で番組を組んだり、深夜近くには報道特集のようなネタを提供するようなスタンス。その世代などに喜ばれるであろうと局員のレベルが価値基準である」とのことでした。また、NHKOBと名乗る男性からは、「番組自体の信頼性が低下しているのではないか。公共放送のNHKだからこそ公権力と対峙する役割を担わなければならない」との苦言も紹介されました。一連の不祥事に関する質問などは出ませんでしたが、「悪いコトをした人」を組織の全体の責任としてあげ連ね、すべてが“けしからん”と言うことではなく、谷弘氏が述べた「視聴者の意見を聞きっぱなしにしないで取り上げていく」という動きを応援したい―という締めくくりだったように感じました。
 
 
 次回3回目のセミナーは、819日(土)1330から、河北新報社(仙台市青葉区)1階ホールで開催されます。講師はテレビユー福島常務取締役の市村 元氏。問い合わせは日本放送労働組合東北支部TEL 
022-211-1048 

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posted by 今だけ委員長 at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月16日

労働組合の役割とは何か? 書く側と書かれる側を内部から検証!

秋田魁.jpg
岩城ゴルフ場問題・虫けらの魂
内側からの報告―報道の姿をめぐって―
編集・発行:秋田魁新報労働組合 350円

 1987年10月、秋田魁新報社出身の市川雅由氏が岩城ゴルフ場(秋田魁新報の関連会社)の改修工事をめぐる新聞社と行政の癒着を告発した小説「虫けらの魂」を、同社労働組合が自社の報道姿勢を検証した報告書。
 「同社首脳が県に強引に予算化させ、本来ゴルフ場が施工しなければならない工事を県単独事業として行わせた」という市川氏の告発によって、全国紙が相次いで同社と県側との癒着を報道する中、組合員がこの事態にどう対処してきたのか…その葛藤を労組役員が記している。

 同社経営陣の責任は免れないが、「新聞社を叩く」ことに固執した同業者が、事実を大きく捻じ曲げて報道したことにも言及。ノンフィクションライター佐野眞一氏に対しても「虫けらの寄生虫」と称して反論をしている。また事実を歪曲して報道するメディアに対して、あらためて自分たちの報道姿勢はどうだったのか―自戒と反省の弁も込められている。

 多くの新聞社(特に地方紙)はその地域の文化・スポーツの振興を経営の理念としている。しかし、新聞社として行政側との距離感はキチンと保たなければならないのだが、地域振興の名のもとにこうしたケースが生じるケースは表面化しないだけで結構あるのではないだろうか。
 新聞社の収入は購読料収入と広告収入で成り立っているが、広告内容に虚偽の疑いがあっても売上を伸ばすためにチェック機能が甘くなることもあるだろう。行政側からの発注も増えている。社会保険庁がアイドルを使って「一般向け国債の販売促進」をPRしているが、国債の元本保証について危機的状況にあると囁かれている最中、税金を使った全面広告の発注をどう捉えているのだろう。

 新聞の生命線である「信頼」を新聞人が忘れてしまっては、読者離れに拍車がかかるのは当然のことだろう。

posted by 今だけ委員長 at 11:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2006年07月12日

インターネット新聞と私塾が、日本の変革と再生を招くか

羊たちはもう沈黙しない!.jpg
羊たちはもう沈黙しない!
著者:浅井 隆+戦略経営研究所21(第二海援隊)1,200円

 元毎日新聞社に勤務していた著者が今年6月20日に発行した新刊。これまで経済学(特に国家財政など)についての執筆が多く幾冊か読ませていただいたが、今回は著者がこの国(国民)のために「インターネット新聞」と「私塾」の立ち上げについて宣誓をし、「なぜ」いまこのよういな取り組みが必要なのかを綴っている。

