2006年01月29日

制度だけが走り出す…コケッ!

 昨日は仙台市内で開かれた「裁判員制度を知ろう@宮城」(法務省、河北新報社など主催)に行ってきました。
 2009年5月まで(ここが微妙)に開始されるという『裁判員制度』ですが、アメリカ映画などで観る「陪審員」のようなものなのか…と半信半疑。でも知らないじゃ済まされませんから、とりあえずどんなものなのか話を聞いてくることに。

 まず、入場の際に渡されたリーフレットや粗品類の数々…。羽振りがよいというか広報活動に必要なグッズも大切でしょうけど税金の無駄遣いが早くも露呈。
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  「さすが法務省!」

 宮城県出身の中村雅俊さんが主演、監督をした「裁判員制度-もしあなたが選ばれたら」の映画上映とパネルディスカッションでは、民間人?(青年商工会議所理事長&テレビ局アナウンサー&女優)の代表が内閣官房司法制度改革推進室室長(長い肩書き…)の本田守弘さんにさまざまな質問を投げかけました。事前に原稿は用意してあったのでしょうけれど、印象とすると「適正に判断できるのかなぁ…」「仕事が忙しいという理由で辞退は出来ないとなると会社は…」という不安が会場に詰め掛けた約500人の民間人は思ったでしょうね。だって、知識は要らないとか裁判中に出てくる専門用語も「やさしい言葉に直すよう改革中」だとか、PCのスクリーンを使って事件の全体像がわかるようなビデオを作るそうです。裁判員制度って、制度運用のために雇用と予算を創出するため?なのかと疑わしく思ってしまいました。

 ちょっとどうだろう?この制度。現実味がサッパリ伝わってきません。こうやっているうちにチャカチャカ進めちゃうんだろうなぁお役人は!でも注意しなければならないのは、着々と政府がすすめる住基ネット(国民総背番号制)にあらゆる個人情報が握られていると言うこと。11桁の番号を割り付けられた私たちから選ばれるのでしょうが、その事件に宗教や政党問題などが関わった場合、個人情報ひとつで政府が有利な裁判員を選ぶことだって可能になるわけです。

 あと3年で結論が出るとは思えませんが…。
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2006年01月27日

もう知らぬふりできない 新聞のブラックボックス

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新聞があぶない
著者 黒藪 哲哉(花伝社)1,785円

 以前、所属する労働組合の講演会にも参加していただいた著者が、新聞業界内のブラックボックスとして存在する「押し紙」問題など実態とその“からくり”について書き記された「今月20日に出版されたばかり」の新刊だ。

 新聞社の経営構造やABC部数の問題、さらに新聞社と販売店の契約内容(片務契約)などルポルタージュらしく徹底した現場取材にもとづいた数字的な根拠が伺える。また、日本新聞販売協会の政府工作にもメスを入れ、日販協内にある政治連盟の動きなども報告されている。
 このような問題は長きに渡り新聞業界内に蔓延る問題だが、この問題については、ほとんどの新聞人が目をそらすのだ。自らの問題を追求そして改善できずに「何がジャーナリズムだ」という感情がこみ上げてくる。真のジャーナリストは組織内(新聞社)には居られないのだろうか…。

 著者は私論はこうだ。最近の新聞が右傾化している原因は、新聞経営者の「自らの新聞社経営の失策」が大きく影響しているからだ―と。

 読者がいない新聞=「押し紙」が、日刊紙の総発行部数の3割に達し、読売新聞と同じ1千万部となったのだ。
 新聞人はもう知らぬふりできない
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2006年01月26日

労働法ってどうして出来たのか―裁判官は忘れている

 栃木県にある下野新聞社の印刷工場建設に伴った別会社化、印刷部門の従業員の転籍をめぐる労使争議で新たな動きがありました。
 全下野新聞労働組合は印刷新会社設立と設立準備行為の差し止めを求め、宇都宮地・裁判所に仮処分申請を出していましたが、本日、組合の申し立てを却下する内容の判断が下されました。

 詳しくは、同労組のブログ「闘争日記!」に掲載されていますが、職場での実・や労使間の憲法というべき『労働協約』が誠実に履行されていないこと等の責任について、司法の側はもっと解析すべきだと思います。新たな印刷工場建設がなぜ必要なのかという説明責任も族たさず、組合員の転籍を強要する下野新聞経営者が何を狙っているのか、裁判所は無視しているとしか言いようがありません。長年、印刷職場で働いてきた労働者が、明日から編集の職場で働けるとまともに思っているのでしょうか?新聞社の業務内容も理解できない裁判官から判断が下されることに袖念すら抱きます。
 労働条件を下げるための強制転籍強要の何者でもないということを無視した裁判所の判断は今後の労使争議にも影響しそうです。
 何のために労働法が・在するのか…裁判長に問いかけたい。そして下野新聞社の経営陣には労使対等の立場で物事を決めるていくという精神を忘れないでもらいたい。

 頑張れ!全下野新聞労働組合の皆さん。職場の切り売りを許さず闘ってください!
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2006年01月25日

ライブドアはリクルートのように復活できるか

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リクルートという奇跡
著者 藤原 和博(文春文庫)514円

 ライブドアへの強制捜査、ホリエモンの逮捕社長辞任… 
ライブドアの株価操作、粉飾決算など一連の事件に関する報道は少々加熱しすぎだと感じる。以前、辺見庸さんの講演を聴いたときに「マスコミは事実よりも真実を伝える役割がある」という言葉が印象的だったことを思い出す。事件の真実は「人の心は金で買える」というマネーゲーム?でのし上がった若手IT企業家ホリエモンに対する「手法」だけが事件の真実なのだろうか…。

 というわけで、以前にも経営陣の不始末で企業が大打撃を喰らった事件があった。国会議員をも巻き込んだリクルート事件。著者は25年間リクルートの社員として、会社の盛衰を見てきた。幾度かの危機を乗り越えながら再生したリクルートは、リクルート事件、リクルートコスモスの大赤字、ダイエーによる吸収などを乗り越えてきた。そのような試練にもめげずに自力再生できたのは、リクルートマンシップという従業員のエネルギーだといっても過言ではない。それもリクルートはアルバイトが企業を動かしているというのだから普通の縦割り組織に甘んじている体質は持ち合わせていないのだ。常にフレッシュな職場環境が仕事のペースを高め、そして速めているのだという。最強の営業力にはうなづける。

 リクルート社も常に最先端のビジネスシーンに登場してくるが、やはり働く従業員のモチベーションが企業活動を支えているから成り立っているのだ。ワンマン経営者の力だけでは、一時大きく成長するかも知れないが、長くは続かないのである。
 ライブドアの従業員も会社の危機によって、不安定な生活を余儀なくされるかも知れない。しかし、リクルートの従業員ようなモチベーションがあれば危機は乗り越えられる。ライブドアの再生を期待したい。
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2006年01月22日

映画「にがい涙の大地から」海南友子監督の講演会に行ってきました!

 仙台市内にある河北新報社会議室で、戦時中に旧日本軍が遺棄した毒ガス兵器や砲弾に、今なお苦しめられる中国の人々を描くドキュメンタリー映画「にがい涙の大地から」の監督、海南友子さんの講演会に行ってきました。この講演会は、河北新報労働組合(新聞研究部)が、これからのメディア(メディアに働く労働者)のあり方について、学習しようと企画されたものです。

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 映画のあらすじについては、多くは書きませんが、1995年に道路工事中の爆発事故で父親を亡くしたリウ・ミン。旧日本軍が残していった砲弾の爆発で大やけどを負い、両手両足を吹き飛ばされ…。残された家族は亡くなった父親の治療費を払うために休まず働いて…
 被害者の中国人や遺族は日本国を相手に損害賠償を求める訴訟を行っています。リウ・ミンたちの第一次訴訟は2003年9月29日に原告の全面勝訴。東京地裁は請求を認め、賠償金(2億円)の支払いを命じました。原告のリウ・ミンや李臣の歓喜の涙。「正義が勝ったのだという涙」の記者会見後、日本国は無残にも控訴したのです。

 海南さんが中国に旅行中、そんなリウ・ミンとの出会いがきっかけで「遺棄毒ガス・砲弾問題」に関心を持ち、自費で映画製作までこぎつけたそうです。戦後の補償問題について「まだまだ終えていない」と考えさせられる作品です。ぜひ鑑賞を!

 海南さんは大学卒業後、NHKの報道ディレクターとして勤務。2000年に独立。 2001年インドネシアのもと『慰安婦』を取材したドキュメンタリー映画「マルディエム彼女の人生に起きたこと」を監督するなど、戦争中に起きた社会的問題をテーマに活動しています。
 フリーになったきっかけは、4〜5年で異動になり35歳位になると報道の現場から外されてしまうというNHKの体質と報道したくともやらせてもらえない組織内(企業内)の壁があったからだそうです。このような社会的問題を提起する活動について「昨年も200回位の上映会を行いましたが、1回の上映で100人から200人の方に観ていただくので年間でも5万人にしか伝えられません。本当は大メディアがこのような問題提起をしていかなければならないし、それぞれの組織の中で取り組めるようにしていくことがジャーナリズム守ることであり、メディアの重要な役割」だと話されました。

 現在、報道関係で活躍されているフリージャーナリストの多くは、新聞社などのメディアを辞められた方が多いと聞きます。企業利益を守るために報じない、報じられない限界に耐え切れずフリーになって活動されているのでしょう。でも、組織内で“報じるべきものを報じる”ために経営側の圧力に対抗するという人達の存在がなければ、メディアはもっと酷い状況になってしまいます。だから、その役割を担う労働組合の存在がとても重要だと感じています。
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2006年01月21日