 著者は国家財政の破綻をいち早く別の著書でも指摘しているが、日本は1千兆円もの莫大な借金を抱えており、第二次世界大戦の敗戦時と同じ水準であり日本のGDPの2倍になっている。なぜ、借金が膨れ上がったのか?理由は簡単で、いまは「30兆円枠」に抑えようとしている国債ですが、これまで発行した国債の償還(返済)期限は毎年来るのです。でも払えない。そこで別枠で返済額を払うために別枠の国債を発行しているのです。それが「借換債」と呼ばれるもので、国民に国債の発行と称して借りた金を返せないから別の手形を切る。現金ではないにせよ国の借金は自転車操業のように膨れ上がっているのです。著者は2006年度の借換債発行額は新規国債発行の3.6倍の108兆2600億円であると述べています。日銀の量的緩和政策の解除に伴い、金利があがれば国の借金も膨らんでいくだけなのです。

 このような問題を覆ってしまっている官僚と自分さえ良ければいいと言う政治家の犯罪的行為と相まって「真実を伝えないマスコミの責任も大きい」と著者は指摘しています。新聞であれば部数至上主義、テレビであれば視聴率至上主義がそれぞれの業界の問題点であり、ホリエモンや村上ファンドのような「ルールさえ守れば何をしてもよい」といった拝金主義がこの国を歪めていると語っています。そこで真のマスコミを創りあげるために韓国の「オーマイニュース」の現状を報告、市民記者になろうと呼びかけています。また日本古来の武士道的な気質が失われていると説き、「松下村塾」のような幕末に人材を輩出した私塾を立ち上げようと結んでいます。

 日本を再生するためのプロジェクト。今後の動きに注目したいと思います。

posted by 今だけ委員長 at 01:57 | Comment(0) | TrackBack(1) | 書籍紹介

2006年07月07日

販売正常化が実現すれば、おのずと紙面も正常化される

拡材.jpg
拡 材 −ある新聞拡販団″体験記―
著者:堀本和博・片上晴彦(泰流社)1,200円

 1982年発行のこの書籍は、当時「世界日報」に勤める著者2人がスポーツ新聞の広告に掲載されている新聞拡張団″に潜入し、カード料(読者と契約した契約書の売買によって生じる手数料)のからくりや、拡材の使われ方など、新聞拡張団の内情を綴ったルポルタージュ。今でこそビール券や商品券の類が当たり前になってきているが、当時はライオン無リントップ、資生堂バスボン・シャンプーセット、アラレちゃんの絵入りコップセット…など、かなりリアルに紹介されている。
 読売と朝日とでカード料や拡材のレベルの違いなど克明に記されてある。大分体を張った取材をしたのだろうと思う。にわか拡張員で感じたことが、自分で自分の首を絞めている新聞業界と一番損をしているのは長期購読者という結論を述べている。