郵政公社に挑むヤマト運輸だが

 ヤマト運輸が「郵政公社が郵便小包(ゆうパック)料金を民間よりも安く設定したり、不当な利益提供で大手コンビニエンスストアのローソンを取次店に勧誘したのは独占禁止法違反だ」とし、日本郵政公社を提訴していた問題で、19日、東京地裁は「不公正取引には当たらない」と同社の請求を棄却しました。

 ヤマト運輸の主張は、郵政公社は2004年8月、小包料金を重量制から荷物の大きさに応じて決めるよう改め、ヤマト運輸より安く設定。ローソンの国内全店で同年11月から取り扱う契約を締結するなど不当な利益提供や優位的な立場を使うことは独占禁止法に抵触するというもの。
東京地裁の市村裁判長は「ヤマト運輸は小包料金の原価について具体的な主張、立証をしていない」と述べ、「独占事業の信書の収益などを活用し、原価割れの料金を設定した」とする同社の主張を否定。「独禁法では民業を圧迫するかどうかは考慮の対象外。郵政公社の新料金体系導入後もヤマト運輸は売上高や収益を増やしている」と指摘、不当廉売に当たらないと認定しました。

 これまでも信書の取り扱いなどで「独占事業を有する郵政公社」と戦ってきたヤマト運輸ですが、今回の判決で注視すべきところは、独禁法の解釈を“民業を圧迫するかどうかは考慮の対象外”という点です。ヤマト運輸は物流業界においてナンバーワンの地位にあるわけですから、ヤマト運輸の動向次第によっても他の物流会社は影響を受けるわけです。料金表を見ると決してヤマト運輸は安くなく、ネームバリューがあれば一定程度の価格を維持しながらでも利益をあげられるのですが、マイナーな物流会社は郵政公社よりもヤマト運輸よりも安価にしなければ仕事すら回ってこない状況があります。
 価格競争に歯止めがかからない物流業界において、人件費を抑えるための労働強化はさらに進み「安心・安全」が揺らいで行くことでしょう。大資本に太刀打ちできない弱小企業は淘汰され、より独占的な構造が出来上がります。そして、それを独禁法は守ってくれないのです。
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2006年01月19日

借金大国ニッポン すべてがご破算にされる日は近い

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最後の2年
著者 浅井 隆(第二海援隊)1,400円

 日本の財政はすでに破綻している。著者は叫ぶ「日本の借金構造は100年経っても返せない」と。
 2005年に発行されたこの本の題名「最後の2年」の意味は、2007年から国家破産時代が到来する前に財産を海外(外貨)へ移しておくことを指南している。そして、その裏づけが理論的にしるされているのだ。
 このような現状をなぜマスコミ(特に新聞は)が報じないのか?大きな疑問だが、戻るあてのない国債の全面広告を掲載する新聞社が「国債は危険である」とは言えないのだろう。その状況を知らないお年寄りなどは「国が発行しているものだから」と言われるがままに国債を買わされている。酷いものだ。
 先日の新聞各紙に「個人向け国債販売が7兆円超す(2005年度は過去最高)」という見出しで、昨年度の個人向け国債の販売額が過去最高であったことが報じられている。前年度より6.6%増え、7兆円を超えたそうだ。そして、著者の指摘と相反する内容が紙面に掲載されており「(国債販売が過去最高になった背景は)相対的に利回りが高い安全な資産として人気が高まっているためで、満期を迎えた郵便局の定額貯金資金なども流入しているもようだ。国債の残高に占める個人の保有割合は05年度末には4%を超える見通しで、10%程度が主流の欧米に近づきつつある」と大手紙のみならず、通信社を経由して地方紙も大々的に報じているのだ。果たしてマスコミ(新聞)と著者の主張とどちらが正しいのか?

 すでにトヨタやキャノンは本社を外国に移す計画を立てており、個人資産も海外へと流れている様を報告している。さらにインフレ時代への突入により「徳政令」(いわゆる預金封鎖)が起きる可能性を示唆している。著者は早くとも2010年から2012年(IMFが乗り込んできた場合は2015年から2020年だという)の間にハイパーインフレが引き起こり、大混乱を招くと述べている。
 米国の状況についても詳細に報告されており、日本との関係(どちらかが破綻すると連鎖する)についても記されている。
 
 このような借金大国に至った責任は誰が取り、そのツケは誰が払うのだろうか…
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2006年01月18日

今年の流行語大賞は ライブドアショック?