 第2部「発行本社の責任と問題」では、新聞が特殊指定を受けた背景や社団法人日本ABC協会が発足した経緯なども詳しく書かれている。
かつて新聞業界が、自らの販売の無法ぶりに自浄能力なしとして、公取委に駆け込んで法制化してもらったという経緯をこう述べている。
 東京からスタートした読売新聞が大阪に進出し「大阪読売新聞」として発刊されたのは、1952年のことである。その進出は、1週間の間、大阪の150万世帯に無料投げ込みをすることではじまった。次に、1カ月130円という当時としては、超破格値の売込みを展開したのである。新聞業界は、この読売の拳に胆をつぶしたのである。さらに「大阪読売新聞」は1955年9月には、総額2億円の愛読者くじをはじめた。そのうえ「少年少女新聞」も無料で付録に付けたのである。このため新聞各社は、ついに大阪読売を独占禁止法違反で提訴することになったのである。もちろん、それまでも新聞販売業会は、激しい販売競争下にあった。そのため地方紙の間では、新聞を特殊指定商品にして乱売に歯止めをかけよう―という動きもあった。だが、大新聞はこれを「資本主義の原則である自由競争を抑圧するもの」と退けてきた。しかし、読売の拳にもうなりふり構っていられなかった。大阪読売の事件によって日本新聞協会の理事会は、法的措置も止むを得ないと決議した。これを受けて公取委が、1955年「新聞業における特定の不公正な取引方法」を指定し告示したのである。
「公取委が特殊指定の枠をはめ、介入し始めたのは、新聞業界として恥ずかしいことだ」と当時をふり返って、元毎日新聞社販売局長の古池国雄氏は言う。新聞は、このときから販売手段として読者にお金や物を渡したり、無代紙を提供することを禁じられたハズである。だが、それは、どこまでもハズでしかなかったのである。なくなるハズの新聞の「不当販売」は、公取委が特殊指定に指定し、告示しても効き目はいっこうになかったからである。
 その後の新聞販売の遍歴や、1977年と1985年に新聞各社から発せられた「正常化宣言」のからくり(値上げ前の緩和策ではないかと指摘)などが記されている。ABC協会についても「押し紙」問題なども踏まえてかなり突っ込んだ問題点を提起している。
 新聞社が広告量をきめるときの目安は、一にも二にも発行部数である。この発行部数の統計をとって発表しているのが、1952年に発足した社団法人・日本ABC協会(新聞雑誌部数交査機構)である。部数は、ABCレポートとして定期的にまとめられている。「2兆円を超える広告産業にあって、広告媒体の量や質が不確かであるのはおかしなこと」というわけで、広告媒体の「量」にあたる発行部数をしっかり把握しよう、というものだった。1961年かたは、交査制が敷かれ、発行本社、各販売店にABC協会の職員が出向き、帳簿なども調べるようになった。だが、交査制から20年たった今、ABC協会のあり方にも、いろいろな疑問が投げかけられている。1982年4月には、衆議院の社会労働委員会で公明党の草川昭三議員が、ABCレポートの発表部数の公益性を問いただした。これに対して通産省の江崎格サービス産業室長は、発表されている部数は、各家庭に配達された新聞部数の合計ではなく「発行本社が販売店に売り渡した部数の統計である」と明言した。この質疑では、「押し紙」の実態までには触れなかったものの「(ABC)レポートが誤解を与えないよう昨年5月に指導した。競争をあおらないよう今後も指導していく」(江崎氏)ということになったのである。ABC協会のあり方については、業界内部でもいろいろな問題が出ている。

 また、新聞販売労働者の販売正常化を目指した労働運動も紹介されている。1982年3月22日に東京神田にある総評会館で開かれた「第1回新聞正常化集会」を主催した、全国新聞販売労働組合連絡協議会(全販労)の取り組みや組織化が難しい新聞販売店の事情についても報告されている。
 販売店が共販制の時代にあった全販連という新聞販売組合は、独自の力を持っていた。発行本社と対等に渡り合って手数料の値上げを勝ち取ったこともある。今でこそ新聞購読料の値上げは、発行本社の編集、販売経費の増大をもとに、その値上げ幅が算出され、販売店の手数料などは二の次だが、1948年には販売店独自の手数料値上げに成功している。
 現在は発行本社による専売店政策の下で、とにかく生き抜くために資金のある店が拡材戦争への道を突っ走って行く構図だ。読者も「モノを持ってこなければ契約しない」と紙面内容ではなく、拡材の質量を求めるのが当たり前になっている。もはや洗剤は新聞販売店が持ってくるものという文化になりつつある。でも、それは新聞業界がこれまで行ってきたことのツケなのだ。再生のために何とかしなければならないのだが・・・
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2006年07月05日

机上で唱える理想と販売現場で起きている実態とのズレ

 先日、新聞関係の講演を聞く機会がありました。とても分かりやすく、販売店にも関係する話だと感じたので内容を掻い摘んでアップします。

 最近、アメリカ新聞協会(NAA)の「販売の将来」検討委員会が今年2月にまとめた「米国新聞販売の将来―現状と長期展望」という報告書を読む機会がありました。アメリカの新聞販売業も大変なようです。例えば無購読層が次第に増えてきているとか、さらに新聞に対する信頼度が年々低下してきており、特にこの中で若い人たちが新聞を信頼しないという非常にショッキングなデータが書かれています。あるいは読者の興味というものが、これまで多様な情報を伝えてきたマスメディアから、個人の興味に特化した非常に狭い範囲の情報へ興味が移ってきている。この状況については、日本もアメリカも全く同じ傾向であろうと思います。しかし、重要な指摘は数々ありました。新聞を継続的に読んでいる読者は、裕福で学歴も高く地位が高い場合が多い。あるいは、将来エリアの中で競合する新聞も含めて、すべての印刷物を配達できるモデル(いわゆる共配)を構築すべきだということです。アメリカでも同じような悩みを抱え、同じようなことを考えているのだということを感じました。