 東京証券取引所で、株式の売買注文が激増。システムの処理能力を上回り障害が発生する恐れが出たとして、14時40分から株式などの売買を全面停止する緊急措置が発動されました。このような原因で取引全面停止となる事態は東証設立以来初めてだということです。

 マスコミによって過度に報じられたライブドアの粉飾決算疑惑などにより、同社関連企業の株が大量に売られ、市場のあらゆる銘柄に飛び火、かなり株売り注文が殺到したようです。日経平均株価も一時700円あまり急落するなど不安定な状況のまま全面停止。
 昨年末から好調(実感は全くありませんが)だった株式市場が、逆戻り(実態に即したと思いますが)をする可能性は大きいようです。


 少ない資金で、簡単に自宅のパソコンから売り買いが出来るようになった株式売買取り引き。ゲーム感覚で「株」の世界にのめり込む主婦や学生が増加しています。会社員も退職金の確定拠出型(401Kなるもの)導入によって、仕事中にピコピコと株価をチェックしている人も少なくありません。
 IT企業の急成長が、株の買占めによる企業買収であったり、村上ファンドの儲け術などを大々的に報じるマスコミの影響力が、株取り引きを大衆化させたといえます。自己責任のもとで運用している分には良いのでしょうけど、「株」絡みの事件や事故が起きないことを切望する限りです。企業の盛衰というよりも「株ギャンブル」によって、その企業の従業員の生活までも影響するわけですから。

 株式市場は、すでに株の運用というレベルではなく、手軽にやれるギャンブルと化しているように感じます。それで良いのならいいのですけどねぇ…
posted by 今だけ委員長 at 16:25 | Comment(2) | TrackBack(2) | 日記

朝日と読売が共闘?デジタル放送移行と新聞広告拡大の関係

 朝日新聞社が発行する『論座』2月号に「渡辺恒雄氏が朝日と『共闘』宣言」という見出しで、通称ナベツネこと読売新聞主筆の渡辺恒雄氏と朝日新聞論説主幹の若宮啓文氏の対談が、14ページにわたって掲載されている。内容は靖国神社問題や日本外交問題について、ナベツネの個人的思想を若宮氏が合わせているような感じだが、実は「右の読売」と「左の朝日」の主張は結構近いものがあると言いたげだ。

 新聞社はそれぞれの主義主張があるからオモシロイのであって、権力側との距離感であったり、歴史観であったり、憲法の捉え方であったり…同じではないからマスメディアの均衡が保てると思っている。しかし、ここに来て読売と朝日が『共闘』?何かおかしい。靖国問題というのは表面づらで、新聞の特殊指定(公取委が今年6月に一部廃止を検討している販売店の値引き販売などを禁止する法律)撤廃を見越した“共闘宣言”と受け取れる。すなわち全国紙は読売、朝日の二大全国紙できちんと住み分けをし、地方紙攻めに乗り出す図式が整ったということだろう。もちろん毎日新聞はこの共闘には入れない。理由は地方紙と闘う資本力がないからだ。

 新聞の特殊指定が撤廃されると、これまで広告料金等に大きく影響する発行部数のチェック機能がなくなる。値引き販売の容認は、イコール無代紙提供の取引関係を認めることであり、実売部数と即売部数以外にカウントできない無代紙の提供が加わればABC協会の機能はなくなるのだ。発行エリアが広く、多くの販売店数を有する新聞社が広告収入などで優位に立つことは間違いない。無代紙を含む多大な発行部数(フリーペーパー化)を誇る新聞社は、どの地域でも普及率が高いわけだから、広告クライアントは大新聞社に広告を打つに違いない。
 販売収入より広告収入の比率が高い新聞社ほど、二大全国紙の動きは脅威に思っているだろう。

 二大全国紙は最後の戦いを挑んできたと思われる。ネット普及などによる新聞離れが進む中で、広告収入の取り込みを進めているように感じられるのだ。理由は2012年からのデジタル放送全面移行によってテレビCMの飛ばし(これまでの番組間に流れるCMは見られなくなる)が生じるため、テレビCMのスポンサーの獲得に躍起になっているのではないだろうか。
 その前にジャーナリズム機能を果たせない新聞社は、読者によって葬り去られるかも知れない…
posted by 今だけ委員長 at 01:49 | Comment(2) | TrackBack(0) | きょうの喜怒哀楽

2006年01月16日

北海道新聞「道警裏金問題」は道警の圧力によって不戦敗か

 北海道新聞社(以下、道新)が、昨年3月13日の朝刊で報じた「北海道警と函館税関の覚せい剤の泳がせ捜査失敗」に関する記事について、「全体として誤った印象を与える不適切な記事だった」という内容のお詫び記事を1月14日付けの朝刊第1面(新聞の顔ですね1面は)に掲載した。その際、記事の訂正および削除はしないとしたが、15日になって道警側から「記事の削除を求める文書」が同社に送られたという。
 新聞の報道がブログなどの情報発信より信頼されるのは、取材網(記者クラブによる発表物の垂れ流し問題もあるが)と複数のチェック機能が備わっているからだ。昨年の「泳がせ捜査」報道も入念な取材のもと情報のウラを取り、確信したからこそ記事掲載に踏み切ったのだろう。しかし、9カ月の期間を経て「不適切な記事」だったとする“お詫び”はいただけないし、新聞記事は確実な報道だと思って購読料を払ってくれる読者を裏切った格好だ。

 だが、今回の“お詫び”記事の背景には、「道新が道警の圧力に屈した」との指摘を多くのブロガー(情報流通促進計画byヤメ記者弁護士さん ・ ガ島通信さん)がエントリーしている。
 道新は、2003年11月に発覚した道警の裏金問題を追求し、全国の警察に蔓延していた「裏金」(公金横領)にメスを入れ、新聞労連ジャーナリスト大賞や日本新聞協会賞を受賞するなど「業界内」から高い評価を得た。しかし、その裏金報道をめぐって道新と道警の間で「情報提供」における圧力や記者クラブでの対応など、これまでの関係が崩れかけていたようだ。だから…という各論は口が裂けても道新経営陣は言わないだろうが、今回の“お詫び”が道警との関係を修復するためと受け取られても仕方がない。それが確定されるのは「不適切な記事」を書いた記者への処分(「泳がせ捜査失敗」を担当した記者と「裏金問題」を取材した記者(デスク)は同一人物)であり、15日に道警が文書で送りつけた「記事の訂正・削除」をするかで判明するだろう。道新の今後の動向を見守りたい。

 このような問題は、新聞販売労働者としても他人事ではない。業界の末端で働くわれわれだが、どうして新聞を売るのか、その責任の重さというものを改めて考えなければならない。
 尊敬するブロガーからこんなコメントをいただいた。
 新聞は確かに道警疑惑追及では売れない、お詫びしても部数が減らない。どちらの意見も表裏一体。商品としての新聞、新聞の価値とは何なのかをもう一度見つめなおす必要がある。もし販売店が読者から「ホントのこと書いているのですか?」って言われたら、どう応えるんですか?だから全員に関係する問題なのです。
 何か心に大きな穴が開いた気持ちだ…
posted by 今だけ委員長 at 23:43 | Comment(3) | TrackBack(3) | 時事ニュース

2006年01月15日

目先の読者獲得に過剰な経費を掛けず、読者ニーズに対応すべき

 昨日、今日と160世帯の大型マンションの内覧会に参加してきました。内覧会とはマンションを購入された方がお部屋のチェックと共用部分の設備などを確認する場。その内覧会で引っ越しに伴う「新聞の移転手続き」のご案内をさせていただくサービスを行っているんです。このような取り組みを始めてから、もう10年くらいは経ちました。現在ではほとんどのデベロッパーさんと提携を結んで参加しています。
 マンション内覧会に加わった背景には、セキュリティ重視の近代マンションはオートロックタイプとなり、新聞の営業が全くできない状況にあるという販売店側の要望と「新しいマンションが建つと新聞の勧誘員がうるさい」という入居者の声を考慮し、デベロッパー側が「勧誘員の訪問を防ぐ」という要請を販売店(代表の)に対処(新聞に関するトラブルは一切自分が対応しています)させるために加えた―という双方の考えがあったわけです。

 当然、他紙販売店の皆さんに信頼をしていただくよう「現住所で購読をしている新聞の移転手続き」の代行をしていますが、「どこの新聞が良いのでしょう」と質問を受ける場面もあります。さまざまな質問や要望に答えながら、商品知識(価格も含めて)も必要になってくるわけです。今日は30件の入居者へ説明を行い、27件のお客様から「手続きの依頼」を受けました。それぞれの新聞の販売店ごとに「お客様からの要望」をきちんと引継ぎをして確実に連絡をします。これで販売店側も連絡の手間が省けて効率的なんですが…。

 最近、読者の方々から寄せられる声は「各部屋まで配達してくれないの?」ということ。オートロックマンションへの新聞配達は、ほとんどが1階のメールボックスへの配達になっているため、毎朝わざわざ新聞を取りに行くのが面倒という意見なんです。特にこの寒い時期はつらく、パジャマ姿というわけには行かないので着替えもしなくちゃいけないし化粧も…。
 そうした声に対応するため、マンションの管理組合に「新聞の各戸配達サービス」を提案している最中です。配達員を登録してロック解除キーを貸与してもらいます。当然、責任の所在(器物破損時などの)を明確にした契約書を締結します。しかし、なかなか進みなせん。管理組合の理事会には新聞を購読していない人もいるわけですから、その方からすれば「新聞を取っていない人には必要ないこと」ということで、なかなか管理組合から要請を受けることは多くないのです。販売店からすると「新聞を取りにいくのが面倒だからやめる」という声も聞かれる中で、多少の労務費が嵩張ってもお部屋のドアポストまで配達したいのですけれど。

 読者からのニーズは、何も景品や値引き、無代紙だけではありません。マンションの各戸配達や古新聞回収(リサイクル)への要望も多くなっています。部数獲得のために過大な経費を掛ける大手紙の販売政策が続く一方で、このような読者ニーズに応えず「新聞をやめる人」を増やしているという事実を新聞経営者はきちんと理解するべきだと感じます。
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2006年01月11日