 また、この報告書には新聞販売の幹部が一体どういうことをこれから考えなければならないのか―という議論も書かれています。昨年6月に開かれた「新聞販売未来サミット」(米国新聞協会が開催)の中で、新聞販売の幹部にとって、いま最も重要な課題は、「急激に変化する今日の環境に適応する能力を持つことである」ということだそうです。そして、この報告書には進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)の『生き残るのは最も強い種ではなく、最も知的な種でもない、変化に最も適応した種が生き残る』という一説が紹介されています。いくら力強くても、頭が良くても、状況の急激な変化に瞬時に対応できる能力を持った種が生き残るというわけです。そして、いまの販売の幹部に求められるのは、まさに変化に適応する能力であるというのが、昨年の「新聞販売未来サミット」での結論であったということです。これはとても重要な示唆だろうと思います。新聞業界は非常に苦しい状況の中にありますが、この苦しさの中から生き残っていくためには、「机の上」で考えたことで突破できるとは思っていません。すべては現場に答えがある。販売店の第一線にいる従業員こそが、読者がどう考え、何を求めているのかを教えてくれるはずです。現場から目をそらさずに今後の新聞販売を考えて行く必要があると思うのです。


 新聞社の中にもこのような発想を持っている方がいらっしゃるのですが、何故か現場の第一線には登場してきません。以前、熊本日日新聞の森茂さんが販売改革に取り組み、全国紙を相手に正常販売を貫いたことがありました。森さんのような改革派(ルールを守っているだけなのですが…)は、今のところ存在していません。やはり、机の上で理想を唱えるだけで、現場にはなかなか入って来られませんねぇ。
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2006年07月03日

マスコミ再生の鍵は「参加型ジャーナリズム」にある

ブログがジャーナリズムを変える.jpg
ブログがジャーナリズムを変える
著者:湯川鶴章(NTT出版)1,700円

 時事通信の湯川さんが、共著「ネットは新聞を殺すのか」(NTT出版)の続編として出版した一冊。自ら運営するブログ「ネットは新聞を殺すのかblog」をまとめたような形で編集されており、「ネットは新聞を殺すのかblog」の読者である私にとって、湯川さんが伝えたいことをネットユーザー以外の人にも読んでもらいたいという思いを込めて発行されたのだろうと思う。

 内容は3部構成で、第1部「新聞と通信の融合を大胆予測」、第2部「参加型ジャーナリズムの時代がやってきた」、第3部「ネットにやられてたまるか」となっており、ジャーナリズムにおける新聞・ネット(市民)の関係を広範囲、かつ新聞記者が感じ得ない視点で書かれている。

 新聞労連関係の集会で、これまで2度ほど湯川さんの講演を聞いたことがあるが、湯川さんの問題提起に対して参加者からの質問は「ネットメディアが新聞社の経営を圧迫させている。ネット時代における新聞社のビジネスモデルは?」、「新聞が生き残っていくためにはどうすればよいのか?」という内容のものが多かったように記憶している。この本を読むとネット時代に“新聞”がどうこう言う前に「ジャーナリズムとして新聞の役割を果たせよ」とのメッセージが伝わってくる。「事実」を伝えることだけではなく、議論の過程までもブログの世界は提供してくれる。この業界に居る者としては、これからのジャーナリズムのあり方、そして新聞の役割をじっくり考えさせられた。
posted by 今だけ委員長 at 01:07 | Comment(0) | TrackBack(1) | 書籍紹介