商品が売れるのは営業マンの力ではない

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やっぱり変だよ日本の営業
著者 宋文州(日経BP企画)1,500円

 これまで、さまざまなビジネス書を読んできたが、「右肩上がり」の時代に登場してきたビジネス書とは全く異なった視点で「売り上げの減を営業マンのせい」にしている経営者の考えを改めさせる指南書。
 戦後の日本の高度成長は、休まず勤労に励んだ製造業労働者の功績が大きい。その後、家電製品などを中心に需要の拡大とともに企業の営業活動が定着してきた。トップ営業マンの「美談」や成功事例を真似し、「頑張れば何とかなる」といった精神論が営業マンに浸透し続けてきた。いやそれが当たり前であり、常識だと教えられてきたのだ。経営者も市場や消費者動向と向き合わず、営業マンの努力による「目標達成」が経営を支えていると信じてきた。しかし、世界でも、日本でもセールスの力に頼って成長し続けた企業はない。

著者の言葉からこれまでの営業(精神論)とこれからの営業を感じる一説を紹介する。
●結果にしか興味がない営業管理をしていると、どんな結果が生まれるでしょうか。
 まず、社員は本当の情報をあげなくなります。どうせ結果が悪いと怒られるだけですから、あげても意味がありません。
 次に、管理職は怠慢になります。根性を入れてやれば何とかなると思い込み、戦法・戦術の研究を怠り、効率悪化を放置します。
 最後に、経営者は傲慢になります。モノが売れるかどうかは営業マンのやる気次第だと信じ込んで、自社の事業や製品の社会的意味を問わなくなり、顧客の気持ちを無視してしまいます。
 また、結果にしか興味がない営業管理をしていると、どんな企業になるでしょうか。
 まず社員は、モチベーションが下がるでしょう。会社側は戦略、事業と仕組みについて努力しないのに、社員には犠牲を強いるからです。
 次に人材が育ちません。精神論信者が増え、管理職は権威と権限にしがみつき、井の中の蛙になるからです。
 最後に、経営者は裸の王様になります。過去の成功を人格やカリスマ性に結びつけ、その威厳を振りかざして組織を追い立て、営業現場や顧客の中で起きている小さな変化を読み取ろうとしなくなるからです。
●売り上げは「天時、地利、人和」(孫子の兵法)の総合結果です。決して営業マンの努力だけではありません。
 ビジネスで言えば、時代の流れに沿っているかどうかです。時代に合わない商品はいくら頑張って売っても淘汰される時間を先伸ばしにしているだけであり、しょせん消えてしまいます。
 戦いに勝つために次に重要なのは「地」の利です。これはビジネスでいえばマーケティングです。ビジネスの「地」はもはや目に見える地理的な「地」ではなく、商品の存在価値を示すマーケットにおける位置の「地」です。時代に合うビジネスであっても皆が狙っているので、自社の身の丈に合うかどうかも研究せず、手当たり次第にやってしまうと必ず戦いに敗れてしまいます。
 三番目に重要なのは、人の「和」です。この人の和を「組織力」「団結力」と解釈したがる人は多いのですが、実は「和」にはもっと広い意味が含まれています。「和」には「集中」と「共有」という意味もあります。したがって、今の社会環境下では「理念の共有」と「情報の共有」と解釈すべきでしょう。
 つまり、時代に沿ったビジネスを行い、市場での位置を明確に打ち出し、全社レベルの理念共有と情報共有を実現している企業こそが勝つ企業です。
 勝つための条件を無視し、負けた理由を営業だけに求める経営は怠慢であり、営業の本質を知らないのです。営業とは「天時、地利、人和」の集大成であり、企業活動そのものです。営業は営業部門だけの仕事であると思う企業は、本当の営業活動をしていません。それで成り立ってきた企業は、営業の要らない時代を生き抜いてきた企業か、営業の要らない商品を作ってきた企業です。
●営業の本質は「売る」ことではなく「知る」ことにあります。「今、何が起きているか」、「何を提供売れば顧客が得をするか」を知ることが営業の本質です。

著者は訴える。
・われわれはもっと売らないことの重要性を認識すべきです。
・われわれはもっと撤退することの重要性を認識すべきです。
・われわれはもっと売り上げから利益にシフトすべきです。

そして、
・押し売りは日本の経済を蝕んできた。
・過剰サービスの偽善は、営業の効率を悪くしてきた。
・モノ作りへの過剰意識は、日本企業の営業力を弱くしてきた。
posted by 今だけ委員長 at 19:16 | Comment(5) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2006年01月09日

時の流れに身を任せていて本当に…良いのですか?

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子会社は叫ぶ
著者 島本 滋子(筑摩書房)1,800円

 ノンフィクションライターである著者が、グローバリズムの名のもとに進められる規制緩和・構造改革・企業再編成をキーワードに、強引な改革の裏側ですべてのしわ寄せが「子会社」にあてがわれている実態を提起したルポルタージュ作品。「市場原理」=「人間の使い捨て」がまかり通る日本社会へ警笛を鳴らした1冊。

 厚生労働大臣の諮問機関が「低コスト体質への転換」を提言し、それを受けた航空会社が「持続的な低コスト体制の実現」を子会社に求めた。親会社の要請を受けた子会社は、孫請けへの業務委託打ち切り、労働者は時間給のアルバイトに置き換えられた。いま、雇用政策の基調となっている規制緩和路線。その先駆けとなった航空業界では「人間の使い捨て」と「安全の切り下げ」が同時進行している実態を暴いている。

 1993年、自民党単独政権が崩壊し、細川連立政権が誕生した。「生活者大国の実現」を掲げた政権は構造改革に着手し、その改革は2001年に生まれた小泉政権に受け継がれている。しかし、改革の美名を一種の目くらましとして、着々と作られてきたものがある。それは「柔軟な労働市場」と呼ばれるものである。柔軟とは何のことなのか?雇用の流動化とは、働く人が流れ動くこと。それを経営の立場から見れば「硬直した規制に縛られることなく、自由に人を選び、自由に人を捨てられる市場」すなわち「柔軟な労働市場」とはこういうことだ。このような政策が雇用の安心を確保すると位置づけたのが、1998年当時の小渕首相の諮問機関「経済戦略会議」であり、議長は元アサヒビール社長の樋口廣太郎氏だ。この答申を皮切りに「労働者派遣法」「職業安定法」の緩和、持ち株会社を作りやすくした「産業再生法」も成立、翌年には「国際会計基準」も導入された。まさしく米国の後追いである。
 このような雇用形態の柔軟化は、労働組合の組織率をも引き下げる結果となる。通産省の通商調査室の「Q&Aグローバル経済と日本の針路」には、「労働組合の組織率が下がれば、経済は繁栄する」と明記してあるのだ。著者は「労働組合の存在意義は『賃上げ』よりむしろ、雇用労働者が多数を占める社会で『言論の自由』を守ることにあると思っている。会社に逆らえば簡単にクビを切られる。生活のためには理不尽があっても黙っていなければならない。そういう日常生活を強いられる人が増えて行けば、本当にこの日本で『言論の自由が脅かされる』のではないか」と警笛を鳴らす。

 会社分割制度(商法改正により2001年4月施行)にも触れ、それぞれの事業部門を「子会社」として切り離すことが簡単になる同制度は、「持ち株会社解禁」とセットになっており、いずれ企業に働く人達は「持ち株会社」に支配され「子会社の社員」になってもおかしくないのだ。いまのIT企業の株の買収劇そのものである。
 「子会社へ転籍」というのが新聞社でも起こっている。印刷部門を別会社化してその労働者を転籍させるというものだ。いま、下野新聞社(栃木県)が組合への合意も得ずに今年4月から別会社で印刷を始めるという。下野新聞労組は闘争体制に入り、裁判所への申し立てなどを行っている。
 転籍とは現在勤めている会社をいったん退職して別の会社へ籍を移すことだ。これまでは民法の規定で「本人の同意」が必要だったが、このような規制緩和、会社分割などでは、社員を転籍させることも自由自在になってしまった。だから、労働組合の役割が重要であり、労使で交わす労働協約が誰のためにあるのかを再認識する必要がある。「時の流れ…」に便乗して運動を縮小してしまっては、政府(官僚)の思うつぼなのだ。

 金子勝氏(慶応義塾大教授)と著者との対談で、いま日本の政府(官僚)が米国主導の下に進めている規制緩和の政策に一石を投じている。
「市場原理主義はリベラルでしょうか?民主主義とは多元的な価値を認めることです。しかし、市場原理主義は『効率』という単一の価値しか認めない。その意味ではむしろファシズムに通じるものさえあるかもしれない。いまの政策を続ければ、社会不安が起きて、日本は治安さえ不安な社会になりかねない。僕が本当に危機を感じているのは、大恐慌は結局、戦争でしか突破できなかったんです。いま、似た種類のことが起きているのかもしれない、スローモーションで…」
posted by 今だけ委員長 at 23:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍紹介

2006年01月08日

号外!チョットだけマスコミという枠に携われる瞬間

 仙台市宮城野区にある「光ヶ丘スペルマン病院」(志村早苗院長)から乳児が連れ去られた事件で、8日早朝、乳児が50時間ぶりに無事保護されました。まずはひとりの尊い命が救われて良かった。
 幼い命を狙った事件が急増していますが、断じて許されません!このような“弱者”に刃を向く犯罪が頻発する社会のメカニズムは、どこがどう変わっていったのでしょうか…。治安の悪化の根底にある問題点をきちんと追求して、対策を講じる必要があると感じています。

 今回の事件で、乳児が連れ去られた病院の近くに店舗を構える朝日新聞販売店「ASA鶴ヶ谷」のガラス戸に、犯人からの脅迫文が貼られていたそうです。誰かのイタズラだと思って棄ててしまえば「手掛かり」もなかったかもしれません。でもきちんと警察に届けた店主さんの行動は見習いたい。新聞に携わる者としての役割をきちんと果たしたといえるでしょう。


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 新聞販売店には通常の配達業務の他に『号外』の配布(ほとんどが駅前などの繁華街での街頭配布)も新聞社からの要請を受けて対応します。今回の「乳児を無事保護」の一報でも号外が発行されました。
 号外にもいろいろあります。「衆院解散 総選挙は9月11日」などの国政や県・市政に関する号外。高校野球やサッカーワールドカップ出場決定などのスポーツ系の号外。「紀宮さま結婚」などの皇室系の号外。そして今回のような事件・事故、災害など社会ニュースに関する号外など。最近は号外を配布する時点で「もうテレビを観てわかっているよ」といわれることが多くなりましたが、通行しているほとんどの方は受け取ってくれます。わざわざ駆け寄ってきて、事件の感想などを私たち販売店の人間に語ってくれる市民も少なくありません。
そんな時に「新聞の役割の大切さ」を改めて感じながら、自分たちもマスコミに携わっているのだなぁと感じる瞬間です。

posted by 今だけ委員長 at 23:40 | Comment(0) | TrackBack(2) | 日記

2006年01月05日

規制緩和の大号令で引き起こる低コスト主義の歪

 日本人の習慣として続いている年賀状に関する事件が多発しています。
 昨年12月29日には、愛知県内の3郵便局で元日に配達するはずの個人宅への年賀状を誤って配達してしまったことが判明。続いて、年明けの4日には「あれっ」というニュースが飛び込んできました。山形県尾花沢市にある尾花沢郵便局の臨時アルバイト(高校生)が、配達担当区域に配るはずの年賀状437通を含む郵便物計627通を配達せずに、雪に埋めたり、自宅に隠していたそうです。動機は「面倒くさくなったから…」。事件が判明した同日に日本郵政公社山形監査室が臨時アルバイトを懲戒免職処分へ。郵政公社はその臨時アルバイトを郵便法違反容疑で山形地検に書類送検する方針だという。

 このような事件を受けてなのか、日本郵政公社は、郵便局内の不祥事を見逃した郵便局長などの管理職に対して、降格などの厳罰を与える新制度を始めるという。部下の仕事を点検する具体的な指針やマニュアルを示し、犯罪が起きれば管理職の責任も厳しく問うというもので、民営化までに現金横領などが減らない現状を改善したいという。今回の年賀状の不配達事件との連動は薄いかもしれませんが、民営化にならなくとも不祥事に対する処分は当然なはずなのに…。今さらながら規制緩和を推し進める“パフォーマンス”としか受け取れません。

 国民は「安心・安全」を求めているのに、規制緩和の大号令で引き起こる競争社会。
 郵便局は今年から32年ぶりに1月2日の配達作業を再開しましたが、国民は1月2日の営業を望んでいたのでしょうか?競争社会が根底に存在するために「法律で既得権を守られてしまうと人はそれに安住するものだ」という発想を抱いてしまう今の社会環境は、すべて米国主導によるものだということを私たちは忘れてはいけないと思います。
 問い返しましょう「今までの日本文化って何だったのだろう」と。
posted by 今だけ委員長 at 12:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ニュース

2006年01月03日

初売りで賑わう商店街で… 運ぶ手間=300円

 新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 この業界に入ってから「ゆく年くる年」など観たことなかったんですが、今年は年末31日まで働いたので、15年ぶりに元旦はお休みをもらいました。新聞販売店は、1月2日以外に完全な休み(朝刊・夕刊とも発行されない日)はないのですが、皆さんとても頑張っています。それは毎朝新聞を届けてもらいたいというニーズがあるからなんです。この時期の配達は辛いけれども、朝一番の情報を宅配という手段で提供する「新聞の最終ランナー」としての使命感があるから踏ん張れるのです。分厚い元旦号を配達していただいた皆様には感謝申し上げます。

 1月2日は時間があったので久しぶりに初売りをのぞいてきました。福袋を抱えた老若男女が街にごった返してました。ホントに景気は回復してるんかネェ…。
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 そこで注目したのが郵政公社さんとヤマト急便さんが「福袋の発送承ります。東北地方は1個300円」ってブースを出して営業してたこと。300円安ーい!と思いながら、正月から『過剰な競争で張り合ってるなぁ』という印象を持ちました。
 これまでは、消費者ニーズがあるから仕事が生まれてきたのでしょうが、いまは「仕事を得るため」にこれまでの生活習慣すらもぶち壊す方向へ向かっているように感じます。
 自分で買った物を運ばせる―日本人ってそんなに裕福な生活習慣が備わってしまったのでしょうか。
posted by 今だけ委員長 at 01:47 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記
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